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そうして、『兎』は愛を知る【BL】  作者: 池家乃あひる


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16.旧友との会話(ヴァルツ)

「毎晩ね~~~」

「……なんだ」


 ノアールが退室してすぐ。ニヤニヤと笑うピルツに、紅茶を傾けるヴァルツの眉は先ほど以上に狭まったもの。

 その目がカップに注がれていなければ、鋭い視線はピルツを貫いていただろう。


「いやぁ? 疲れて早く寝たいだろうに、毎晩話に付き合うなんて可愛がってるな~って」


 ヴァルツと共に行動したことのある監視官なら、彼がどれだけ仕事に熱心であるか知っている。

 朝は誰よりも早く出勤し、夜は誰よりも遅く退勤する。

 仕事を片付ける速度は誇張無しで早すぎるが、それを上回るほど積み上がる書類を淡々と裁く姿に同じ獣人かと慄いた者の数は知れず。

 だが、顔に出にくいだけで蓄積している疲労は相当なもの。

 すぐにでも休みたいはずなのに、貴重な時間を削ってまでノアールと話をしているとは。

 確かに責任感の強い男であることは、ピルツも長い付き合いなので知っている。

 ……同時に、ただの義理でそこまでしないということも。


「話ぐらいはするだろう」

「疲れているのにわざわざ部屋まで顔を見に行ってるってことだろ? 報告ならセバスさんからでもいいだろうに。しかも、朝ご飯のお誘いまで」


 素直に認めないのも想定内だとソファーにもたれ、追撃するピルツの唇はニヤけたまま。


「本人の口から聞くのも、食事の所作を確認するのも仕事の一環だ。それ以上の理由はない」


 本当に仕事だけならあんな顔はしないだろうと、わざわざ突っ込むというのは野暮なもの。

 先ほどの様子を見るに、セバスからも指摘されているだろう。

 ここまで頑なならば、下手に突いても意固地になるだけ。


「ま、そういうことにしておくけど……報告書には相当可愛がってるって書いとくな」

「誰が申請を通すと思っている。却下だ」

「冗談だって、そう怒るなよ」


 関係は良好、ぐらいは書いておくが……とこっそり心の中で付け加えて、間違いではないなと一人頷く。

 雰囲気は普段より緩かったが、保護環境の確認に来たのは嘘ではない。保護人と一緒にいて怯えていないか。嘘を吐いていないか。怪我や病気がないか。

 通常の受け入れならここまでしないが、問題があって保護された兎に関しては、その心身を守るためにも確認事項は多くなる。

 仮受人が監視官でも例外ではない。だからこそ、ピルツも職務を全うしたし、真剣に観察していた。

 問題ない、とは分かっていた。ヴァルツが入れ込んでいることも普段の様子からも予想できていた。

 ……想定外だったのは、その保護した兎そのもの。


「それにしても、本当に兎だったんだな」


 誤解を招くが、ノアールを混血の兎と認識していたのは間違いない。

 兎特有の長い耳もないし、少年と呼ぶにはやや大きいが、他の血が混ざっているのならそんなもんだろうと思っていたのだ。

 だが、最初の姿を知っているからこそ、その驚きは時間をおいた分ヴァルツよりも大きかった。

 照明に反射する艶やかな黒髪。肉付きがよくなって丸みを帯びた頬。大きく澄んだ瞳は、まるで星が散りばめられた夜空のよう。

 スラリとした手足は女性に見紛うほど。されど、声は少年のように高く、甘く。

 怯える姿は庇護欲と加虐心を刺激され、微笑む姿は愛着を抱かせる。

 感情のままに動く耳と尾も、欲情を煽る一因だっただろう。無意識でも尻尾がