第2章-16 ロッソの帰還
第二章
十六 ロッソの帰還
『そう言えば、先程から気になっていたのですけど、あちらの本は『お家の医療』じゃありませんか?』
さっきまで真剣な表情だった鏡の中のお姫様が表情を緩めて、オレの背後にある本を指差す。
「ああ、姫も知っているのか? でも、医療の勉強は禁止されているんじゃ無かったっけ?」
『これは医療の勉強って程では無いので、読んだことありますわ』
「そうなのか」
確かに本を貸してくれたネーロもこの国で一番一般的だって言っていたな。
『懐かしいですわ。第二王妃様のお部屋にもあって、私が熱を出したときにはこの本を見ながらお世話をしてくださったものですわ』
「へぇ……」
第二王妃自らが実子では無いお姫様を看病するなんて……。
それって、きっと珍しいことだよな。
よっぽど可愛がっていたんだな……。
『ミルクがゆを作ってくださったり、耳で何度も体温を測ってくださったり、汗を拭いてくださったり……。私のお母様である第一王妃は産後直ぐに亡くなってしまったので、幼い頃は本当のお母様のように思っておりましたわ』
「確か、姫様が小さいときに病気になったんだったな」
『ええ。ある日急に具合が悪くなったと、別邸にお籠もりになってしまいました。前の日まで一緒にお部屋でかくれんぼをして遊んでくださったりしていたのに……』
「急に倒れたりしたのか?」
突然具合が悪くなるなんて、脳梗塞とか心筋梗塞だろうか?
しかし、オレの質問に姫は小さく首を振る。
『当時幼かったですし、詳しいことは分かりませんが……。何かに怯えるようにごく一部の人以外とは会わず、十年ほど公の場にもお越しになっていないのです……』
「そうか……」
姫の寂しそうな顔を見て、何だか第二王妃のことを聞いてしまって、申し訳ない気持ちになる。
詳しい事情は分からないけど、会えるようになると良いな。
――トントン
そんなことを考えていると、突然ノックが響いた。
「はい?」
「エミリィです。入って宜しいでしょうか?」
まだ夕飯の時間では無いけれど、どうしたんだろう?
心なしか、エミリィちゃんの声に焦りの色を感じる。
「じゃあ、お姫様、ちょっと真相を暴いてくるからな」
『ええ、お待ちしています』
慌ててドレッサーの鏡に布を掛け、
「はい、どうぞー」
ノックの返事をする。
右のポケットにクッキーの残りをつい戻してしまった。
綺麗なハンカチに包んでいるし、まぁ大丈夫だろう。
「失礼します」
「夕食の時間にはまた大分あるけど、どうしたの?」
本当はもう少し鏡の中のお姫様と作戦を詰めて、夕食後にでもベージュの所に行こうと思っていたんだけど、いつもクールなエミリィちゃんにしては珍しく少し息が上がっている。
「休憩時間中に申し訳ありません。至急、応接の間までお越しください」
「応接の間?」
「……レオーネ様がお戻りになりました」
「えっ!?」
ベージュにどうやって切り込もうかばかり考えていたので、正直ロッソの名前が出て、一瞬驚いた。
けど、半月くらいで戻るって言ってたもんな。
半月ちょっとかかっているけど。
しかし、こんな夕飯前の微妙な時間帯に訪問するか?
「どうしても早くお目にかかりたいとの事でしたので……。ですが、ヴィオ様がご準備など大変でしたらまたの機会に……」
「いやいや、急ぎって言ってたんだろ? 行くよ!」
引き出しにしまったままだったハンカチを取り出して、左側のポケットに入れる。
最初の日に零れた紅茶を染みこませたハンカチだ。
本当は誰かに調べて貰いたかったけど、結局誰に頼めば良いのか分からないまま今日まで時間が経ってしまった。
けれど、これと同じものをロッソが持ち帰っている。
わざわざ急ぎと言うことは、何か重大のことが分かったのかも知れない。
紅茶の中に入った異物の調査報告だったら、特に有り難い。
婚約者候補とは言え、隣国の騎士団長であるロッソと会うのに身支度が必要なのかも知れないが、それどころでは無い。
「あっ、ヴィオ様、お待ちください」
「エミリィも走って!」
「姫様が走るなんてもっての外ですよ」
「そんな事言ってる場合じゃ無いってば!」
エミリィちゃんを従えて部屋を飛び出した。
◆ ◆ ◆
お姫様の私室から応接の間までは結構距離がある。
応接の間まで一気に走って行きたかったけど、部屋を出て直ぐのところを通りがかった執事に注意され、渋々早歩きに変更した。
「ほら、お立場を考えてください」
エミリィちゃんにも叱られてしまった。
まぁ、お姫様が婚約者候補に会うために全力ダッシュは色々マズいか。
そもそも、城の中で走るなって話だよな。
何だか学校みたいだな。
「あれ? ベージュお兄様?」
私室を出て暫くするとベージュの部屋がある。
後で行こうと思っていたので、何となく様子を伺うと、部屋の扉のところでベージュと使用人が立ち話をしていた。
「あっ……」
普段だったら、ヴィオーラ姫の顔を見たら、大喜びで駆け寄ってくるのに、何故だか露骨に目を逸らされてしまった。
そう言えば、ここ数日は避けられてはいなかったけど、いつも程はしつこくされていなかった気もする。
「あら、ベージュお兄様、お買い物ですか?」
使用人が沢山の箱を抱えていたので、そう声を掛ける。
本当は凄く急いでいるのだけど、何だかそのままにしておけない。
ロッソには申し訳ないけど、少しだけ待って貰おう。
「あっ、ヴィオ。なっ何でも無いんだ。君、荷物を部屋の中へ運んでくれ」
――チョコレート……?
