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「ギギ……未登録の生体反応……排除、フェーズ……1……」
システムログに流れるレベルは依然として『???』のまま。
だが、そいつが右腕のガトリング砲をこちらに向けた瞬間、本能が叫んだ。掠っただけで、俺のレベル10のHPは一瞬で消し飛ぶ。
「悪いが、俺はまだ死ぬ予定はないんだ」
強敵に胸を躍らせ、俺は全魔力を指先に集中させる。今ある魔力は190。スキャン1回につき15消費。最大12回。
「≪構造解析≫――開始!」
≪構造解析――失敗≫
「……チッ、解析不能か。もう一度だ」
≪構造解析――失敗≫
≪構造解析――失敗≫
≪構造解析――失敗≫
連続するエラー音。38.5%の確率は、この第14の島の「未知」を前になす術もなく弾かれる。
「嘘だろ……。解析どころか、表面の魔力膜すら突破できないのか!?」
焦りが冷静さを奪う。三ヶ月間の苦行で培ったはずの「指先の感覚」が、ここでは通用しない。この島の素材は、システムの想定を超えた高度な術式でロックされている。
≪構造解析――失敗≫
≪構造解析――失敗≫
……
≪構造解析――失敗≫
【警告:魔力が枯渇しています】
最後の一回が空振りに終わり、俺の視界から魔力の光が消えた。
膝から崩れ落ち、荒い息をつく。頭を焼くような虚脱感――MPゼロ特有のペナルティだ。
「……っ、ハハ、まじかよ。一気にガス欠か」
魔力がなければ、弐型を動かすことも、護身用のスキルを使うこともできない。
そんな俺の窮地をあざ笑うかのように、周囲の影から、カシャリ、カシャリと金属の擦れる音が響き始めた。
一体、二体……。
さっきの戦闘音を聞きつけた【古代警備ゴーレム】の増援が、暗闇の中から赤い眼を光らせて姿を現す。
「……よりによって、一番最悪なタイミングで来やがった」
(うん、逃げろーーー!!!)
生物的本能で足が勝手に動いていた。
*
「おい、嘘だろ……!?」
全速力で瓦礫の隙間を縫い、背後から迫るゴーレムたちの駆動音を振り切ろうとした時、最悪の事実に気がついた。
『嵐を喰らう者・弐型』を置いたまま逃げてきた。
インベントリに戻す魔力も、時間もなかった。
魔道具師にとって、商売道具であり唯一の足でもある機体をロストするのは、戦士が剣を奪われるより致命的だ。
「はぁ、はぁ……っ! あ、あんなところに置き忘れるなんて、俺の『器用さ』はどこに行きやがった!」
鈍重なゴーレムたちとの距離は稼げたが、魔力がゼロの今、取りに戻るための武装も速度もない。
周囲は未知の古代遺跡。
頭上では、第14の島の凶悪な雷雲が低く唸りを上げている。
「……笑えないぜ。せっかく公式から最速の称号をもらって、神域まで来たのに……丸腰で遭難かよ」
暗いダストシュートの奥底。息を潜める俺の耳に、ゴーレムたちの重い足音とは違う、カシャカシャという軽快な音が聞こえてきた。
「……っ、また敵か?」
俺は咄嗟に錆びたレンチを構え、闇の奥を睨みつける。
すると、瓦礫の山からひょっこりと、バケツに手足がついたような、丸っこい小型ロボットが姿を現した。
そいつは、頭についているレンズをパチパチと瞬かせると、電子音混じりの声でこう言った。
「コンニチハ――」
「……喋った?」
あまりに場違いな、気の抜けるような挨拶。
そいつの頭上には、敵対を示す赤ではなく、中立を示す黄色いアイコンが出ていた。
【型式:管理用ドロイド――ポポ】
状態:友好的
「コンニチワ。……アナタ、マイゴ?」
ポポは短い手足でテケテケと近寄ると、俺の足元で首をカシリと傾げた。
「……迷子どころじゃない。魔力が切れて、相棒の機体を上に置いてきぼりにしてきたんだ。今頃ゴーレムたちに……」
俺が言いかけると、ポポのレンズがカチャカチャと動き、赤い光を放って上層を指し示した。
「……フンサイ。ゴミ、ミナシ。……キケン」
ポポは慌てたように短い手をパタパタさせると、自分の腹部にある小さなハッチをカパッと開けた。
中から取り出したのは、埃を被った古い魔力カートリッジだ。
「……コレ。アゲル。……サービス」
ポポはそれを俺の手に押し付けると、誇らしげに胸(?)をポンと叩いて見せた。
どうやら「俺に任せろ」と言いたいらしい。
「いいのか……? 恩に着るぜ、ポポ」
俺がカートリッジを掴むと、ポポは嬉しそうに電子音を鳴らし、そのまま壁にある小さな通気口へと潜り込んだ。
中から「コッチ。オイデ」と言わんばかりに、金属の爪で壁をコンコンと叩く音が響く。
「……最短ルートの案内役ってわけか」
じわり、と乾ききった体に、魔力の感覚が戻ってくる。
回復したMPは30。スキル2回分。
俺はポポが案内する暗いダクトを見上げ、不敵に笑った。
「待ってろよ『弐型』。……俺の最高傑作を、ただのスクラップにはさせねぇ!」
