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32、どんな奴だってなぁ、大事なもんのためなら戦うんだよ 後編

「うがっ、くっそ野郎め……っ」


 最後のあがきとばかりに投げられた剣が、翔矢の肩を切り裂いたのだ。その弾みで態勢が崩れて、頭から落下していく。敵の剣が空中で霧散すると、解放された二つの火の玉がどこかに引っ張られるように飛んでいった。


 しかし、安心している余裕はない。目の前に地面が迫っていて、翔矢は痛みを覚悟した。その時、飛び出してきた誰かが翔矢の腰を掴んで抱えて、軽々と地面に着地を決めたのである。


 やわらかな腕の感触に、翔矢は引きつった顔で相手を見上げる。派手な恰好をした女だ。鮮やかな赤い三つ編みに二本の角が額についた鬼の半面。服装は鎖とベルトが付いた赤いゴシックコートに、黒のレザーパンツと同色のブーツだ。しかし、仮面から覗く強い目には覚えがある。


「お前、猛獣女か!?」


「音和と呼べ。こんななりだから驚いたのか? 先に言っておくが、私の趣味ではない。道化師の真似ごとも、世間を欺くために必要なことだからだ」


「お前もこのコスプレみたいな衣装には思うとこがあるわけな?」


「組織に所属した戦闘員の大半が道化師の装いをさせられている。中にはそれを好んでしている者もいるようだが、気が知れんな。とは言え、組織の指示だ。私は戦闘服と割り切っている」


 本当に割り切っているのだろう。音和の目には負の感情はない。キックボクシングだけでなく心も並大抵でなく強い女だ。


「つーか、いつから見てたんだよ?」


「お前が人外の後頭部を狙っていた時からだ。初めてにしてはなかなかの動きだった。だが、勝利を確信した瞬間、一瞬気を緩めたな? その油断さえなければ、こんな怪我を負わずにすんだものを」


「いってぇ! 触んなっ」


「我慢しろ。かすっただけのようだな。この程度ならリアルではアザくらいだろう。ボイス、ディークラウンが倒されたことは連絡したな?」


 傷口を布できつく縛られて、痛みに呻く。


『報告済みだ。後三分四十五秒で他のヒーローも到着する。あのプレイヤーには記憶消去の措置を』


 翔矢は慣れない痛みに顔を顰めながら、尊大な態度の女を見上げる。


「お前さ、見てたならせめてプレイヤーを避難させるくらいはしろ」


「なぜ? 私の契約にそれは入っていない」


「ヒーローなのに人助けが入ってないのかよ。どんな契約だ、それ。じゃあ、お前はなんでヒーローをしてるんだ? 痛いのが好きなどMかよ?」


「馬鹿なことを。強い奴と戦うためだ。他の奴はお前の言うように人命を第一とされているが、私は違う。契約時に人助けよりも人外を倒すことを優先すると条件につけた。逃げるだけの人間や、弱い人間を助ける気はない」


「お前の方が悪役みたいだな」


 冷えた目が憎たらしくて、翔矢は軽口を叩き返した。すると、鬼の仮面から見える目が僅かに緩んだ気がした。音和は腕を解くと、口元に愉快そうな笑みを乗せる。


「この私にそんな口を叩くとはな。翔矢、お前には素質がある。このまま組織に入れ」


「冗談言うな」


「その恰好もなかなか様になっているぞ?」


 褒め言葉はからかいが混じっている。翔矢は顔を思いっきりしかめて断固として言う。


「ヒーローなんて二度とごめんだぜ」





 あれから五日後、翔矢には日常が戻っていた。魚人を倒したことで両親はすぐに目覚ざめ、検査を受けて三日前に退院することが出来たのである。


 美琴には隠れて一人で行動した上に、軽傷とはいえ怪我まで負ったので泣きながら怒られた。まぁ、結果的に両親が戻ってきたこともあり、アイスを貢いで許してもらったがな。ちょろ……ごほんっ、優しい妹で助かったぜ。


