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断章 私と彼はパイロット

 南エウローパ戦役後、晴翔曹長は第二二三戦闘飛行隊とヨ―リン空軍基地に一時的に別れを告げると、機上の人となり、一路大和皇国本土へと帰国を果たしていた。

 これは先の戦役において、晴翔曹長が共同等を除き、個人の撃墜成績として海兵隊航空団トップの成績を収めた為。

 その功績が称えられ、大和皇国の勲章の一つであり最高位の金鵄(きんし)勲章、に次ぐ二番目の高位の勲章。海軍並びに海兵隊の構成員に授与される、海軍殊勲(しゅくん)十字章。

 同勲章の授与が決定され、その受け取りを行うと共に。

 晴翔曹長の少尉昇進が決定され、その昇進に伴う士官教育を受けるべく、一時的に本土へと帰国していた次第である。



 一方、晴翔曹長が皇国本土へと帰国し、ヨ―リン空軍基地に残された者達はと言えば。

 一時的とは言え、彼との別れを受け、その感傷に浸って──。

 いられる程、暇ではなかった。


 特にキャラクテェ飛行隊は、アリガ王国空軍の数少ない飛行隊の一つにして、唯一、先の戦役で実戦を経験した飛行隊。

 故に王国空軍は、その貴重な知識や経験を、新しい操縦士達に継承させるべく、他の部隊への巡回指導にキャラクテェ飛行隊を駆り出させ。

 隊員達は、忙しい毎日を送る事となった。



 そんな、忙しい毎日を送っていたキャラクテェ飛行隊の隊員達だが。

 漸く巡回指導も一段落がつき、以前の様な平穏が戻ってきた頃。

 セリーヌ軍曹は、仲の良い司令部勤務の女性兵士から、気になる情報を耳にする。


「本当ですの!?」

「えぇ、今日の午後に戻ってくるそうよ」


 ヨ―リン空軍基地の食堂にて、女性兵士と昼食を取っていたセリーヌ軍曹は、今一度情報の真偽を確かめると、何やら上機嫌になり始める。

 実は、女性兵士の口からもたらされた情報と言うのは、少尉として一回り立派になった晴翔少尉が、午後にもヨ―リン空軍基地に戻ってくる。というものであった。


「よかったわね、愛しの彼が、ようやく戻って来てくれて」

「ち、茶化さないでください!」


 微笑みを浮かべる女性兵士に口では注意を行うものの、内心はセリーヌ軍曹も、喜びに満ち溢れており。

 それを裏付ける様に、隠し切れない本心が、顔の節々に現れていた。


 こうして昼食を終えたセリーヌ軍曹は、はやる気持ちを抑えつつ、午後からの業務に励んでいく。


 それから、数時間後。

 午後の業務を終えたセリーヌ軍曹は、既に晴翔少尉が戻ってきているとの情報を得て、お帰りなさいの言葉と共に、昇進祝いの言葉を贈るべく、彼がいるであろう兵舎へと向かった。


「あ! ハルト──」


 そして、兵舎へと近づいた時、夕焼け色に染まる中に、会いたかった人物の横顔を見つけ、声をかけようとした、その時であった。

 真新しいグレーの軍服に身を包んだ彼の横に、もう一人の人影を見つけ、セリーヌ軍曹はかけようとした言葉を飲み込む。


(あれは、確かハルト少尉と同じ海兵隊の……)


 何故か、咄嗟に物陰に身を隠したセリーヌ軍曹は、もう一人の人影の正体を自身の記憶から導き出す。

 そこにいたのは、飛行服を身にまとった、菅大尉であった。


(あ、何処に行くのでしょうか……)


 何やら話している晴翔少尉と菅大尉は、やがて人目を避けるかのように、兵舎の裏手へと移動を始める。

 胸騒ぎを覚えたセリーヌ軍曹も、そんな二人の後を追う様に、兵舎の裏手へと移動を開始し。


 そして、物陰に身を潜めながら、二人の会話に聞き耳を立て始める。


「なぁ、いいだろ? 別に減るもんじゃねぇんだし」

「いや、しかし……」

「んだよ。オレの何が不満だって言うんだよ!」

「いえ、不満はありませんが……」

(お二人は、一体何のお話をしているのでしょうか?)


