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4.六度目の人生を謳歌します(5)

「他には何かある?」

「他? えーっとね」


 ルルはストンと床に座り、髭を揺らす。


「あ、そうだわ。今日は厨房に行ったのだけど、今度のパーティーの食事を何にするかってみんなで悩んでいたわ」

「パーティー?」


(あ。そういえば──)


 パーティーと聞いて、懐かしい記憶が甦る。


 一度目の人生のときに一度だけ社交パーティーが開催されたことがあった。建国二十周年を記念するもので、諸外国の来賓も招いたかなり大規模なものだったと記憶している。


「今回も、あの社交パーティーを開くのかしら」


 シャルロットは口元に手を当てて考え込む。


(あのときって、確か──)


 ダナース国では、諸外国のように貴族が集まる華やかなイベントを頻繁に行う文化がない。ダナース国の前身であるレスカンテ国王が毎晩のように煌びやかな舞踏会を開催していたのはすでに二十年も昔のこと。

 王宮の使用人達も社交パーティーというものに慣れておらず、来賓の方々からは散々な評価だったと記憶している。


「それって、まずいわ」


 シャルロットは顔色を青くする。


 エディロンはエリス国の王女を娶る必要がないくらい、この一年で国際的な地位を向上することができたら婚約を破棄してもいいと言った。なのに、このままではその社交パーティーでマイナス評価を与えることになる。


「なんとかしなくっちゃっ!」


 こうしてはいられない。のんびりクッキーを食べている場合ではないと、シャルロットは立ち上がる。

 窓の外を見ると文鳥の使い魔──ハールが窓の外から飛んでくるのが見えた。


「ハール、お帰りなさい」


 シャルロットは窓際に歩み寄る。話しかけられたハールはバサバサと羽を羽ばたかせ、シャルロットの正面に舞い降りた。


「ただいま。今、男の人がこっちに歩いて来るのが見えたよ」

「男の人?」


 心当たりがなく、シャルロットは不思議に思って首を傾げる。そのとき、ドンドンドンと扉をノックする音がした。


「はい?」

「俺だ。エディロンだ」


(エディロン様!?)


 これまで全くここを訪ねてくることなどなかったのに、一体どういう風の吹き回しなのだろうか。慌てて扉を開けると、そこにいたのは間違いなくエディロンその人だった。

 シャルロットは目を丸くしながらも、エディロンを部屋に通す。


「どうなされましたか?」


 シャルロットはエディロンに尋ねる。


「今日はなにをしていた?」

「今日? 外出しておりました」

「どこに?」

「町にです」

「町のどこだ?」

「…………」


(なんでこんなことを聞いてくるのかしら?)


 半ば尋問のような問いかけに、シャルロットは不快感を覚えた。


「グランバザール通りのマダム・ポーテサロン、ハイネ教会付属孤児院、それに大通りの商店街です」

「何を買った?」

「…………。フルーツ……スナーシャをふたつです。このお答えで満足ですか?」


 理由も明かされずに質問づくめにされ、シャルロットは表情を消して淡々と答える。そこで、エディロンはようやくシャルロットがこの問いかけを不快に思っていることに気付いたようだ。


「わたくし、特に行動の制限を申し伝えられた覚えはないのでご迷惑をおかけしない範囲で外出していたつもりでしたが、なにか問題ありましたでしょうか?」

「いや、なにも問題はない」


 エディロンは首を横に振る。


(じゃあ、なんなのよ?)


 質問の意図が全く摑めない。


「ところで、スナーシャとはなんだ?」

「陛下はご存じありませんか? こういうフルーツです」


 シャルロットは今日買ってきたばかりの黄土色のフルーツを鞄から取り出してみせる。


「初めて見たな」

「召し上がってみますか? 甘くておいしいですよ」


 エディロンがスナーシャを食べたところは見たことがないが、きっと好きだろうと思った。前世でエディロンがフルーツを食べているところは見かけたことがあったから。


 答えないエディロンの様子から勝手に『食べる』と判断したシャルロットはサイドテーブルから小さなフルーツナイフを取り出す。


「おい。慣れない刃物を触ると手を切るぞ」

「大丈夫です。慣れていますから」


 エディロンは眉根を寄せたが、シャルロットはそれを無視して器用にフルーツの皮を剥く。


 エリス国の離宮では、よく王宮内の庭園に生えているフルーツの実を採ってきては自分達でカットして食べていた。だって、食事の量がいつも微妙に足りないから。

 それが王妃様の嫌がらせであることは気付いていた。けれど、文句を言うと『意地汚い』と罵られて食事が抜きになるだけなので、いつもそうやってジョセフと協力しながら凌いできたのだ。

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