近くまで寄ると、使用人が持っていた箱から仄かにチョコレートの香りがした。
よく見ると、幾つかの箱には飾り文字でチョコレートと書かれている。
「随分、沢山のチョコレートをお取り寄せになったのですね。色んな種類の味比べをされるのですか? 今度私も是非賞味させてください」
「そっ……そうだな。今度な。今はちょっと急いでいるから、ゴメンよ」
普段だったら頭の一つも撫でて来そうなのに、一切触れることなく、部屋の扉を閉められてしまった。
「確かに……ほんのり酒の匂いがしたな」
気をつけてみると、第四王妃と第五王妃が言うとおりベージュからは酒の匂いがした。
こんな明るいうちから呑むタイプには到底見えないけど……。
「ヴィオ様、急ぎましょう」
「そうだね」
エミリィちゃんに声を掛けられ、応接の間へ歩みを戻す。
「ねぇ、エミリィ」
「何でしょうか?」
急ぎ足で歩きながらエミリィちゃんに声を掛ける。
「ベージュお兄様って甘党なの?」
「いえ、どちらかというと苦手だと思います。ですから、初めてレオーネ様とお目にかかった日も余っていたチョコレートをヴィオ様へお裾分けしてくださっていましたし」
「じゃあ、色んなチョコレートの味比べをするタイプじゃないって事だよな?」
「そうですね……」
エミリィちゃんもこれ以上、返事のしようが無いのだろう。
そりゃあそうだよな。
そろそろ、応接の間に着きそうだ。
そう言えば、最初にロッソに会ったのもこの部屋だったな。
「あー、甘いものの話ばっかりしていたら、口の中が甘ったるくなって来ちゃったな。お茶請けはこの前食べたクラッカーにしてくれる?」
「承知しました」
◆ ◆ ◆
「レオーネ様、お待たせして申し訳……うおっ!」
――ガバッ
人が珍しくお姫様らしく、ちゃんと挨拶をしようとしたというのに、エロ騎士はお構いなしに抱きついて来やがった。
「久しぶりだな。寂しい思いをさせたな」
「しーてーなーいー」
だから、耳元で囁くなよ。
イケボの無駄遣いにも程がある。
どうにかロッソを引っぺがそうとするが、全然力が足りない。
応接の間の外にはお互いの従者が何名か居たけど、室内にはロッソの右腕であるルーカしか居ない。
エミリィちゃんはお茶の準備をして、もうすぐ来てくれるとは思うけど。
ルーカがロッソの暴走を止めずにいる今、自分の身は自分で守るしか無い。
「離せってば!」
「この俺相手にそんなこと言う女はお前くらいだな」
だって、男ですから。
言えたら楽なんだけどなぁ。
でも、最終的にお姫様に身体を返すって考えると、やっぱりこの事は口外すべきじゃなよな。
精々エミリィちゃんに言っている、記憶混濁くらいまでが精一杯か。
まぁ、最初の癖が抜けず、ロッソの前では結構男言葉のままなんだよな。
「だったら、喜んで抱きつかれる女性のところに行けば良いだろうが」
「そんな普通の女はつまらないだろう?」
いや、だから男なんですよ。
見かけはこんなに可愛いお姫様なんだけど、中身がごくごく普通の男子高校生なんですよ。
オレは抱きつかれたら喜んでくれる普通の女の子が大好きなんだよ!
しかし、ロッソにはそんなオレの思いも届くわけが無く、暗紅色の瞳を細めて満足そうにオレを見つめる。
ああ、久しぶりに会ったけど、やっぱりこいつ格好いいんだよな。
意志の強そうな暗紅色の瞳。
通った鼻筋。
一見、黒だけど光に当たると深緋に見える不思議な髪。
今度イケメンに転生するなら、こういう感じが良いよなぁって思ってしまう。
そう、格好良いって言っても女子目線でのキュンキュン気分では無いのだ。
あくまで、同じ男として憧れると言う意味での格好良いなのだ。
あくまでも!
「っつーか、腰に手を回すな!」
「相変わらず細いな……ん? ヴィオーラ、お前、普段コルセットはしていないのか?」
「あっ、今日は来客の予定も無かったから、ブラジャーって言うコルセットの上の部分だけのものを作って貰って……って、脱がすな~~~~!!!!」
もうホント、どいつもこいつもオレの服を気安く脱がすな~~~~!!!!