 更に意識を集中させ、二人の会話に耳を澄ませるセリーヌ軍曹。


「ならいいじゃねぇか! オレと"付き合って"くれよ!!」

(!!!)


 そして、次の瞬間、彼女は菅大尉の口から飛び出した言葉を聞き、セリーヌ軍曹は愕然とした。


(え? 嘘、ですよね? え?)


 理解はしていても、それを受け入れたくない気持ちも働いているのか、状況を飲み込む事が出来ないセリーヌ軍曹。

 そんな彼女を他所に、二人の会話はさらに続く。


「それとも、もう先客がいるって言うのか?」

「先客は、いませんけど」

「ならいいじゃねぇか!」


 次の瞬間、セリーヌ軍曹は聞くに堪えないとばかりに、二人に気付かれぬ様にその場を後にすると、そのまま一目散に自身の部屋へと戻る。

 そして、枕に顔を埋めると、声を押し殺すように涙を流し始めた。


 それから、どれ位時間が経過しただろうか。

 気がつけば、泣き疲れて眠ってしまっていたらしく、窓の外はすっかり夜の闇が覆い尽くしていた。


「そうですよね。……思い返せば、私とハルト少尉は、正式にお付き合いしている訳ではありませんでした」


 泣いた事で少し落ち着きを取り戻し、改めて状況を整理していくセリーヌ軍曹。

 正式な告白をした記憶も、された記憶もなく、何となく雰囲気だけで、付き合っていた気でいたのではないか。

 或いは、両想いだと思っていたが、実は一方的な片思いだったのではないか。


 思い返せば、曖昧な関係だったと気がつく。


「……。駄目ですわね、私」


 ため息を一つ吐くと、残った涙を拭い、セリーヌ軍曹は、何かを決心したかのように表情を改めると。

 自身の部屋を後に、何処かへと向かうのであった。





 翌日。

 昨晩、食堂で催された、同僚たちによる昇進祝いの祝勝会での酒が抜けきれず、重たい頭と共にベッドから起き上がった晴翔少尉は、身支度を整えると、朝食を取るべく食堂へと向かおうとした。