 両親は家事に会社にヒーロー業にと今日も精を出している。翔矢自身はというと、秋成からは無茶をしたことで叱責を受けた。


 しかし、思わぬ偶然からと言えども、魚人を倒したことにより実力を示してしまったようで、熱心な勧誘を受けている。もちろん、毎回答えは一緒だ。けれど、アルバイトの立場は変わらないので、今後も勧誘は続きそうである。


 清一郎には、両親の退院の日に美琴に急かされてお礼に行った。美琴が持参した手作りクッキーは思いのほか喜ばれて、本人は恥ずかしそうに翔矢の後ろに隠れていた。


 音和とはあの日以来会っていない。あの時に、純の分と合わせて電話番号とアドレスを渡された。今度またご飯食べに行こうという彼の伝言と共に、なにかあったらかけて来いと言われた。今のところは、自分の番号を教えるために使っただけだ。登録はしたものの、今後もかけずに済むことを願うぜ。


 魚人につけられたアザは、組織の医療のおかげですぐに治った。逃げきった広香は、公式サイトから、ウイルス攻撃によるバグキャラだと発表されたこともあり、それで納得してくれたようだった。ボスさんが手を回したのかもな。

問題なのは──。


「はよっす。翔矢、美琴ちゃん!」


「二人とも、おはよう」


「あ、おはようございます」


「朝から元気爆発してんな。オレは今すぐ寝てぇは、五年くらい」


「高校卒業しちゃうじゃん! どんだけ寝坊助だよ」


 半ば本気で言ったら、和希に突っ込まれた。翔矢は欠伸して首を回す。最近は、美琴と登校しているといつも二人に会うのだ。広香はわざと待ち伏せしているので避けようもない。そして、今日も恒例の話が始まる。


「ねぇねぇ、五日前にグリーンさんを助けたイケメンのことなんだけどさ。その人を探す方法ってないかな? 掲示板に相談が載っててさ、私も気になっちゃって。いろんな人がゲーム内を探してるみたいだけど、それっぽい人が見つからないみたいなんだよね」


「またかよ? オレも翔矢も腹いっぱいだ。そのグリーンって人が夢でも見たんじゃないの? 仮にいたところでそいつを探してどうすんのよ?」


「う~ん、なんか忘れられないんだってさ。同性の私には気持ちがわかるわけ。自分のピンチにさっそうと現れて助けてくれたらそりゃもう惚れるしかないでしょ!」


 その熱弁に美琴からのじっとりした視線を感じて、翔矢は明後日の方を見ながら首を掻く。なんだってこんなことになってんだ。

 

 厄介なことに、グリーンというプレイヤーは中途半端にあの出来事を覚えているようなのだ。しかもオレを探しているらしい。それを見つけた広香が毎朝お約束のように熱心に語るので、鋼の心臓を持つ翔矢としても気まずさを感じている。つい口をつぐんでいると、広香がさらに妄想交じりの話を続ける。


「顔は見てないけど背が高くてね、広い背中だったのをぼんやり覚えてるんだって。これは、絶対イケメンだよ! いや、イケメンじゃなきゃ許されない!!」


 少し前までの深刻な状況に比べれば、なんて平和で馬鹿馬鹿しい事態だろうか。だけどな、こんな日常は望んでねぇよ! 翔矢はなにもかも面倒になって美琴の腕を掴んで駆け出した。


「オレが知るかっての!」


「お兄ちゃん、急に走り出さないで!」


「あっ、逃げやがったな、あいつ」


「グリーンさんの恋をみんなで応援しようよ~」


 今日も四人の騒がしい声が朝の通学路を賑わせたのであった。




(´。•ㅅ•。`)いやぁ~長かった!(笑) 約二年におよび、お付き合いいただきましてありがとうございました。オリジナルから味つけを変えるように作っていたのもあり、ぶっ飛びキャラが多くて書いているのもとても楽しかったです。それに、これほどがっつり男主人公を書いたこともなかったので新鮮な体験でした。それでは、次回の作品もお楽しみに!

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