第3章-23 ベランダサロンへようこそ
第三章
二十三 ベランダサロンへようこそ
「ヴィオーラ様、狭いところで恐縮なのですが、こちらになります」
ベージュやロッソ達が北の賢者の森について話をしている部屋を後にして、通されたのはベランダサロンだった。
ベランダとは言え、植物も沢山有り、花をあしらったデザインのガーデンテーブルセットが置かれている。
恐らく、女将であるイメルダさんのプライベートスペースなのだろう。
テーブルセットは一つだけだ。
何となく、城の中庭にある第四王妃様と第五王妃様のサロンに似た雰囲気を感じる。
もしかしたら、花とかちょっとした小物のセンスとかが似ているのかも知れない。
「素敵な場所ですね」
天気も良くて、外でお茶するのにうってつけの陽気だ。
けれど、植物が丁度良く目隠しの役割を果たしていて、外からの視線などを入れず、プライバシーを保っている。
「そう言って頂けると幸いですわ。どうぞおかけになってください」
イメルダさんに促され、腰掛けると、どこからか宿屋のメイドが現れ、お茶とお菓子を用意してくれた。
「うわぁ、良い香り」
「この村で作ったアップルティーですわ。それに、アップルパイもあるので、召し上がってください」
「ありがとうございます!」
まず、紅茶で喉を潤す。
鼻から抜ける林檎の香りがみずみずしいのは、産地で直接お茶に加工しているからだろうか。
そして、小さなフォークでアップルパイを一口サイズにして、口に放り込む。
作りたてだったのだろうか、まだほんのり温かい。
あ~、温かいお菓子ってどうしてこんなに美味しいんだろう。
勿論、純粋に味もバッチリ。
上に乗っている林檎にほんのりシャキシャキ感が残っているのが絶妙だ。
元々のオレ自身は別に甘党じゃないんだけど、お姫様は甘党なんだろうな。
この身体に入ってからの方が、甘いものが格段に美味しく感じるようになった。
あと、酸っぱいものも。
酸味があまり強いものって苦手だったんだけど、それも平気になった。
元の世界でも女子がフルーツビネガードリンクとかの話をしていたけど、女の子って酸っぱいもの好きな子が多いのかな?
逆に沢山食べられなくなったのは、肉。
苦手にはなってないけど、食べられる量は凄く減ったと思う。
っつーか、とにかくこのアップルパイ美味いな。
モシャモシャと食べていると、クスッとイメルダさんが微笑んだ。
「本当に美味しそうに食べて頂いて……作った甲斐がありましたわ」
「イメルダさんが作ったのですか? てっきりパティシエの方が作ったのかと思いました」
妹である第四王妃様と同じく、凄く美人なんだけど、あまり生活感が漂うタイプではないから、失礼ながらあまり料理をするイメージが湧かなかった。
「そんな……光栄ですわ。と言っても、得意なのはアップルパイだけですの。イザベラ……様もいつも喜んで食べてくれていましたわ」
そう言って懐かしそうに目を細めるイメルダさん。
「あのぅ、王家の者がこんな事言うのも変だと思うんですけど、ご自分の妹君ですし、『様』を省略しても私は気にしませんよ」
「ヴィオーラ様、お気遣い感謝します。お言葉に甘えさせて頂きます。どうしても、すんなり敬称がつけられなくて……。王妃様になったとは言え、イザベラは私の中ではいつまでも大人しくて可愛らしい妹なので……」
「大人しくて、可愛い?」
「あら? ヴィオーラ様、どうされました?」
「いえ、えっと……イザベラ様の話で間違いないですよね?」
「ええ、勿論ですわ」
あれ?
何か、オレの知っている第四王妃様とはかなり違うんだけど。
オレ、城でも散々胸を揉まれたり、メイド服着させられたり、強引にオモチャにされていた気がするんだけど。
まぁ、第五王妃様よりは若干マシだけど。
若干ね。
「そう……ですか……」
「ヴィオ様、どうされました? もしかして、イザベラが何か困ったことになっているのですか? そうでしたら微力ながら私が……」
「いえいえいえ、困ったことをする時はありますけど、別に困ったことにはなっていませんよ。沢山の子供にも恵まれて、ほぼ同時に嫁いできた第五王妃様とも仲良くしています。それに、私も良くして貰っています」
たまに酷い目に遭うけど。
「……イザベラは……あの子は幸せにしているのでしょうか?」
「私が第四王妃様の事をしっかり分かっている訳では無いと思いますが……。色々不便もある城内ですけど、その中でも楽しみを見つけて日々過ごされていますよ……って、イメルダさん!?」
気付いたら、イメルダさんの切れ長な美しい瞳から涙が零れ落ちていた。
ぎゃー、女の子って言うには相手は大人の女性だけど、とにかく女の人を泣かせたことなんて無いから、どうして良いか分からないんだけど。
しかも、お茶とか用意してくれたメイドちゃんも、仕事が終わったらそそくさと去って行ったので、今、ここには二人しか居ないわけだし。
「お見苦しいところを見せてしまい、失礼しました。ですが、外見こそ似ていますが、いつも私の後ろに隠れていたイザベラが王妃様なんて立場になって、毎日泣いているのでは無いかと、心配で心配で……。凄く今更な話なのですが、本当は、私が王妃候補だったのです」
「そうなんですか!?」
「ええ、ヴィオーラ様は勿論、イザベラよりも髪の青みが強いですが、私も一応、紫の申し子ですし、国王陛下とも少しですが年も近くなりますし……。でも、土壇場でイザベラが、自分が城へ行くと言いだしたのです」
「どうして急に……」
「…………」
言いづらそうにイメルダさんが俯く。
もしかしたら、オレには言いづらい内容なのかな?
