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本日、2話更新します!

「――リョーカイ。ココ、安全。ユックリ、休メ」

 

 ポポが案内してくれたのは、すぐ近くにある隠し物置のような宿屋だった。古い毛布のような断熱材が積まれており、今の俺にはどんな高級宿屋のベッドよりも魅力的に見える。

 

 俺はポポに軽く手を振ると、メニュー画面からログアウトを選択した。

 

 

 視界が暗転し、次に目を開けたときには、薄暗い自室の天井が視界に入った。

 

 VRゴーグルを外すと、こめかみに食い込んでいた圧迫感がじわりと解放される。

 

「……あー、腰が痛ぇ……」

 

 ふと視界の端の時計を見ると、【AM 4:33】。

 

 夜を徹して第14の島を駆けずり回っていたせいで、時間の感覚が完全に狂っていた。

 

 静まり返った部屋。

 聞こえるのは、古びた冷蔵庫が唸る低い音だけ。

 ゲーム内でのあの轟音や、ゴーレムの駆動音、ポポの電子音が嘘のように遠い。

 

「……。……ぐぅ」

 

 腹の底から、情けない音が鳴った。

 昨日の昼からまともなものを食っていなかった。

 ゲームの中では魔力枯渇で死にかけていたが、現実の俺はただの栄養失調寸前の男だ。

 

「腹減ったな……。コンビニでも行くか」

 

 俺は脱ぎ捨ててあったパーカーを適当に羽織り、財布と鍵を掴んで外に出た。

 早朝の冷たい空気が、熱を持った頭を冷やしてくれる。

 街灯の下、誰もいないアスファルトを歩きながら、さっきまで握っていた錆びたレンチの感触を思い出す。


 あっちでは世界の運命を握るワールドクエストの真っ最中だっていうのに、こっちの俺は、4時過ぎにカップ麺を買いにいくただの高校生。

 このギャップが、たまらなくおかしい。

 

 自動ドアが開き、コンビニ特有の明るい光が目に刺さる。

 俺は適当なカップ麺と、二つで割引になっていたおにぎり、それから眠気覚ましのブラックコーヒーを手にレジへ向かった。

 

 そして、疲れが溜まっていたのだろうか、気づいたらレジ袋を持って外に出ていた。



 自室に戻り、レジ袋を机に置く。

 静まり返った部屋に、ポットがお湯の沸き上がる低い音だけを響かせていた。

 

 出来上がったカップ麺の蓋を取り、湯気と共に立ち上るジャンクな香りを吸い込む。おにぎりを一口頬張り、熱いスープで流し込むと、空っぽだった胃袋にようやく熱が戻ってきた。

 

 ふと視線を横に向ける。

 そこには、三ヶ月間ほとんど開かれることのなかった夏休みの宿題が、まるで地層のようにずっしりと積み上がっていた。

 

「……あと、二ヶ月弱でしょ? まだいいか!」

 

 自分に言い聞かせるように呟き、積み重なったテキストから目を逸らす。今は、因数分解よりも解明すべき「構造」が空の上にある。

 

 最後の一口を飲み干すと、汗と一緒に心地よい眠気が飛んでいった。

 腹を満たし、冷えたコーヒーで脳を叩き起こす。

 

「ふぅ。食った食った。高校生は無敵だな!」

 

 椅子に深く腰掛け、大きく伸びをした。

 窓の外、薄明るくなってきた街の景色を見下ろす。誰もいない早朝の静寂。世界中で自分だけが、とてつもない秘密を握っているような、そんな無敵感が胸に宿っていた。

 

 現実の空腹を満たした今の俺は、もうさっきまでの「ガス欠の漂流者」じゃない。

 

「よし。目も覚めたし、続きをやるとしますか!」

 

 まだ指先に残っている、現実の確かな感覚。

 俺はデスクに置いたままのVRゴーグルを引き寄せ、ゆっくりと装着した。

 

「起動――」

 

 まぶたの裏に光が走り、意識が再び、一万メートルの彼方へと吸い込まれていった。


***


 ログインすると、ポポは隠れ家の隅で膝を抱えるようにして待っていた。

 

 俺の姿を見るなり、レンズを激しくチカチカさせて駆け寄ってくる。

 

「オカエリ。……クンペイ。……待ッテタ」

 

 ポポは、さっきまで俺が現実で見ていたコンビニの店員とは対照的に、魂があるような仕草で俺の裾を掴んだ。そして、震える声でこう切り出す。

 

「……ワタシ、主サマ(開発者)に、もう一度、笑ッテ欲シイ」

 

「……クンペイ、タスケタ。……ダカラ、主サマを、タスケテ」


 その時、ピコン、と頭上ではじけるような音が響く。

 今まであまり気に留めていなかった金色の通知ウィンドウが視界を埋め尽くした。

 

≪ワールドクエスト発動:『創造主クリエイターを覚醒させよ』≫

・クリア条件:管理室メインフレームへの到達、および『青い基板』による意識復元。

・報酬:眠るロボたちの覚醒。

 

 ポポの純粋な「タスケテ」が、クエストを強引に引きずり出した。


「わかったよ、ポポ。……お前のマスター、俺が叩き起こしてやる」

 

 そう決めた瞬間、ポポのレンズがかつてないほど明るく発光した。

 

≪個体名『ポポ』が正式にパーティーに加入しました≫

 

「……パーティー、加入? お前、ただの案内用NPCじゃなかったのか」

 

「……クンペイ、ト、一緒。……ワタシ、今ハ……戦ウ、ドロイド」

 

 ポポが短いアームを力強く振る。どうやら本気らしい。

 一人と一台。奇妙なパーティーがここに結成されたわけだ。

 

「よし。そうと決まれば、まずはその『青い基板』ってのを探さないとな。心当たりはあるか?」

 

 クエストの条件に記された、肝心のキーアイテム。

 この島に潜り込んでから、そんなものは一度も見ていない。

 ポポは首を左右に振った。


「……ワタシ、知ラナイ。デモ、主サマ、管理室ノドコカニ、隠シタハズ」

 

「だよな。これだけ厳重な警備だ、その辺に転がってるわけがない。――よし、行くか」


 初のワールドクエストに胸を躍らせ、俺たちは静かに宿屋を後にした。

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