おかしな咲と夜の騒動・後編(一平視点)
一平視点の続きです。執筆はひろたです。
夜は俺たちの捕ってきた魚介類、食料庫にあったトマト缶やフライドオニオン? なんかでパエリアを作ってくれた。本当に食料庫、何でもあるな……
米はあったけどサフラン(どうやらスパイスの一種らしい)はなかったらしく、赤い缶のカレー粉を使ったからちょっと辛いかも、なんて言ってる女子二人。いや、さらっと作れるあたりが驚きなんですが。
パエリアは魚介類のダシが効いていてめちゃくちゃ旨かった。
「チキンとか入れたいところだけどないしねえ」
「コンビーフ入れるのも考えたけど、すごい冒険だよね。今ひとつ味が想像できないし」
「不味くはならないかもだけど、バランス崩れそう」
ま、まあ、いいよ、無難な線で! ほら、咲も勢いよく食べてるし。
そう言えばこの夕食の調理も咲はやっぱり手をだしていない。女子二人に任せてあちこちフラフラ見て回っていた。
本格的におかしい。
夜は男女に別れてテントを使った。咲はテントの部屋割? を聞いて「なぜ男と二人で――」と小さくぼやいていた。あのな、いくらバカンスとはいえ渡瀬さんと二人っきりのテントはまずいだろ? 俺だって優と二人っきりのテントになんかなったら嬉しい、じゃなくて、眠れる気がしねえ。
けれど咲は男子用のテントに押し込めるとブツブツ文句を言いながらもすぐに寝落ちてしまった。昼にちょっと寝たくらいじゃやっぱり足りなかったんだな。明日には元に戻ってるといいけど。
そして異変は夜中に起きた。
ぐっすり寝ていた俺は甲高い悲鳴で叩き起こされた。女の子の悲鳴――女子テント?
隣を見ると咲はいない。慌てて飛び起き、女子テントに駆けつける。
「二人共、無事か! 開けるぞ!」
声をかけてテントの入り口に手をかけると閉まっているはずのテントのファスナーが開いている。誰かが侵入したのか?
慌てて中を覗いた途端、俺の頭に一気に血が上った。
咲が、優を組み伏せている。
「咲くん! やめて! 優ちゃんを離して!」
横から渡瀬さんが必死に咲の服を引っ張って止めようとしているが、びくともしない。咲はうるさそうに渡瀬さんを見た。
「人聞きの悪い事を言うな。女に用は――ないことはないが、今用があるのは――」
いや、長々と喋ってねえで今すぐ優から離れろ。問答無用で背後から咲の服を掴んで思いきりテントから引きずり出した。
「咲てめえ、優に何すんだっ!」
力一杯テントの外へ放り投げた。優と渡瀬さんをテントの中に匿ったまま、テント入り口を塞ぐように立って咲を睨みつけた。奴は地面に転がった時に頬についた土を雑に拭いながら起き上がってニヤリと笑っている。
「勘違いするな。用があるのはあの娘の袋だ。察するにあの娘が封印の巫女なのだろう?」
袋? サコッシュのことか? んで封印の巫女って……何だそりゃ、ラノベの読みすぎじゃないのか?
「その中から忌まわしいあの神の匂いがするわ。察するに封印の神具であろう――くそ、偉大な妖である俺様を何百年も封印しやがって。おまけに封印は無事に緩んで出られたというのに、この土地を囲む結界からは出られんときたものだ。あちこち見て回ったが、どこも綻びはないのだから忌々しい。だが、この男と完全に同化出来れば島に張られた結界を抜けられるかもしれん。
その神具で俺様の行く手を阻むつもりなのだろう、封印の巫女。そうはさせん。
さあ、痛い目を見たくなければその袋をこちらに寄越せ!」
何言ってるんだ、こいつ。ますます変なこと言い出したぞ。こんなオカルトかぶれじゃなかったと思うけど。ロマンチストではあるけれど、基本的にかなりのリアリストだよな?
「――あっ」
テントの中で優が声を上げた。
「封印――そうよ、サコッシュには神社のおばあちゃんからもらった鏡が」
「鏡?」
「そうだ! 何かあったら使えってくれたんだよね! 赤い鏡」
渡瀬さんもハッとして付け加える。神社――あの時、優と渡瀬さん、巫女のばあさんと最後まで何か話してたよな。時間が迫ってたから俺も咲も特に何を話していたか聞いてなかったと思い起こす。そんな話してたんだ?
