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3、死にたくないので、婚約破棄していただきます(6)

 シャルロットと話を終えたあと、エディロンはすぐにセザールの執務室に向かった。


「あ、陛下。どうでしたか? そんな高飛車な感じじゃなかったでしょう?」


 セザールはエディロンの来訪に気付くと、積み重なる書類の山から顔を出してこちらを見つめる。


「別人だった」

「は?」

「だから、俺が知るエリス国の王女とは別人だったんだ」


 エディロンは先の舞踏会で会ったのは第二王女であり、ここに来ているのは第一王女のようだと説明する。

 改めて、エリス国から来た求婚への返事を見返す。『娘を嫁がせる』と書いてあるがどこにも王女の名前がない。


「でも、先日の舞踏会はエリス国主催の大規模なものですよね。なぜその王女はそこに参加していなかったんでしょう?」


 セザールが疑問を投げる。


 エディロンは首を横に振る。

 セザールの疑問は尤もだった。諸外国を招いたあれだけの大規模な舞踏会を主催しておいて、ホスト国の王族が欠席するというのは通常考えにくい。しかも、エリス国王からは一部の王族が欠席しているという一言すらなく、まるで最初からいないかのような扱いだった。


「…………。セザール、少し彼女について調べておいてくれるか?」

「わかりました」


 セザールは頷く。


(なにもなければいいが──)


 そこまで考えて、首を振る。


 エリス国の王女を王妃に迎えようとしたら、やってきた王女は想像していた人物とは別人で、さらには顔を合わせるなり婚約破棄してほしいと言い出した。


 これだけでも十分大事件だ。

 

    ◇ ◇ ◇


 遠ざかる足音を聞きながら、シャルロットはへなへなと椅子に座り込んだ。


「あー、緊張した……」


 絶対に婚約解消の約束を取り付けると心に誓っていたけれど、いざエディロンを前にしたら緊張で体が震えた。最初、無理だと告げられたときは頭が真っ白になった。


 でも──。


「ダナース国がしっかりとした国際的地位を築けるならば、政略結婚は不要だと言っていたわね」


 真実はどうであれ、エリス国は神に愛され、祝福された国家と言われている。

 エディロンの言葉から、おそらくダナース国は〝エリス国の王女〟を娶ることにより神に愛された国の王女を王族に迎え入れ、その地盤を固めようとしたのだと理解した。


 ダナース国の周囲には多くの国々があるが、エリス国は最も歴史が古いし、神聖な国と呼ばれているのもエリス国のみだ。娶ったときの対外的印象に対するメリットが一番大きいと判断したのだろう。


「なんとしても婚約破棄を成功させないと」


 そのためには、一年以内に目に見える成果を出さなければならない。

 失敗すれば、待つのは〝死〟のみだ。


「ルル、ハール」


 シャルロットはなにもない宙に向かって呼びかける。

 その呼びかけに応じて、部屋の中に忽然と白猫と文鳥が現れた。彼らはシャルロットの使い魔なので、シャルロットがどこにいようとも彼女の前に現れることができるのだ。


「お願いなのだけど、王宮や町の中を回って今どんな感じになっているか探ってきてくれる?」


 今必要なのは、情報だ。ダナース国内の情勢について知る必要があるし、上手く婚約破棄できた際に備えて生活地盤を固め始めないとならない。


「いいにゃん」

「もちろん!」


 ルルとハールは元気よく返事をする。

 さっそく情報収集へと部屋を出ると、一匹と一羽はバラバラに姿を消した。


(それにしても──)


 シャルロットは久しぶりに目にしたエディロンの姿を思い出す。逞しい体躯の凜々しく精悍な見目は、シャルロットの記憶の中と全く同じだ。

 違うのは、一度目の人生ではエディロンはシャルロットを蕩けるような甘い眼差しで見つめ、顔を合わせる度に愛を囁いた。

 けれど、当たり前だが今世では全くそれがなかった。


「あのときのあなたは、なにを考えていたの?」


 対外的な地位を盤石にするためにエリス国の王女を娶りたかったのは、一度目の人生も今回の人生でも同じはずだ。なら、なぜあんな風にシャルロットを勘違いさせるような行動をとって、挙げ句の果てに〝ドブネズミ〟と吐き捨てて殺したのか。


 殺してしまっては、エリス国の王女を娶って対外的な地位を高めることもできなくなってしまうはずなのに。


(いいえ。もう終わったことね)


 僅かに甦る胸の痛みを打ち消すように、シャルロットは小さく首を振った。


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