 刹那、不意に部屋の扉が勢いよくノックされ、重たい頭に響くその音に少々眉をひそめつつも、晴翔少尉は扉を開ける。


「晴翔!」

「何だ、恭久。朝から騒がしいな」


 扉をノックしていたのは、岩代曹長であった。

 何やら慌てた様子の岩代曹長に用件を尋ねると、彼はいいから付いてこいと言い、有無を言わさず晴翔少尉の手を引きながら、兵舎を後にする。


「おい、何処に連れて行く気だ!?」

「いいから、早く来い!」


 岩代曹長の行動に疑問と共に少々の怒りを覚えつつも、やがて晴翔少尉が足を運んだのは、とある格納庫の前であった。

 そこには、何故か人だかりができていた。


「おーい、どいてくれ! 主役の到着だぞ!」

「は!? 主役!?」

「お、色男! 頑張れよ!!」

「ヒュー、ヒューッ!!」

「もういっそ、両方手にしちまえよ!」

「羨ましいぞ、コノヤローッ!!」


 そんな人だかりをかき分け、周囲から謎の野次を受けながら、人だかりの向こう側へと到着した晴翔少尉が目にしたのは。


「っ! な、何だよ、これ!?」


 特設会場らしき舞台の上、まるで試合前のアスリートの如く、眼光鋭くお互いの事を眺めている菅大尉とセリーヌ軍曹。

 しかも、そんな両者の脇には、セコンドの如く、菅大尉側は副隊長、セリーヌ軍曹は仲の良い女性兵士がついている。


 そして、そんな会場に掲げられた横断幕には、"恵利 晴翔少尉争奪戦"の文字が、大きく目立つように書かれていた。


「はい、それじゃ主役の晴翔はここに座って」

「お、おい。恭久、これは一体どういう事だ!?」

「どうって、見たまんまだ。これから菅隊長とクステル軍曹が、お前をかけて戦うんだよ」

「な!」


 言われるがまま、舞台の中央に用意された椅子に腰を下ろした晴翔少尉は、岩代曹長の言葉を聞いて開いた口が塞がらなかった。


「クステル軍曹! これは一体──」

「ハルト少尉、今はただ、静かに見守っていてください。これは、これは私なりのけじめのつけ方なんです!」

「す、菅大尉、大尉まで──」

「少尉。これは女同士の真剣勝負だ、男のあんたは黙って見てな!」


 菅大尉とセリーヌ軍曹、最早どちらも聞く耳を持たない様で、晴翔少尉は渋々説得を諦める。


「さぁ、急いだ急いだ! もうすぐ締め切りだよ! ただ今のオッズは九対一で圧倒的に菅大尉の有利!」


 と、そんな舞台上を他所に、舞台の傍では、お祭り騒ぎのように、今回の勝負に対する賭博が行われていた。

 その様子を眺めていた刹那、基地の兵士や整備隊の隊員達の姿に混じり、見慣れた顔、上官である第二二三戦闘飛行隊の隊長や、基地司令であるダミアン大佐の姿まで目にし。


 晴翔少尉は、最早基地内で今回の事を止められる者は誰もいないのだと悟り。もうなるようになれ、と半ば自暴自棄になるのであった。


「えーそれでは、投票も閉め切った所で、今回の勝負のルールを説明したいと思います!」


 いつの間にかマイクを手にし、舞台上で司会進行役を務める岩代曹長。


「ルールは簡単。互いに、訓練用のペイント弾を装填し、同性能にチューンされた零式艦上戦闘機三二型を使用して模擬空中戦を行い、先に相手を撃墜判定にした方が勝ちだ!」


 刹那、盛り上がりを示すかのように、声援が飛び交う。


「条件は互角、勝敗を分けるのは、己の腕のみ! さぁ、挑戦者の両名! 準備はいいかな!?」

「勿論ですわ!」

「いつでもいいぜ!」

「それでは、両名は機体に搭乗し、早速空に上がってもらおう!」


 そして、菅大尉とセリーヌ軍曹の二人は、小脇に飛行帽とゴーグルを抱えながら、駐機場に用意された零式艦上戦闘機三二型へと乗り込んでいく。

 程なく、滑走路から飛び立つ二機の零式艦上戦闘機三二型。


 やがて、基地上空の空域で待機していた両名に、地上から開始の合図が告げられる。


「試合、開始!!」


 合図と同時に、二機の零式艦上戦闘機三二型のエンジンが唸りを上げ、相手機の背後を取ろうと、激しい軌道を描き始める。

 機体の扱いに関してはセリーヌ軍曹の方が慣れてはいるが、技術や経験で言えば、菅大尉の方が優れている。


 その為、観戦していた多くの者達が、勝負は菅大尉の勝利ですぐに幕を下ろすであろうと考えていた。

 所が、そんな予想に反し、勝負は直ぐに決着を見る事無く、セリーヌ軍曹が粘りを見せて、観戦者達の間にどよめきを引き起こす。

 だが、観戦者達に番狂わせの兆しを感じさせたのも束の間。


 菅大尉の機体の背後を位置取ったセリーヌ軍曹が、操縦桿の発射ボタンに指をかけた、刹那。

 視界内から忽然と姿を消した菅大尉の機体。

 慌てて周囲を見回すセリーヌ軍曹だが、不意に背後に感じ振り返ると、そこには、先ほどまで追っていた筈の菅大尉の機体があった。

 反射的に操縦桿を傾けるも、それと同時に一筋の火箭がセリーヌ軍曹の機体に延び。

