表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

33/36

33 この家に生まれて幸せです

「お身体は大丈夫ですか? もっと早く、私たちにもお話しくださればよかったのに」


『身体は全然平気だよ。でも、魔女と対峙するのに、ルシールたちが心配しちゃうから秘密にしておこうって、スクルと決めていたの』


 パティさんのお腹には、しっかりとスクルさんとの新たな命が宿っていました。


「そうだったんですね。私はいつ、スクルさんと契約を結んでいたのですか?」


『ルシールが平民地に落ちて来た時だよ。咄嗟に守護獣の力を使っていたんだって。一人の人間のために力を発揮することが、私たち守護獣の契約なの』


 私の気持ちを確認しないまま契約を結んでしまったことを、スクルさんは悔やんでいたそうです。


「そんな……。私を助けるためだったのですよね。全く気にしないのに」

『スクルは、そういうところにこだわるルブラン・サクレだよ』


 さすがお嫁さんです。そのとおりだと納得しました。


『あ、ルシールパパたちが来たみたいだよ』


「お姉様~!」

「来ちゃったわ~」


 初めて降り立つ平民地に、ピクニック気分のヒューゴとお母様。そして、一人だけしかめ面のお父様がやって来ました。

 クレナスタ一家の登場に、アドルフも作業の手を止め、こちらに向かってくれています。


「古くて狭い家ですし、充分なおもてなしもできませんが、どうぞ家の中へ」


 いつもの飾らないアドルフも素敵ですが、こうしてお父様を立てながらも、バリバリ皇族の風格を醸し出す彼も格好いいのです。


「ええ、お邪魔させていただきます」

「わーい!」

「楽しみね~」


 貴族島が落ちた平民地の外れは、アドルフと私が居る守護獣牧場の近くでした。エティエンヌは混乱を治めるため、そのまま城に残りましたが、私はどさくさに紛れ――もとい、パティさんが気掛かりでしたから、アドルフと一緒に牧場へ戻ったのです。


 あれ? お父様は確か、魔女との対決が始まる前「必ずパパと一緒に家に帰ろう」と言っていましたね……。これは……、ピンチでしょうか?

 連れ戻されるコースかもしれません。




 全員素朴な木の椅子に座り、小さなリビングには、心苦しくなる程の緊張感が漂っています。って、私が悪かったのです……。

 そんな空気の中、あどけないヒューゴが口火をきってくれました。


「アドルフ様、またこちらにお邪魔してもいいですか? 今日はお父様も忙しく時間がないようですが、今度ゆっくり来たいです!」

「もちろん。俺がここに居るうちは、いつでもおいで」


 面倒見がいいアドルフは、本当のお兄さんみたいです。


「やったあ! ありがとうございます! ――あ、忘れないうちに。お姉様、どうかこちらをお持ちください」

「カンザシとオビドメね。ありがとう。あら、手作りしたのかしら?」


「えへへ。お姉様が帰って来た日にお父様が、お姉様は自分の役割を見つけ、これからは貴族島になかなか帰って来られないだろうから、皆でオセンベツを贈ろうって」

「ヒューゴ。みなまで言うな……」


 マンガばかり読んでいると思っていたら、こんなに細かいビジューを繋ぎ合わせて……。可愛らしい包みは、ミズヒキまで手作りしてくれたのですね。

 ヒューゴはお祖父様の記憶はないですから、きっと、お父様が教えたのでしょう。


「私からはこれを。丁度いいように、少しだけ着丈を詰めておいたわ」

「お母様……。ですが、これはクレナスタ家の女性が受け継いできたキモノでは?」


 お祖父様がお婆様に贈り、そしてお母様が大切に受け継いだ品です。ヒューゴのお嫁さんが嫁いで来た時、必要となるはず。


「ワフクはルシールが一番似合うと思うの。お義父様もきっと喜ぶから、袖を通してあげて? ヒューゴがお嫁さんをもらう時が来たら、貴女からお嫁さんに渡すの。必ずよ? どこで暮らしていても、その時はちゃんと顔を見せるのよ?」


