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4.六度目の人生を謳歌します(2)

 その数時間後、シャルロットはとある孤児院にいた。


「お嬢様。これ、どうかな?」

「まあ、上手ね!」

 

 十歳前後の男の子が差し出してきたトレーには、こんがりと焼き色の付いたクッキーが載っかっていた。生地にはナッツやドライフルーツが練り込まれており、甘ーい香りが鼻孔をくすぐる。


「えへへ」


 男の子は照れたように笑うと、頬を掻く。


「僕、将来はお菓子職人になろうかな?」

「とっても素敵な夢ね。是非、わたくしをお客さん第一号にしてね」


 シャルロットはにこりと微笑むと男の子の頭を撫でる。


「うん、わかった。僕、頑張って勉強するね」


 男の子は照れたように笑うと、持っていたトレーを見つめる。シャルロットはその様子を見て、ほっこりとする。


 シャルロットがこの孤児院を訪れたきっかけは二週間ほど前に遡る。

 国の状況を知るのと同時に婚約解消後にどうやって生計を立てるかの情報収集のために訪れた城下で、たまたまこの孤児院を見かけたのだ。


(それにしても、ダナース国は社会福祉が整っているのね)


 恵まれた者がいる一方で、貧しい者がいる。それはここダナース国でも同じなのだが、ダナース国はシャルロットがこれまでの人生で関わったどの国よりも救済制度が整っているように感じた。


 エリス国では貴族や王族が孤児院などを慰問することは『恵まれたものの義務』とされていた。

 過去のループで他の国に嫁いだこともあるが、どの国でもその考え方は共通していたためシャルロットは色々な国の孤児院を訪れたことがある。その経験を踏まえた上で、ダナース国の福祉制度は整っていると思った。


 現に、こういった孤児院の子供達ですらしっかりとした教育を受け、将来の夢を描くことができるのだから。


(一度目の人生では一年もダナース国で過ごしたはずなのに、全然気が付かなかったわ)


 自分がいかに井の中の蛙だったかを実感する。


 故郷のエリス国は〝神に愛された国家〟と呼ばれていたけれどここよりずっと貧しい人達がたくさんいた。

 シャルロットは五度目の人生で、平民として生きる道を選んだ。放浪する最中、家もなく食べるものにも困っている子供達をたくさん見てきた。


(『神に愛された国家』だなんて、名前だけね)


 自分の故郷を思い、複雑な気持ちになる。


「お嬢様。このように素敵な刺繍をありがとうございます。子供達も喜びます」


 感傷に浸っていると、孤児院の先生がシャルロットに声をかけてきた。先ほど、刺繍の小物のいくつかをプレゼントしたのだ。


 シャルロットはケイシーに、気を使わせないためにも彼女達には自分が隣国の王女、かつ国王であるエディロンの婚約者であるとは明かさないでほしいと伝えた。この孤児院の先生はシャルロットのことをどこぞのお金持ちの令嬢だと思っているはずだ。


「いえ。喜んでいただけて嬉しく思います」


 シャルロットはにこりと微笑み返した。




 孤児院を後にしたシャルロットは、その足で商店街へと足を運ぶ。


 シャルロットは賑やかな商店街を歩きながら、並べられた商品の数々に目を向けた。


(毎回思うけど、本当に品揃えがすごいわね)


 例えばお茶ひとつ取っても品数が豊富で、諸外国のものまで幅広く揃っている。貴族の権力が強いとある特定の地域や商社のものばかりが売られるという独占状態が起きるが、ダナース国ではその辺を上手く調整しているのだろう。


「あ、あれ」


 シャルロットはふと懐かしいものを目にして足を止める。


「どうされましたか?」


 シャルロットの声を拾ったケイシーが不思議そうにこちらを見る。


「スナーシャの実だわ」

「スナーシャ?」


 ケイシーは首を傾げて、シャルロットの視線の先を見る。


 そこには、くすんだ黄土色でぼつぼつのある果物が売られていた。スナーシャと呼ばれるこの果物は、三度目の人生のときに嫁ぐために長期滞在したラフィエ国でよく見かけた。


 地味な見た目に寄らず、カットすると中は白い果肉が詰まっており味はとても甘くて瑞々しい。ラフィエ国に行ってはじめてこれを口にしたシャルロットは、すっかり気に入って毎日のように食べていたものだ。


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