第3章-30 これはほっぺなのか?
第三章
三十 これはほっぺなのか?
「見つけたー!」
市場を走り抜けるときも注意深く様子を見回したが、結局ピエトロの両親は公園に佇んでいた。
「あっ、ホントだ!」
本当はオレよりずっと足が速いルーカだけど、ピエトロを肩車していることもあって、少し遅れて公園に辿り着いた。
「ママー! パパー!」
流石に疲れがピークで静かになっていたピエトロも両親の背中を確認して、大声を上げる。
「「!!」」
市場の側になる公園なので、まだまだ賑やかな音がそこら中からしているが、そこは両親、自分の子供の声に驚いた様子で振り返ってきた。
「「ピエトロー!」」
両親がこちらへ駆け寄ってきたので、ルーカがピエトロを地面に下ろす。
「ママー! パパー!」
下りた途端、まだ元気が残っていたのか、ダッシュで両親に駆け寄り、母親に飛びつく。
「ピエトロ、無事デ良カッタ」
「ウワァァァン!!」
母親がギュッと抱きしめると、ピエトロが大声で泣き始めた。
そういや、この子の泣き声を初めて聞いたな。
城に居る同年代の弟妹はしょっちゅう泣いている事を考えると、五歳児なりにすっごく気を張っていたんだよな。
ああ、このお姫様の身体、メッチャ涙腺が緩いんだよな。
オレが泣いている場合じゃないんだけど、涙がこみ上げてくる。
「あり……がとうご……ざいます」
「帝国語で大丈夫ですよ」
父親がお礼を言ってくれたが、やはりアメジスト語は殆ど喋れないようだ。
ルーカが帝国語で話しかけると、ホッとした表情に変わる。
「ソウデスカ、助カリマス。……改メテ、アリガトウゴザイマス。コノ辺ハ帝国語ガ通ジナイシ、息子ハ見ツカラナイシ、途方ニ暮レテイマシタ」
「失礼ですが、アメジスト語が話せないのに、どうしてこの村へ来たのですか? 国外の商人は許可証がないと山道麓の街以外では商売できないはずですが」
きっと両親の大荷物を見て、商人と確信したのだろう。
「ソウナンデスネ。山道麓ノ街カラ、コチラニ行ク商人達ニ ヨク分カラズ付イテキテシマイマシタ。ドウシテ露天ヲ出ソウトシテ、怒ラレタノカモ分カラナクテ、困ッテイマシタ。右往左往シテイル間ニ 息子トモ ハグレテシマッテ……」
「成程、事情は分かりました。山道麓の街なら商売できますし、場所柄、帝国語を使える人も多く居ます。……間違ってこちらに来てしまったと言うことでしたら、乗合馬車を手配しますよ」
「エッ、ソンナ、ドウシテ?」
ルーカの提案に、父親が目を見開く。
「僕も帝国人なので、同郷のよしみって奴ですよ。それに、ここじゃあピエトロも辛いでしょう」
「…………」
父親も、そしてピエトロを抱きしめる母親も、幼い息子に目を向ける。
泣くのは落ち着いたけど、まだ小さな肩が震えている。
「馬車の中で是非、彼の話を聞いて上げてください。今日の宿は大丈夫ですか?」
「宿ハ ドウニカ見ツケマシタ。本当ハ馬車モ、ゴ厚意ダケ……ト言イタイ所デスガ、全ク余裕ガ無イノデ、有リ難ク甘エサセテ頂キマス」
「良かった。では明朝、村入口付近の乗合馬車に来てください。僕はその場に行けませんが、話はつけておきます」
「何ト感謝シテ良イカ……。セメテ オ名前ヲ」
ある意味、当然と言えば当然の質問なんだけど……。
ルーカが困ったように眉をハの字にする。
「名乗ると色々大変なので、通すがりの帝国人って事で」
本当は帝国人だって言うのも伏せておきたかったのかも知れないな。
でも、そうでも言わなきゃ馬車の話を受けてくれなさそうだったし。
まさか、この国のお姫様と帝国の騎士団副長が一緒に市場で遊んでいるなんて、名乗るわけにもいかない。
父親も何となく触れてはいけないと察してくれたようで、小さく頷く。
「分カリマシタ。オ名前ハ伺エズトモ、コノゴ恩ハ決シテ忘レマセン」
「……では、僕たちはそろそろ行きます。じゃあね、ピエトロ」
「待ッテ!」
踵を返そうとすると、それまで母親にしがみついていたピエトロが再びオレたちの方へ駆け寄ってきた。
