10、女だからって誰でもいいわけじゃねぇんだよ! 後編
「オレは足より胸派だ!」
「堂々となんの主張してるの!?」
「翔矢はそっちなんだ? オレは足の綺麗な子も好きだけどね~。だから美琴ちゃんも魅力的に見えてるよ」
「そこっ! さりげなくナンパすんな。美琴、こういう軽い男だけには引っかかるんじゃねぇぞ」
「う、うん」
「あはは、酷いなぁ。オレ彼女には尽くす方なのに」
「純の恋愛事情なんてどうでもいい。私は胸もあるから、お前の好みにドンピシャというわけだな? お前の顔は、まぁ悪くないが、私より弱い男はごめんだ」
「なんでオレが言い寄ってる風になってんだよ、違うだろ!?」
「それで? お前の本当の名前は?」
「人の話をまったく聞かねぇ女だな! 黒鳥翔矢だよ!」
「黒鳥?」
「音和、翔矢は鉄次さんと沙織さんの子供なんだよ」
「ふん。それであの身のこなしか。ヒーローの純血種は反射神経がいいらしい」
「普通だろ。そういうお前はどちら様だ?」
「橘音和。名字では呼ぶなよ」
音和が偉そうに顎を上げる。その表情にふとデジャヴを覚えた。同じ顔をどこかで見た気がする。
考え込んでいると、無視されたと思ったのか、音和が手を伸ばしてきた。猛獣の眼差しに見上げられて避け損ねる。熱い手が胸元を軽く押してくる。
「返事はどうした?」
「……へいへい」
「私を相手に本気でいい度胸だな」
「お前はどこの女王様だ」
整った顔をしてはいるのだろうが、この気位の高さは野性の豹だ。女にしては背が高いので、目線の位置が美琴よりも近い。絞られた体つきとセットのように、視線一つで人を従わせるような威圧感がある。言動からしても所謂、唯我独尊タイプの人間である。
これは周囲が苦労する女だろうな! 翔矢は同じような印象を抱かれがちな自分のことは押し入れにしまい込んで、そう思っていた。まるで目を離した方が負けだと言わんばかりの態度で、お互いから目を離さない二人に、純が喉を鳴らす。
「いつもつまらなそうな顔ばかりしてる音和が、珍しく上機嫌だね? 翔矢のことが気に入ったのかな?」
「あぁ。私に怯まない目がいい。鍛えればそこそこ使えるようになるだろう」
「おい、こっちはいいとは言ってねぇよ」
「半分くらい本気だね、こりゃ。翔矢、音和はアマチュアのキックボクシングの選手なんだ。負け知らずで名が通っているしこの間、雑誌にも載ったから、君達も見たことあるんじゃないの?」
その言葉に納得した。クラスの野郎共がその雑誌を見て美人だと騒いでいたから見覚えがあったのだ。
「入社したら私が直々に鍛えてやろう」
「そんなことより道を教えろや」
直球な誘いをばっさりと切り捨てる。中途半端な態度を取れば無理やり入社させられそうなので、躊躇はない。
鋭く細まった双眼に、後ろに隠れた美琴が猛獣に狙われた小動物のように震えた。……いや、なんでお前が震えてるんだよ? 睨まれてるのはオレなんだけど。音和と翔矢が半ばにらみ合いに発展しそうになっていると、後ろで足音がした。
「翔矢~美琴~、そろそろ帰るぞ」
「ママの方が先にお腹すいちゃったわ」
両親のおかげで猛獣の目が逸らされる。翔矢の後ろから美琴が二人に走り寄る。しかしマイペースな両親は場の空気を読めないらしい。明るい顔で挨拶している。
「おぉ、音和か! 久しぶりだなぁ、元気にしてたか?」
「変わりはない」
「いやん、相変わらず格好いいわぁ。この間の試合はKO勝ちだったんですって?」
「当然だ。あんな小物では相手にもならん」
「さすがチャンピオン。言うことが一味違う。でも沙織は渡さないからな!」
「同性だろう、いらん。……いや、代わりに息子を寄越せ」
「はぁ!?」
「まぁぁぁ! もしかして翔矢ちゃんに一目ぼれ? 私達の青春時代を思い出しちゃうわぁ」
「いやいやいやいや、何を乗り気になってるんだ沙織! 駄目だから! 絶対に婿に出す気はないから!」
「あ、じゃあ、美琴ちゃんをお嫁にならいいんですか?」
「いいわけない! 純、お前にもやらんから──うぐっ」
子供を後ろに隠して吠える父親の背中を思い切りどつく。周囲の目に美琴が恥ずかしそうに俯いている。気持ちはわかるぞ。翔矢も他人のふりをしたい気持ちでいっぱいになったが、血縁関係を今更隠すことは無理がある。恥ずかしい親父め! 八つ当たりめいた気持ちで、ぐりぐりと靴で足跡をつけていると、嬉しそうな悲鳴が上がる。
バイオレンスなやり取りをする兄と父親に、美琴が控えめに右手を上げる。
「お父さん、私もお腹空いた」
「寿司な。寿司以外は認めん。ただし、回ってる奴でも許そう」
「ごほっ、パパにももっと優しくしてくれ!」
「十分優しいだろうが。大将に一貫ずつ頼むような高級店で、大トロを最初から最後まで頼んでやってもいいんだぜ?」
腕を組んで悪い顔でニタリと笑うと、感動したのか親父が震えた。
「止めて、パパの財布に大ダメージ!! よし来た、回ってる店な! さぁ、行こう。今すぐ行こう!」
「まだいいじゃない。うふふふふ。ラブロマンスの予感がするわ」
「気のせいだ!」
恋する乙女のように、赤く染まった頬にしなやかな手を当てる母の背を、父が焦ったように押して足早に歩いていく。恋愛話が大好物な母にかかってはないこともあるかのように話が広がってしまう。それは阻止したいのだろう。翔矢はなんだかもう面倒くさくなって頭の後ろで両手を組んだ。
美琴が二人に軽く会釈して、両親を追いかけるために踵を返す。とんだ出会いだったぜ。休日なのに疲れた気分に浸りながら翔矢は妹の後を追いかける。
「私の名前を忘れるなよ」
「今度はオレ達ともご飯を食べに行こうね~」
不穏な言葉は聞かなかったことにした。