*
俺はポポの後を追い、崩れかけた壁の隙間や、配管が剥き出しになった狭い通路を抜けていく。
魔力が少しずつ回復し、心に余裕が出てきたその時だった。
ふと見上げた、頭上の巨大な歯車。
「……っ、うわぁ……あんなの、探索してぇ!」
思わず声が漏れた。
そこには、かつての都市の街灯か、あるいは中継アンテナだったのか、黄金色に輝く幾何学的な構造物たちが、重力を無視して静かにプカプカと浮遊していたのだ。
時折、青白い放電が走り、古代の駆動音がかすかに響く。
「アレ。……キケン。……テ、トドカナイ」
ポポがレンズをパチパチさせながら、俺の裾を引っ張る。
確かに今の俺には翼(弐型)がない。手を伸ばしたところで、あの未知のテクノロジーに触れることさえできないのだ。
「わかってる、わかってるよポポ。今は『弐型』が先だ」
だが、魔道具師の血が疼いて仕方がない。
あの浮遊している機械一つをバラすだけで、どれだけ新しい魔導回路の理論が手に入るだろうか。どれだけ頭の悪い(褒め言葉)魔道具が作れるだろうか。
「……見てろよ。機体を取り戻したら、あの浮いてるヤツ全部、俺のレンチで丸裸にしてやるからな」
俺は名残惜しそうに空を見上げるのをやめ、足元に意識を戻した。
その時、通路の先から、ズシン、ズシンという重い足音と、金属が擦れる不快な音が響いてきた。
「……敵タクサン……」
ポポが短く警告を発し、物陰に隠れる。
角を曲がった先。そこには、巨大なプレス機の前に無造作に放り出された、黒と金の機体――俺の『弐型』の姿があった。
「いた……ッ!」
幸い、まだ粉砕は始まっていない。
だが、その周囲を、さっきよりも一回り大きな「重装甲ゴーレム」が二体、鉄壁の門番として守っていた。
魔力は30。
頭上には未知のロマン(機械)。
目の前には奪還すべき相棒と、レベル差のある守護者。
「ポポ、作戦を。……といっても、やることは一つだけどな」
俺は腰からレンチを抜き、低く構えた。
スキルレベル2、魔力消費は1回15。
つまり、俺がこの場で使える手札は、たったの二回。
「……いや、普通に引っ掛けるだけじゃパワーが足りねぇ」
俺は足元に転がっていた、丈夫そうな廃材ワイヤーの束を拾い上げた。
これを自分の腰のベルトに直接巻き付け、もう片方の端を、プレス機の上の『弐型』に向けて思い切り投げる。
「ポポ! 俺とアレを、まとめて引っ張れ!」
「……アナタ、無茶。……バラバラ、ナル」
「なるもんか! これ(スキル)で繋ぐんだよ!」
ワイヤーの先端が『弐型』の装甲に触れた瞬間、俺は残りの魔力を指先に込めた。
≪異物接合――開始!!≫
成功率は38.5%。三ヶ月間、数万回レンチを振り続けたあの「吸い付くような感覚」を、ワイヤーを通じて機体に叩き込んだ。
≪異物接合――成功!!≫
バチィィィン!!という衝撃波とともに、俺の腰と『弐型』の装甲が、魔力の鎖でガチガチに固定される。
「今だッ、ポポ!!」
「……リョーカイ。……フルパワー!」
ポポがレバーを最大まで倒すと、クレーンが火花を吹きながら激しく回転した。
凄まじい衝撃が俺の腰を襲う。
「ウグッ……!」と肺の空気が押し出されるが、魔力の鎖は切れない。
ガガガガガガガッ!!
プレス機の上に鎮座していた『弐型』が、俺の体ごと引きずられる形で床を滑り落ちた。
二体合わせて数百キロの鉄の塊が、ゴーレムたちの股下を猛スピードで通り抜けていく!
「ギギッ!? シンニュウシャ……ト、ゴミ……連結……不可解ッ!」
呆然とするゴーレムたちを尻目に、ワイヤーで俺と『弐型』は一つになったまま、ポポが待つ暗い通路へと一気に滑り込んだ。
通路の壁に激突する寸前で接合を解除し、俺は床にごろごろと転がった。全身打ち身だらけだが、目の前には愛機の黒い装甲がある。
「ハッ、ハハハ……! 見たかよ、これが魔道具師のやり方だ!」
「……オカエリ。……ボロボロ」
ポポが駆け寄ってきて、呆れたようにレンズをチカチカさせる。
俺は『弐式』をインベントリに入れた。
「魔力枯渇だ。逃げるぞ、ポポ!」
「……アッチ!……コノ、サキ!」
ポポが短い腕で指し示したのは、巨大な配管が複雑に絡み合う、迷路のようなメンテナンス・トンネルだった。
今の俺は魔力ゼロ。広けた場所に出れば、ゴーレムの遠距離攻撃や飛行型兵器の餌食になる。この「狭さ」こそが、今の俺にとって唯一の盾だ。
「よし、突っ込むぞ!」
俺はポポを脇に抱え、横幅1メートルほどの狭い隙間に滑り込んだ。
ドォォォォォン!!
直後、背後で巨大な爆発音が響く。ゴーレムの突進が壁に激突した音だ。
壁が震え、天井から古代の煤が雪のように降り注ぐ。
「……ギギ、侵入者……見失い……索敵モード移行……」
背後の駆動音が少し遠のく。
ようやく一安心できるのだった――




