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4.六度目の人生を謳歌します(4)

「本当か?」

「ただ、内容に疑問を覚える部分があり──」


 セザールがなぜか渡すことを渋るような仕草をしたので、エディロンは「いいから見せろ」と言ってセザールが持っていた書類をもぎ取るように奪う。

 そこには、シャルロットがダナース国に来た日に『彼女について調べてほしい』と命じた調査結果が記されていた。


エディロンはその報告書を一枚、また一枚と捲る。


「彼女は側妃の子供なのか」


 そこには、シャルロット=オードランは間違いなくエリス国の王女であると書かれていた。母親は辺境の村出身の魔女であり、既に死別しているようだ。


 そしてその母親の死後、シャルロットは今日に至るまで一切公式の場に出てきたことがなく、また公式にその消息が発信されることもなく、謎に包まれた人物であることが記されていた。

 普段は王宮の離れで弟とふたりで暮らしており、第一王子であるその弟は酷く体が弱く立ち上がることもままならないらしい。

 そしてシャルロット自身も体があまり強くなく、多くは出歩けないようだ。ごくまれに王宮に出向くときはいつも俯き髪で顔を隠し、話しかけられてもボソボソと消え入りそうな声で一言しか喋らない。


 病気のせいで、直視できないほど醜い姿になってしまったのではないかとも噂されていると書かれている。


「健康そのものに見えたぞ。実際、頻繁に出歩いているのだろう? それに、顔もしっかりと見たが醜くはなかった。むしろ、美人だ。受け答えもしっかりしている」

「ですよね。不思議なことです」


 報告書を持ってきた張本人であるセザールもしきりに首を傾げている。


(どういうことだ?)


 エディロンはじっと考え込む。


 この報告書に書かれているシャルロット=オードランと、婚約破棄してほしいとエディロンに訴えたシャルロットがどうしても結びつかない。


「予算内で買い物しているだけならいいのだが……」

「え?」


 エディロンの呟きに、セザールが不思議そうな顔でこちらを見つめる。


「いや、なんでもない」


 エディロンはそう言うと、口を噤んだ。


 報告書とはあまりに違う人物像に、真っ先に思い浮かんだのは『彼女は実はシャルロット=オードランではなく、全くの別人である』ということだった。


(まさかな……)


 国と国が約束した政略結婚に全く別の人物を宛がうなどあり得ない。

 だが、エディロンの中でなにかが引っかかる。


(……スパイ行動でなければよいのだが)


 シャルロットとは条件が整えばいずれは婚約を破棄しようと合意している。

 しかし、そのことはふたりだけの秘密であり、対外的にはシャルロットはエディロンの婚約者ということになっている。国王の婚約者という立場を利用してダナース国内の情報を引き出し、それを自国や他の国に売ることもやろうと思えばできる。


(彼女のことは、よく監視しておいたほうがいいな)


 思えば彼女がここに来てからの一ヶ月、碌に顔も合わせていない。


 シャルロットには条件が整えば婚約解消してもいいと伝えているものの、彼女を娶らずに周辺国がダナース国を見る目を変えるような上手い方法が見つかったかといえばそういうわけでもない。となると、いずれはあのシャルロットと結婚することになる可能性が高い。彼女を知ることにより、こんな馬鹿げた考えはさっさと払拭するべきだ。

 それに、ダナース国では近々建国二十年を祝う祝賀パーティーが大々的に行われることになっていた。シャルロットにはそこに、国王の婚約者として参加してもらう必要がある。


「シャルロットは今日も町へ?」

「はい。先ほど戻られたようです」

「わかった。少し顔を見に行く」


 エディロンは執務机に両手を置くと、すっくと立ち上がった。



 ◇ ◇ ◇



 エディロンが訪問してきたとき、シャルロットはちょうど三時の菓子を楽しんでいるところだった。


 今日のおやつは孤児院の男の子に貰ったクッキーだ。毎回とても美味しく焼き上がるので、今度のバザーでもこれを売ろうと話をしている。


「ルル。今日は何か面白い話はあった?」


 シャルロットは自身の使い魔──白猫のルルに話しかける。床にいたルルはポンと飛び上がると、シャルロットの前に置かれたテーブルの上に乗る。


「今日は訓練場に行ったらあの男の人がいたわよ。気合いを入れろっと叫んでいたわ」

「ふーん」


 シャルロットは鼻を鳴らす。


 あの男とは、間違いなくエディロンのことだろう。ケイシーが今日訓練場に行こうと誘ってきたのは、やっぱりエディロンが視察に来るからだったようだ。

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