でも、泣いている女性にオレが出来る事なんて、話を聞くくらいだし……。
「良かったら話してください。口外しないとお約束します」
「ヴィオーラ様……。実は……私には将来を誓った相手が居ました。その者とこの旅館を継ぐことになっていたのです。けれど、王妃候補の話が来て、旅館はイザベラと彼で継ぐことになったのです。イザベラだって彼にとても懐いていたから、このままここに残りたかった筈なのに……私のために……」
「その彼って言うのは、先程一緒に居た使用人頭のパオロさんですか?」
「そうです。良くお気づきになりましたね」
「まぁ……何となくとしか言いようがないのですけど。でも、ご主人では無いって言ってましたよね?」
「はい。こう言っては本当に良くないと思うのですが、イザベラを犠牲にしてまでとても一緒になる気にはなれませんでした。けれど、旅館には必要なので、今でも一緒に働いているのです」
今ではビジネスパートナーって事なんだろうけど、でも、さっき一緒に居るときにオレだけじゃ無くて、ベージュだって夫婦だと勘違いしたわけだし、二人の間にはまだそういう雰囲気が漂っていると思うんだよな。
「あの、イザベラ様からお手紙を預かっています。直接預かったので、検閲などされていないし、私も読んでいません」
「まぁ! ヴィオーラ様、そんな大変なことを引き受けてくださっていたのですね」
「こちらです」
出発前に第四王妃様から預かった、美しい意匠が施された封筒をイメルダさんに手渡す。
イメルダさんが封蝋を外し、中身を取り出す。
向かいの席で様子を確認すると、意外にも中身はハガキ大の厚紙が一枚だけ。
久しぶりにお姉ちゃんに手紙が書けるのに、一枚で良いの?
しかもハガキサイズって……
……な~んて思ったけど、
「イザベラ……」
口を押さえてイメルダさんが嗚咽を漏らす。
「イメルダさん!?」
その拍子にハガキ大の紙がイメルダさんの指先からヒラヒラとテーブルの上に零れ落ちる。
「これは……」
それはただの紙では無く念写紙。
オレも城の資料で知ったのだけど、この世界における写真の代わりだ。
術士に依頼して魔法を用いて撮るので、決して現代ほど気軽に撮れる訳では無い。
とにかく、そんな念写紙に写っていたのは……
第四王妃様と三人の子供達。
凄く良い笑顔で、イザベラ様も含めた四人で持っているお皿の上には、ちょっと形の悪いアップルパイ。
よく見ると、皆、エプロンを着けているから、四人で作ったのだろう。
って言うか、子供達はまだ年齢的に未就学児だし、実質イザベラ様が頑張って作ったのだろう。
そして、上の方にはイザベラ様らしい美しい文字で、
『幸せです! お姉ちゃんも幸せになってね!!』
という、ビックリマークが多めな力強いコメント。
もしかしたら、イメルダさんとパオロさんが第四王妃様に遠慮して、まだ結婚していないって知っていたのかな?
「イザベラ……ありがとう。それにヴィオーラ様も。……私がしっかりと村観光の時間を作って見せますわ」
「え? どうしたんですか? 急に?」
嬉しい申し出だけど、急に話が変わったので驚いてしまう。
そんなオレの慌てた様子に、イメルダさんは軽く涙を拭ってから微笑む。
「この念写紙の裏側に『ヴィオ様に村観光の自由時間を作って差し上げて』って書いてありますわ」
「あっ、ホントだ!」
小さい字だし、一瞬気がつかなかったよ。
第四王妃様、一筆書いてくれていたんだな。
感謝感謝。
「ですが……流石にお一人では出かけられませんわよ。私か旅館の者ならつけられますが……」
う~ん、イメルダさんだって女将なんだから、忙しいだろうし、かといって初対面の人とだと緊張しちゃうし……。
けど、ロッソもベージュもエミリィちゃんも会議で忙しそうだし……。
返答に困っていると、聞き覚えのある声がベランダサロンに響いた。
「それじゃあ、僕と行こうよ」
声の方へ振り返ると――
「ルーカ!?」
――ロッソの右腕である帝国第一騎士団副長のルーカ=ファルコが太陽の光を受けて、太陽みたいに輝く金髪を風になびかせて立っていた。




