第2章-13 真相への入り口
第二章
十三 真相への入り口
「エミリィ、私なら一人で部屋に戻れるから。折角のチャンスだし、行ってきなよ」
つい、格好付けて言ってしまったが、現状を客観的に思い浮かべて早くも後悔しそうである。
――次期国王である、長兄ネーロの執務室で、
――執務机の椅子で後ろから長兄に抱っこをされて、
――しかも、第五王女であるオレはワンピースがはだけて、ブラも露わになっている
まだ日も高いというのに。
全く、どれだけふしだらなんだよ。
ふしだらなんて言葉、ガチで使ったのは初めてだよ。
でも、ふしだらって響きがピッタリなんだよな……。
随分前から気がついてはいるんだけど、マジで端から見たらヤバい光景だからね。
っつーか、端から見ずとも抱っこされている本人だってヤバいって分かっているからね。
「ほら、お兄様。用が済んだなら、早く服を戻してください」
半分脱がされているワンピースはボタンが背中側で一人では着られないのだ。
お姫様なんて基本的にメイド達に服を着させて貰うから、普段はそれでも全然困らないけど、こういう時に困るな。
「ブラジャーと髪巻機の流通経路の選定も必要になるな……」
顎左手を当て、先程メイドのエミリィちゃんと相談していたブラとホットカーラーの事をブツブツと検討しているようだ。
全然オレの声が聞こえてないな。
因みに右手でオレの腰を抱えている。
お姫様の腰は華奢すぎて、大人の男の手だとがっしり掴まれると指先がおへそまで届きそうだ。
長い指が腰に食い込んで少しくすぐったい。
それにしても、ブラジャーとホットカーラーの仕上がりを見て、直ぐに商売に結びつけるなんて、この兄ちゃん次の王様になるよりも、商人になった方が向いてるんじゃ無いか?
駆け引き大好きだし。
「お兄様!」
こっちもいい加減この格好じゃ困るので、顔を後ろに向けて声を張る。
「ああ、ヴィオか。どうした?」
「どうした? じゃ無いですよ! 私はいつまでこの格好でいれば良いんですか?」
「おや、まだそんな格好をしているのか。困った子だな」
呆れたようにため息を吐かれる。
は?
ため息吐きたいのはこっちなんですけど?
ずっとブラ丸出しなんですけど?
「困った奴なのはお兄様でしょうが! こっちはずっとこの格好で寒いんですよ!」
「何だ、寒いのか。どれ暖めてやろう」
「だー! 背中に温かい息を吹きかけるな!」
「ワガママな妹だな。甘やかしすぎたかな」
「いいから早くボタン閉めてください」
「全く、最初からそう言えばいいではないか」
「……言ってますからね」
くそぅ、ツッコミ不在はキツすぎる。
やっぱりエミリィちゃんに居て貰った方が良かったかも。
しかし、どうにかこうにかワンピースのボタンを締め直して貰う。
もうこの長兄に背後を取らせない方が良いな。
次はブラだって無事では済まなさそうだ。
ああ、今日の段階で外されかかっていたな。
まさか、女の子のブラを外すより先に外されることになるなんて……。
はぁぁぁぁ。
「で、ヴィオ。勉強は進んでいるのか?」
ボタンは締め直して貰えたけど、相変わらず抱っこの姿勢のままネーロが問いかけてきた。
オレがこの体勢を嫌がっていることに関しては察しが悪いが、他の面では流石に完璧と評判だけある。
知りたいことがあってこの部屋に通っていることは察してくれていたようだ。
「ああ……。ちょっと質問があるんですけど」
本当は願ったり叶ったりの問いかけなのだけど、オレは数日間この質問を避けていたので、思わず言い淀んでしまう。
なんと言うか、開けてはいけない箱に手を掛けるような感じがしてしまって……。
こんな可愛くてか弱いお姫様に転生して、最初は困ったことしか無かったけど、この生活にも少しずつ慣れてきたし、手の早い男共はやたらと多いが、悪い奴らでは無い気がするし。
女性陣はちょっと怖いけど面白いし。
「言ってみなさい」
でも、逃げてる場合じゃないよな。
だって、オレは鏡の中にいる本当のお姫様にこの身体を返したいんだ。
自分だって今度こそちゃんとしたイケメンに転生したいし。
「この城で毒……薬とか医療とかに詳しい方って居ますか?」
毒って言い切ってしまうのも気が引けて、薬と濁してしまった。
言葉は濁してしまったが、確認したいのは、お姫様の魂が抜けた原因だ。
婚約者候補であるロッソとの初顔合わせ中にお姫様は紅茶を飲んで倒れた。
そして、その時に全てに絶望してしまったらしい。
で、魂が抜けて、そこに異世界からやって来たオレの魂が入ったということだ。
オレはこの時の紅茶に一体何が入っていたのかと、誰がそれを入れたのかを突き止めることが、お姫様の復活には必要なのではと考えている。
もしかしたら辛い結果になるかも知れないけど、何も知らないでいつまでも鏡の中に居たって仕方ないだろう。
現状を変えるには、真実へ踏み込んでいくしか無い。
「お前、毒に興味が有るのか?」
おっと、流石長兄。
きっちり毒って聞こえていたんだな。
まぁ、聞こえてしまっていたなら、そのまま話を進めることにする。