「はい。必ずそういたします」


 手渡してくれたお母様の手には、小さな傷がたくさんありました。刺繍もあまり嗜まれないのに、苦手な作業を頑張ってくれたのですね。

 夜しっかり眠っていたのは、明るい内に針仕事をするためだったのでしょう……。


 皺が多くなり、細くなったお母様の手を両手で包みます。

 勝手ばかりの娘でごめんなさい……。


「オホン、エホン。――パパを城に置いて、いつの間にかここに来ているなんて……。必死で探したんだぞ……」

「本当に、申し訳ございませんでした」


「ルシールは大切な守護獣を失ったのです。それに、その番が子を宿していることがわかり、彼女の助けが必要でした。連れて来た私に責任があります。どうか責めないでやってください」


「ウッ……」

「あなたぁ? そんなことを言いに来たのかしらぁ?」


 キッとお母様に睨まれ、お父様はシュンと肩を落とします。


「その……。私がルシールに渡したい物はこれだ」


 そう言ったお父様が内ポケットから取り出した一枚の紙は、以前一度だけ見たことがある書類でした。


「婚約承認書……。ジゼル様や王様の署名まで……」


 私が貴族島に戻って、たった数日の内に……。しかも、マティス様との婚約を解消した後は混乱の最中。

 根回しから取り付けまで、大変だったはず……。


「華やかな贈り物でなくてすまん。アドルフ様が言ったのだよ。ルブラン・サクレなら無理をしない旅程でも、二日で帝国と行き来できるとな」

「はい。確かに」


 そんな話しもしていたのですね。


「自分の目で確かめねば、娘はやれん。他の牧場の守護獣でも、私が語りかけ懇願すると、すぐ飛び立ってくれた。本当に、人の言葉がわかるのだな……」


『皆、ルシールに恩があるからね。散歩くらいのお願いなら、悦んで聞いちゃうよ』


 お父様は、私がスクルさんやパティさんと話していたのを、疑いもせず信じてくれたのです。

 他人なら、変わり者やらなんやらと、色々言っていたでしょう。


「もう、エティエンヌ様はこちらに来られまい。婚約もしていない若い男女を、二人きりで生活させるなんてできんだろう?」


 そのとおりです。さすがに私だって、よくないことだと思います。


「今朝方、帝国よりジゼル様の署名付きで届いた。そして今し方、国王よりサインをいただいた、できたてホヤホヤだ」


 アドルフが立ち上がり、お父様に深々と頭を下げました。私も承認書を受け取り、アドルフに合わせて一礼します。


 アドルフとお酒を飲んで、二日酔いになっていたかと思っていたのに……。それ以外にも、マティス様への手紙やら王様への報告など、大変だったはずなのに……。



「アドルフ殿下、どうかお顔を上げてください。皇帝となられる日は近いのです。ルシールがレイダルグ帝国に嫁ぐまで、何度でも二人でクレナスタ家にお越しいただく。それが婚約を認める条件です。――末永く、娘をよろしくお願いいたします」


「はい。ありがとうございます」

「お父様……。私、クレナスタ家の娘に生まれ、本当に幸せでした」

「過去形にするな。これからもずっと、私たちの娘なんだよ?」


「はいっ!」


 お父様とアドルフが、固く握手をしていました。


「私もヒデトシ・サトウの血を引いているのだ。ルシールの気持ちが、よーくわかってしまったんだよ……」


 寂しそうに言ったお父様の身体が、一回り小さく見えた気がしました。

 でも、私もヒデトシ・サトウ・クレナスタの孫です。そして、一度懐に入れた者はガッツリ離さない、アドルフ・レイダルグの妻となるのです!


 大事な家族には、寂しい想いなんてさせません!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