 次の瞬間、水平尾翼や垂直尾翼を色鮮やかに染め上げた。


「勝負あったな、軍曹」

「っ!! ……ま、まだまだですわ!!」

「お? いいぜ、諦めの悪い奴は嫌いじゃねぇ! 搭載している燃料が切れるまで相手してやるよ!」

「いきますわよ!!」


 地上で観戦していた者達が、既に勝敗が決したにもかかわらず、何故かまだ模擬空中戦を止めない二機の行動に疑問を抱くのを他所に。

 二機の零式艦上戦闘機三二型は、上空にエンジン音を響かせながら、澄み渡る大空でダンスを踊るかの如く、軌道を描き続けた。





 やがて、二機の零式艦上戦闘機三二型が、基地の滑走路へと着陸し、駐機場へと誘導される。

 一方は、胴体部や主翼など、所々に塗料が付着しているものの、致命的な被弾は感じられない。

 片や、基の三色迷彩が塗りつぶされてしまう程、機体の各所を色鮮やかに染め上げ。

 最早、結果は一目瞭然であった。


「完敗、ですわ……」


 機体から降り、健闘むなしく敗北したセリーヌ軍曹は、同じく機体から降りた菅大尉と握手を交わしながら、自身の敗北を認める。


「ま、まだまだ足りねぇ部分はあるが、それでも、大分見込みがあるぞ、軍曹。オレが言うんだから間違いない」

「ありがとうございます」


 そして、握手を交わし終えると、セリーヌ軍曹は再び言葉を紡ぎ始める。


「"恋とは熱病の様なもの。それは意図とは無関係に生まれ、そして滅びる。"……終わりのない恋なんて存在しない。だから、ナオミ大尉。どうか、私の代わりに、これからハルト少尉の事、よろしくお願いいたしますわ」


 セリーヌ軍曹が、晴翔少尉との恋愛関係に終止符を打ちながら頭を下げる一方。

 菅大尉は、目をパチクリさせると、やがて頭上に疑問符を浮かべながら、疑問を口にした。


「なぁ、何でオレが少尉の面倒見なきゃいけねぇんだ? 少尉は軍曹と付き合ってんだろ?」

「……え? で、ですけど、昨日(さくじつ)ナオミ大尉は兵舎の裏手で、人目につかないように、ハルト少尉に愛の告白を……」

「あぁ、そりゃ告白じゃなくて、オレと模擬空中戦をしてくれって頼んでただけだ。ったく、少尉が人目があるからって変に気を使って兵舎の裏手に移動したら、勘違いされちまったじゃねぇか」

「そ、そうなんですの!?」

「大体、オレは他人の男を横から奪い取ろうなんて無粋な真似はしねぇぞ!」


 菅大尉の言葉を聞き、セリーヌ軍曹は驚愕の表情を浮かべる。

 どうやら、今回の一件は、セリーヌ軍曹の思い違いであった様だ。


「なぁ、それよりも。さっき口にした一節。確か……、恋とは熱病の様なもの。だっけか。それって、何かの小説か詩の一節なのか!?」

「え、えぇ。私の好きな女流作家の一人である、ママドレーヌ伯爵夫人の作品、"クレマンソーの奥方"に書かれた一節ですわ」

「なぁ、もしかして。軍曹はそれ以外の小説や詩、アリガ王国の文学に詳しかったりするのか!?」

「え、えぇ」

「実はオレ、以前からこの異世界の文学ってのに興味があってさ! なぁ、軍曹、オレにアリガ王国の文学を教えてくれねぇか!」

「まぁ、ナオミ大尉は文学に興味がおありでしたのね! 分かりましたわ! では、実物をお読みになりながらの方がいいでしょうから、私の部屋においでになられますか?」

「おう、行く行く! いや~、どんな作品があるのか、楽しみだな」

「所でナオミ大尉は、小説ならどの様なジャンルをお読みになられるんですの?」

「んー、そうだな。特に読んでるのは、恋愛ものだな」

「まぁ! 実は私も、その手のジャンルのものをよく読んでいるんです!」

「お、本当か。なんだ、気が合うな、オレ達!」

「そうですわね!」


 そして、何故か一転して、意気投合した菅大尉とセリーヌ軍曹の二人は、楽しそうに恋愛小説談義を語りながら、その場を後にしていく。

 こうして、意外な幕切れで終わりを告げ、特設会場の撤去や観戦者達が次々と去っていく中。


 椅子に腰を下ろしたまま呆然と眺めていた晴翔少尉は、不意に自身の肩に手を置いた岩代曹長の言葉で我に返る。


「しかし、女ってのは分からないよな。さっきまであんなにいがみ合ってたのに、もう仲良しこよしだぜ」

「はは、そうだな」

「ま、何にせよ、後でクステル軍曹には謝っとけよ。元を正せば、お前が原因みたいだしな」

「……分かってるよ」


 後に、今回の事で迷惑をかけたお詫びを兼ねてか。

 ヨ―リンの街中で、書店巡りをする菅大尉とセリーヌ軍曹の二人の後ろを、荷物持ちとして同行していた晴翔少尉の姿が目撃される事となるのだが。

 それはまた、別のお話。

この度は、ご愛読いただき、本当にありがとうございます。

そして引き続き、本作をご愛読いただければ幸いです。


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