「ええ、少し……。別に作ってみたいとか言うわけでは無いですよ」
「何だ? 毒殺でもされるのではと怯えているのか?」
「え? どうして?」
察しが良いにも程があるだろう。
思わず素で聞き返してしまう。
「最近、エミリィに身の回りの確認をさせているだろう。あいつも上手くやっているから他のものは気付いていないと思うけれどな。しかし、ヴィオに毒を盛る輩なんて居ないだろうな」
「何故言い切れるんですか?」
「それは、お前が紫の瞳と髪を持つ『真の紫の申し子』だからだ。幸福の象徴である『真の紫の申し子』に毒を盛るなんて、この国では考えられないだろうな」
ネーロがオレの紫苑色の髪に指を絡めながら答える。
いまいちこの『真の紫の申し子』って言うのが理解し切れていない気がするんだけど、要はとっても有り難い存在なんだろうな。
「『真の紫の申し子』だから大丈夫って……そういうものなのですか?」
「そうだな。しかも、最近は元気が有り余っているようだが、元々お前は物静かで自分の派閥を作るタイプでも無かったし、利用されることはあっても、毒殺などの被害に遭うとは考えづらいな。それに、どうせ毒を盛るなら私に盛った方が遙かに意味があるだろう。私は『真の紫の申し子』でも無いし、瞳か髪のどちらかだけ紫の『紫の申し子』ですら無いからね」
言われてみればそうだな。
お姫様とこのセクハラ長兄だけは、同じ第一王妃から産まれた唯一の父母が同じ兄妹だ。
しかし、兄であるネーロは漆黒の髪に紺色の瞳。
キリッとしていて似合っているとは思うけど、『紫の申し子』に産まれなかった苦労があったであろう事は今の一言だけでも何となく分かってしまった。
「……確かに。では、お兄様はかなり危険なお立場なんですか? 毒味とかやっぱりかなり気を遣われているんでしょうか?」
何だか急に心配になって長兄の方を向くと、ふっと鼻で笑われてしまった。
「次期国王なんだから、色んな意味で危険な立場に決まっているだろう。勿論毒味も居るが、一般的な毒では死なない。鍛えているからな」
あれ?
お兄様、次期国王より暗殺業でも始めた方が宜しいんじゃ無いですか?
もしかして、音を殺して歩くのも癖になっていたりしませんか?
「流石ですね」
「それで、最初の質問に戻るが、この城で毒物をはじめとする薬や医療に詳しいのはベージュだろうな。勿論、医師も居るが、知識としてはベージュの方が勝っているだろう」
「ベージュお兄様ですか……」
「そんなこと私に尋ねずとも、元々ベージュとの方が少しは話もしていただろう」
「まぁ……そうなんですが……図書室にも医療の本が全然無くて、ベージュお兄様にも質問しづらくて……」
歯切れの悪い様子を見てネーロはため息を吐くと、ポニーテールで露わになっているオレのうなじに軽く口づけた。
「ひゃっ」
思わず変な声が出てしまったが、特にからかわれることも無く、腰を抱えて椅子から立たされて、やっと長兄の抱っこから解放された。
しっかし、何で一々うなじとかにキスするんだよ?
マニアックすぎないか?
そんなオレの心の叫びも虚しく、ネーロも直ぐに立ち上がり、執務室の本棚から一冊の本を取り出してきた。
「医療は完全に専門外だ。この部屋にはこれ位しか医学書は無い」
「『お家の医療』ですか?」
「この国で一番一般的な医学書だな。国が発行しているから、一応手元に置いておいたものだ。ベージュが管理している図書室に医療本が無いのは不可解だが、この本以上のことが知りたいなら、本人に確認した方が良いだろうな」
「そう……ですよね」
そうなんだ。
鏡の中のお姫様だって第二王子ベージュは医療の勉強をしていて、凄く詳しいって言っていた。
だから、オレは直ぐに図書室で勉強しようと思ったんだ。
だけど、医療関係の本は図書室には無かった。
そんなことあり得るか?
城で一番医療に詳しい王子が管理している図書室に一冊も医学書が無いなんて。
珍しい本とか、閲覧禁止図書なら仕方ないと思うよ。
でも、一冊も無かった。
今、ネーロに貸して貰った、この国で一番一般的な『お家の医療』すら置いていなかったのだ。
それは、どういう事なんだろう?
ベージュがオレから医学を遠ざけているのかも知れない。
じゃあ、どうして医学から遠ざけるんだろう?
昔、お姫様が医療の勉強を許可されなかったから?
でも、ベージュが姫の学びたい気持ちを無視したりしないよな。
それなら、医学書とかって結構グロい部分があるから、そういうのを姫に見せたくなかったからとか?
でも、それこそ『お家の医療』みたいな簡単なものくらいは残しておけるだろう。
そう、そうじゃないんだよな、きっと。
どうして医療から遠ざけるのか?
それは――
――あの日、紅茶に何を入れたか調べられたら困るから?
オレが話しかけただけで鼻血を吹き出して喜ぶ次兄が、そんな事をするなんて考えたくない。
オレがこの身体に入る前からの数少ないお姫様の理解者がそんなことをするなんて、考えたくない。
考えたくないけど――
――前を向いて、覚悟を決める必要がある。




