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24 優しいフラれ方をしてくれました

「帰ったぞー!」

「ただいま」


 牧場に帰ってきました。私たちを見て、エティエンヌが目を見開いています。


「……。アドルフ、ずいぶん楽しかったみたいだね? ルシールは……、とりあえず食事にしようか」

「そうだな」

「すぐ支度するわね」


 出かける前に下準備は済ませていたので、それほど手間も時間も掛かりません。


「私も手伝うよ」

「俺も――」


 それでも二人が手伝おうとしてくれたのですが、エティエンヌがピシャリとアドルフの前に手のひらを出して制止します。


「アドルフは馬の世話や、スクルたちの様子を見てくるんでしょ?」

「あ、ああ」


 エティエンヌと二人で話す機会ができました。きっと、察しのいい彼は、私が伝えなくてはならない事があると気づいたのでしょう。

 彼から受けた婚約の申し出に対し、きちんと答えなくてはなりません。



「あのね、エティエンヌからお話をいただいていた婚約の件なんだけれど……」

「ルシールがすごく女性らしい顔をして帰ってきたから、答えはなんとなくわかっているよ。あ~あ、聞きたくないな~」


 少しふざけたように、スプーンで耳を塞ぐマネをしています。こんなエティエンヌは見たことありません……。


「エティエンヌ……」

「……嘘。しっかり受け止めるから、聞かせて?」


 カトラリーだけが並んだテーブルに、二人で向かい合って座りました。


「エティエンヌはいつも細やかな気配りをして、ずっと私を支えてくれた。これ程家族以外の人と一緒の時間を過ごして、全部をさらけ出して生きたことなんてなかったし、ここまで特別に想える人なんてなかなかいないと思う」

「うん」


 大袈裟でなく、向き合ってきた彼への本当の気持ちでした。


「そんな素のままの私を見ても、エティエンヌは婚約者にと望んでくれた。これ以上ない話だし、断る理由もないと思っていた……。でも……」

「でも、承諾する理由も見つからなかった……。かな?」


 彼の天色(そらいろ)の綺麗な瞳が、心なしか潤んでいる気がしました。


「ごめんなさい。エティエンヌへの気持ちは、アドルフやスクルさん、パティさんへの気持ちと同じだとも思ったの。愛する人と生きたいと言った貴方の言葉に答えるのには、ちょっと違うのかもしれないって……」


「みんな同じように特別で大切だと思っていたのに、アドルフだけはちょっと違っていた?」


 思わず頬に手を当てていました。顔が熱いです。アドルフにだけは特別な感情を抱いていたのに気がついてから、この世の景色が変わったみたいなのです。

 私の世界がアドルフに染められていました。人を好きになるって、不思議な感覚なのですね。五感全てが違うのです。


「そんなわかりやすい反応をするところも、二人は似ているよ。アドルフがライバルの時点で、それなりにフラれる覚悟はしていたんだ」

「本当にごめんなさい……」


 そして、非の打ち所ないエティエンヌには、その感覚や好きを覚えませんでした。自分でもなぜかよくわかりません。己の感情なのに翻弄されるばかりでままならず、経験不足を痛感します。

 彼にはただただ申し訳なく、顔を上げることができません。


 そんな私の顔を、彼は上げさせてくれました。


「アドルフったらさ、私がルシールに婚約を申し込んだって言ったら、最初はウジウジしていたくせに、翌朝には意気揚々として私にこう言ったんだ。「俺もルシールに気持ちを伝えるけど、どんな結果になっても男ではエティエンヌが一番好きだからな!」って」


 アドルフらしいと思います。きっと、すごいドヤ顔で言ったのでしょうね。想像できます。


「面食らったよ。よく、どストレートにそんなことが言えるよね。言われた方も、こそばゆさやら戸惑いやらで混乱するよ。しかも一番好きなんて、いつ変わるかわからないモノを得意気にさ」


 わざとらしく眉間に皺を寄せていたエティエンヌでしたが、本心を隠しきれず、とうとう頬を緩めました。


「でも、嬉しかった。アドルフなら信じたいし、二番や三番になってもいいかなって思ったんだ」

「う~ん。私はちょっと、嫌かもしれないわ……」


 こんなにも、嫉妬深い女だったのですね……。


「ハハッ。それが普通だよ。それに、その辺まで一緒なら、今度はルシールとライバルになってしまうしね」


 エティエンヌには勝てる気がしないので、そうではなくて本当に良かったです。


「子どもの頃から、アドルフから目が離せなかった。追いかけていたのは私の方だったね。今回は相手が悪くて、私らしい恋の戦いが一切できなかったよ。それでもただ、ルシールに気持ちを伝えたかったんだ」


「エティエンヌが気持ちを伝えてくれたから、初めて恋愛に真剣に向き合えたわ。ありがとう」


 立ちあがって、感謝の気持ちを伝えます。エティエンヌが歩み寄り、こちらに来てくれました。


「以前にも言ったけど、私は妹が欲しかったんだ。これからマティスとの縁が切れても、変わらずルシールは私の妹だからね。アドルフも弟みたいなものだし、女心に疎い弟分が困らせた時は、いつでも言っておいで。私がちゃんと叱ってあげるから」


 そう言った彼の細くて華奢だけれど大きな手が、私の頭を子どもにするようによしよしと撫でます。


「心配ばかりかけないよう頑張るわ……」


 経験値がないのでわかりませんが、こんなにも気遣いのある優しいフラれ方をしてくれる人はいるのでしょうか?


「ルシールと、出会えて良かった……」

「私も、エティエンヌがここに居てくれて良かった……」






「待て待て、エティエンヌ。いい雰囲気にすんなって」

「おや? 早かったね? 余裕のない男はすぐに飽きられるよ? ねえ、ルシール。やっぱり私にしておく?」


 アドルフです。体力はあるはずなのに、肩で息をしています。珍しいですね。


「だーかーらー、距離が近過ぎなんだって」

「お~、怖い怖い。危険だね~」

「おまっ! なんでルシールを背に隠す!」


 この黄金豹と紅蓮獅子のやり取りも、見納めになるのでしょうか。

 二人のじゃれ合いをゆっくり眺めていたいのですが、何か忘れている気がします。


「あっ! お鍋を火にかけたままだったわ!」


「しゃーねーな。今度こそ俺も手伝うぞ」

「アドルフがよそうと、せっかくの家庭料理が軍隊飯に見えるから、運ぶだけにしてよ」

「はあ!?」


「あつっ!」

「「大丈夫!?」か!?」



 三人で囲む食卓。すぐそこには、おとぎ話ではなく本当に世界を護ってくれていた守護獣――


「あっ、右がスクルさんで左がパティさんですね?」

「さっきあげたご飯、秒で食べてきたな……」


 ――の黒い鼻が、またもやベッタリと窓にくっついていました。


『楽しそうー。私たちも混ぜてー』

『いつもパティが押し掛けてすまんな』


 パティさんをダシにしてやって来たスクルさんですが、二頭とも尻尾はブンブンですね。


 残り僅かとなった平民地の牧場での時間は、これから先に訪れる未来がどんな形になろうとも、私が歩む道を照らす灯火となるでしょう。


 私が貴族島に帰る日は、もう直ぐそこに迫っていました――

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