「オ兄チャン、アリガトウ!」
ルーカの長い足にしがみついてきたので、ルーカがその場にしゃがんでピエトロの頭を撫でる。
「もう一人でどこか行っちゃダメだよ。……それと、我慢しないでちゃんと親に甘えなよ」
「ウン! アト、オ姉チャン」
「何?」
オレも涙腺の方がどうにか落ち着いたので、二人の近くにしゃがむ。
――ちゅっ
「へ?」
オレの左頬に何やら柔らかいものが……。
って、ピエトロがほっぺにチューをしてきたのだ。
「オ兄チャント結婚シテナイナラ、大キクナッタラ僕ノ オ嫁サンニナッテネ」
「なっ!」
オレが言葉を失っていると、ルーカが慌ててピエトロを引き剥がす。
「ダメダメ、何言ってるんだよ!」
「結婚シテルノ?」
「して……ないけど」
子供の真っ直ぐな瞳に、流石のルーカも言葉が詰まっている。
「ジャア良イジャン」
「ダメだってば」
意外と食い下がるピエトロに、父親が声をかける。
「ピエトロ、オ二人ハ恋人ナンダヨ。コレカラ結婚スルカラ オ前トハ出来ナインダヨ。サァ コッチヘオイデ。……息子ガ失礼シマシタ」
「いやいや、こんな可愛い子供にそう言って頂けて、嬉しいですよ。じゃあ、私たちは帰りますね。皆さんの無事を祈っています」
ピエトロの頭を一撫でして立ち上がる。
本当は恋人だの何だのの誤解を解きたかったけど、これ以上長くなっても良くないし、そもそも今日は恋人って設定だったから、誤解は解かない方が良いのかも知れない。
「「「アリガトウゴザイマス」」」
いつまでも深々と頭を下げる親子に手を振り、オレたちも宿屋に戻ることにする。
◆ ◆ ◆
「いやぁ、すっかり遅くなっちゃったね」
帰り道、すっかり夜ということもあり、ルーカと手を繋ぎながら舗装された道を歩く。
「そうだね。途中から迷子捜しになちゃったけど、楽しめた?」
並んで歩くルーカがオレの顔を覗き込んでくる。
身長が違いすぎるせいもあってか、話すときになるべく目線を合わせてくれるんだよな。
ピエトロと同じように子供扱いされてるのかな?
何にせよ、話しやすくて有り難いけどさ。
「ああ、公園であんなにガッツリ遊んだのは久しぶりだったよ。それに、見つかって本当に良かった」
ピエトロの嬉しそうな顔や両親の顔が浮かぶ。
お母さんの方は何か言いたそうだったけど、ずっと泣いていて喋るどころじゃ無さそうだったもんな。
ちゃんと言葉の通じるところで商売が出来ると良いな。
「ホント、見つかって良かった。……すっかり日が暮れちゃったけど、寒くない?」
確かに風が冷たくなってきたけど、細い毛糸で出来たストールは軽いのに本当に暖かいので、そっと顔を埋める。
「うん、大丈夫。このストール凄く暖かいよ……って、ルーカ!?」
言い終わる前に突然腕を引かれ、木に身体を押しつけられる。
暗くて気付かなかったけど、これ、出かけに身体を押しつけられた大木じゃないか!
「ねぇ、最後にピエトロのお父さんに恋人って言われたとき、どうして否定しなかったの?」
辺りは暗いけれど、至近距離だとルーカの顔がよく見える。
でも、表情は読み取れない。
……怒ってるのか?
「え? だって時間も時間だったし、今日は恋人って設定で護衛して貰っていたから……」
「宿に帰るまでが設定期間だよね?」
何だよ、その『家に帰るまでが遠足』みたいなフレーズは。
なんて心の中で突っ込んでいる場合ではなく、顎を掴まれ、顔を上に向かされる。
「ルーカ!?」
――キスされる!?
身体が動かず、目をギュッと閉じてしまう。
だけど、柔らかな唇の感触は……
……ほっぺ?
さっきピエトロにキスされた方とは逆の右頬。
でも、ピエトロより全然際どい位置。
唇のほんの隣。
端から見たら普通にキスしているように見えるくらいの場所だ。
「これ位ならセーフでしょ?」
いや、アウトだよ。
色んな意味で。
熱い吐息が唇にかかって動悸が止まらないが、ツッコミも止められないってば。




