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4.六度目の人生を謳歌します(7)

    ◇ ◇ ◇


 シャルロットの部屋を訪問した数日後のこと。


 エディロンは城下をお忍びで視察した後に、王都の商工会議所に立ち寄った。

 忙しい執務の合間にも、極力それと目立たぬようにして城下の様子を見に行くようにしている。元々平民として生を受けたエディロンは、民に寄り添わず不平不満を燻らせることがのちに取り返しの付かないような大きな問題を引き起こす可能性があることをよく理解していたからだ。


 出迎えてくれたのはここの所長をしている初老の男性だ。エディロンに気付くと、目尻に刻まれた深い皺をより一層深くし、人のよい笑みを浮かべる。


「ようこそいらっしゃいました。陛下」

「ああ、久しくしているな。調子はどうだ?」

「陛下のご配慮のお陰で、ここ数カ月で物流量が二割増加しました」

「それはよかった」


 エディロンは口元に笑みを浮かべる。


 つい先日、エディロン勅命の下関係官庁が一丸となって取り組んでいた施策が施行された。それは、ダナース国内の各諸侯が治める領地ごとに設けられていた通行関所の通過を大幅に簡略化するというものだ。これまでは領地を跨ぐ度に面倒な申請書を記入して一回一回手続きしなければならなかったものが、原則として不要になった。

 これにより、流通が活発になり経済活動も盛んになることを期待してのことだ。


「これまで王都にはなかなか入って来にくかったものも流通し始めていますよ。是非、ご覧になってみてください」


 入って来にくかったもの、と聞いて、先日シャルロットと一緒に食べたスナーシャが真っ先に思いうかんだ。


「ああ、そうみたいだな。では、また暫くしたら話を聞きに来るよ」


 エディロンは軽く頷く。時間もないので片手を上げてその場を去ろうとした。


「あ、そうだ」


 商工会議所の所長が声を上げたのでエディロンは振り返る。


「陛下の婚約者様が隣国からいらっしゃったそうですね。おめでとうございます」

「……ああ、ありがとう」


 エディロンがエリス国の王女を婚約者として迎えたことは既に国民に知らせてある。初日のシャルロットとのやり取りを思い出し(あまりめでたくはないんだが)と思ったものの、祝辞を否定するのもおかしいので何事もないように頷く。


「なんでも、今度のパーティーの取り仕切りを行うんでしょう? 用意したい物リストを作って、直接店まで打合せに来たそうですよ」

「シャルロットが? 商店に?」


 エディロンは意外な話に、目を丸くする。


「はい。商店のものもびっくりしていましたよ。非常に精緻な計画表をつくっておられたと」

「そうか」


 シャルロットにパーティーの取り仕切りの一部を任せはしたものの、まだどういう計画になったかの話はきちんと聞いていない。けれど、所長の話を聞くにきちんと計画して、進めようと努力しているようだ。


「よい王妃様がいらっしゃいましたね。挙式の日程が発表されておりませんが、いつ?」

「……十カ月後だ」


 所長ににこにこと笑みを向けられ、エディロンは一瞬言葉に詰まったもののそう答える。


「さようですか」


 もっと早く挙式すると思っていたのだろう。まだまだ先だと知ると、所長は残念そうに眉尻を下げた。



 

 その帰り道、エディロンはふと子供の歓声に気付いた。そちらを見ると、交差する通り沿いでは数人の子供達が集まっていた。


(子供が遊んでいるのか)


 特段気に留めることもなく、そこを通り過ぎようとした。しかし、視界の端にピンク色のものが見えた気がして足を止める。そこに、いるはずのない人物を見つけたからだ。


(シャルロット?)


 シャルロットの髪の毛はピンクがかった金色をしている。ダナース国では珍しい色合いなので目立つのだ。


(何をしているんだ?)


 時々孤児院を訪問しているのは知っていたが、現場を見るのは初めてだ。ちょうど近くに停まっている馬車の陰に隠れ、そっと様子を窺う。

 子供達がシャルロットの周りに集まっている。シャルロットは絵本を読み聞かせているように見えた。


(これは……慈善活動なのか?)


 持てる者から貧しい者達への慈善活動はダナース国でも割とよく見られる。

 純粋に奉仕精神でやっている者もいれば、そうすることにより富を握る自分達への批判を避けることを目的とする者や選挙に向けた政治的パフォーマンスで行っている場合もある。


 ただ、シャルロットの読み聞かせはエディロンが知っているものとはだいぶ違った。


 貴婦人の読み聞かせとは多くの場合、子供達が講堂に集められて正面の一段高い位置に立つ貴婦人が読むお話をありがたいお言葉でも聞くかのように行われるのが常なのだ。当然、子供達は貴婦人の言葉に背筋を伸ばして聞き入ることが求められる。


 一方、シャルロットは孤児院の軒先に座り込み、子供達はじっと聞いている者もいれば他の遊びをしながら聞いている者もいる。


「お嬢様。次はこれ」


 五歳前後と思われる子供が一冊の絵本をシャルロットに差し出す。「いいわよ」と答えたシャルロットは女の子を自分の膝に乗せ、その本を読み出した。

 それは、大きな大きなパンケーキを焼いた少年がそれを配りながら旅をするという不思議な童話だった。


「お嬢様。パンケーキって何?」


 子供のひとりがシャルロットに問いかける。


「ふわふわのパンみたいなケーキよ」

「ふうん。それ、美味しい?」

「ええ、とっても。わたくしも大好きなの」


 シャルロットはそこまで話すと、口の下に人差し指を当てて考えるように視線を宙に向ける。


「うーん、どこかに売っているかしら? 見つけたら、買ってきてあげる」

「本当? わあ、約束よ? 楽しみにしてる」


 子供は嬉しそうに笑顔を見せ、シャルロットに抱きついた。


(エリス国ではこれが普通なのか?)


 自分の知る王侯貴族とは違いすぎて、衝撃を受けた。もしやこれがエリス国では普通の姿なのかと思ったが、すぐに違うと気付き首を振る。


 もしこれが普通ならば、舞踏会で出会ったエリス国の第二王女がエディロンを見下したような目で見ることはなかっただろう。


 エディロンは本を読むシャルロットと子供達を見る。


 時折会話を挟みながら微笑み合う彼らは、こころからその時間を楽しんでいるように見える。

 そして、子供達を見つめるシャルロットはエディロンが知るどの女性よりも美しかった。




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