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31 魔女の最期

 謁見の間の外に出ると、国王たちが衛兵から報告を受けていた。


「王妃様が地下の制御室へ向かわれました!」

「なぜ王妃が?」

「誰もお留め立てしなかったのですか?」


 すぐに、王妃付きの侍女もやって来た。


「支度途中の王妃様が、突然お部屋をお出になられて……。お髪も整えておらず、急いで追い掛けて来たのですが……、あまりの早さに……」


 パニックになっている人々の間を縫い、パティが侍女に近づく。守護獣を初めて見る者も多く、皆、息するのも忘れ、その姿に見入っていた。


『この人から、魔女の気配がする。私の鼻を信じて。この臭いの元を追う!』


 パティにクンクンと臭いを嗅がれた侍女は最初戸惑っていたが、ルシールは見た! 侍女の手が、そっとパティのフワフワな毛並みを撫でるのを!


『よし、オッケー。ついてきて!』


 ルシールが訳すと同時に、アドルフとエティエンヌもパティの後に続く。その様子を見て、スクルが心配そうに動き出す。

 ぞろぞろと衛兵たちが続こうとするが、平和な貴族島での生活に慣れきっている。兵の塊ができ、後方が詰まってゆくだけだった――


「兵の強化が必要だよ……」

「お前も大変だな……」

「諸々課題が山積みですね……」


 魔力を纏わせ俊敏にパティと併走する三人だが、スクルの様子はいつもと違っていた。


『パティ……。無茶をするな!』

「バウッ!」




 たどり着いた貴族島の地下では、髪も結わえず、化粧もせず、支度も途中の王妃が、禍々しい響の呪文を唱えていた。


「あれは、貴族島を浮遊させるため設置された魔石と制御盤……」

「まさか、島を落とす気なのか!?」


 婚約腕輪とはまた違う紋様がビッシリと描かれた制御盤の上に、あまたの魔石が敷き詰められている。

 エティエンヌとアドルフが魔女を止めようと駆け出し、ルシールも魔力を吸収しようとしたが……。


「もう遅いんだよ。貴族も平民も、まとめて死ねぇー!!」


 制御盤と魔石が砕け、耳をつんざく轟音とともに貴族島が傾く。


「こんなババアの身体が最後だなんて! キイィーッ!」


 怨み言を吐き続けている魔女だが、それでもどこか余裕があるのか、妖しげな微笑を浮かべる。


「フウー。――ハァーア。また一からやり直しだよ」


 なん十年と蓄積した魔力で浮遊させていた貴族島の落下を、たった三人の人間が阻止するのは無理がある。この混乱に乗じて、少しだけ漂っている陰鬱な闇に魔女は溶け込もうとしていた。


「まずい! 上の人間も下の人間も大勢犠牲になるよ!」

「何か方法はないのか!?」


 例え狭くて不自由だと思ってきた貴族島でも、エティエンヌやルシールの故郷。ここには家族がいるのだ。

 平民地には人間だけではなく、多くの生き物も暮らしている。


「今から避難させても、全員助けられないわ……」

『大丈夫だルシール。俺はお前の守護獣。島はなんとかする。まずは魔女を完全に消滅させろ! そちらは頼んだぞ!』

「はい!」


 そう言ったスクルは城の外へと向かって行った。スクルと離れるのは心細いが、言われたことをしっかり成し遂げよう。

 そう渇を入れた三人は、王妃の身体を捨て、隠れ場所を求めている魔女の思念と対峙する。


「まだまだ、あたしは幸せになるんだ。もっと良いものを食べ、豪奢なドレスを纏い、全ての生き物を跪かせるんだからねぇ」

「あのタペストリーの左側にいます!」


 ルシールが指差した先を、アドルフとエティエンヌの二人が光の矢を射り囲む。逃げ出そうとする魔女の思念を、檻に閉じ込める様にして捕えていた。

 それでも尚、暗がりに紛れようと魔女は足掻くが、神々しい光を放つ矢に、むきだしの魔女の魂だけがあぶり出されていた。


「また閉じ込められたくない……。離せ……。離してぇ!」


「ルブラン・サクレは、自然界の力そのものなんだそうです。私だけの力では、貴女に仮初めの安らぎしか与えられませんが、パティさんが貴女を導いてくれるはず。どうか安らかに――あるべき所にお還えりください」


 そして、ルシールの六色に輝く魔力が、泣き叫んでいるような魔女だったモノの魂をそっと包み込む。


「いやだ……。まだ……やりたい……ことが……」


 それから、ルシールがそっとパティの身体に触れた。これまでパティはお手伝いはしても、ルブラン・サクレの力を人間のために使っていない。契約は結んでいないのだ。

 あくまでもルシールは、ルブラン・サクレのありがたい加護を拝借するだけ。


「願わくば、次こそ貴女も、貴女に関わった周囲の人も、皆、幸せになりますように――」


 自分と魔女を、同じ穴のムジナと言ったルシール。生を謳歌し、闇の力を扱えた。確かに魔女とルシールの本質は似ているのかもしれない。だが――


 ルシールはその力を、惜しみ無く皆に分け与える。自分もだが、皆が幸せで笑っていること。それが、ルシールにとっての幸せだった――


「眩しい……。でも……温かい……。ああ、やっと迎えに来てくれたの?」


 消えゆく魔女の魂は、自分を置いて先に行ってしまった母を見つけていた。子どもの頃のように、その胸に飛び込む。


「やっぱりここが一番安心する……。あのね、なんだか疲れたの……。少しだけ休ませて……」


 アドルフとエティエンヌの放つ光の中で、魔女が囚われていた闇が霧散する。その全てを、ルシールの闇魔法が取り込んだ。

 ルシールに寄り添っていたパティが――世界が受け止め、あるべき場所へ、死者の魂は還って行った。





『魔女は完全に消滅したよ。早くスクルの所に行こう』

「はい、行きましょう!」


 三人は再びパティの後について、城内を駆け抜ける。


「スクルは何をする気なんだ!?」

『……』

「……」


 アドルフの問いかけに、珍しくパティが口を開かない。ルシールの中では、ただ、以前聞いた言葉だけが反芻されていた。


『俺たちは特定の国や人のために動かない。だが、例外がある。共に生きると決めたただ一人の人間にこの身体を捧げ、その者のためなら力を使える守護契約を結べるのだ』


『せっかく身体があるんだから、直接干渉できる最後の手段を持ってるって感じかな。当然、みだりに契約を結ぶわけにはいかないから、二百年動けるこの身体を担保にするんだけどね』


(スクルさんは私を主と呼んだ……。身体を担保にして捧げるって……)


 王城庭園に着いた三人が見た光景は、生涯忘れることができないものとなる――

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