「一平さん、これに鏡が入ってるの! 使って」
優がサコッシュを俺に握らせる。いやちょっと待て。
「使うって、何をどうするんだよ!」
「まだ何が書いてあるか見てなかったけど、巫女さんから呪文を書いた紙っていうのも預かってるの。鏡と一緒に入ってるから」
「鏡持ってそれを唱えりゃいいのか」
サコッシュを開けて手を突っ込むと、中には畳まれた和紙と、二つ折りになるタイプの赤い鏡があった。俺は鏡と紙片を取り出して構えようとして、そこで一瞬止まってしまう。取り出した鏡を思わずまじまじと眺める。
おい、あのばあさんから預かったって言ってたよな? この超有名でキュートな白猫のキャラがついた鏡、ばあさんの私物か? え、これが神具?
「そ、それを寄越せ!」
自称「偉大な妖」が慌てて起き上がり掴みかかって来た。鏡を握った手をすごい力で押さえつけられる。え、咲ってこんなに力強かったか? 料理するから腕の筋肉はかなりすごそうだけど、それを考えに入れてもすごい握力だ。人間技とは思えない。
表情も鬼気迫るものがあって目も血走っている――本当に何かが咲の体に憑依したんだろうか? 今の咲を見ているとまさにそんな感じだ。
もう一度あの岩壁の向こうにあった祠が頭をよぎった。そういえばあの後から咲はおかしくなっていった気がする。
「あれか? あの祠か?」
「そうとも、この男が手を合わせてくれたおかげで緩んでいた封印から出てこの体に入ることが出来たというわけだ」
「うわぁ、巫女のおばあさんが手を合わせるなって言ってた、そういえば!」
そうだったんだ? 返す返すもきちんと話を聞いておくんだった。報連相、大事。
そしてもみ合っているうちに紙片を取り落としてしまった。渡瀬さんがそれをサッと拾い上げて、俺の目の前に広げて見せた。
「麻生くん! これに書いてある呪文を読んで!」
紙片にざっと目を通した俺は「げ」と変な声を出してしまった。
「え、これ呪文? これ、俺が言うの?」
「いいから! 早く!」
「一平さん、がんばって!」
がんばって! じゃない。これを言えって言うのか。俺は絶望的な気持ちになった。ばあさんだって女の子に渡したんだ、俺みたいなガッチリ筋肉の野郎に唱えさせるなんて想定外のはずだ。だよな?
けれど咲の顔をした妖がその時にやり、と笑った。
「いいことを思いついた」
そして咲の方から冷たくて嫌な感じの力がぬるりと俺の中に入ってこようとするのを感じた。息がぎゅっと苦しくなる。
やばい、この妖が咲から出て俺に移ろうとしている。本能的にそう思った。今現在鏡を手にしているのは俺、その俺に乗り移ってこの鏡を処分するつもりなのだろう。
乗り移った妖はおそらく俺の体を支配したらこの鏡を壊すか海に投げ捨ててしまうにちがいない。そうして俺の体に入ったまま単身島の外へ行き、行方をくらませるだろう。誰にも見つからないところへ――優にもわからないどこかへ。
そうしたらどうなる? 優を泣かせて、不安にさせて。ひょっとしたら俺を止めようとする優に暴力を振るう可能性だってある。辛そうな優の泣き顔が頭をよぎる。体を動かすのは俺自身じゃないにしても、俺のことを心配させて優を苦しめるのか。
ぎり、と歯を噛みしめた。
そんなこと許容できるわけがない。ふざっけんな、絶対に勝手な真似はさせない。
俺は力をふり絞って恥をかなぐり捨てて、呪文の言葉を叫んだ。
「妖を封印せし銀の光! ラブリーフォックスギンちゃん助けてー!」
やべ、妖に取り憑かれる前に恥ずか死にそうだ……おい、背後の女子二人。ちょっと噴き出してたの、ちゃんと聞こえたからな?
けれど直後に聞こえてきた声で、俺の努力は報われることになるのだった。




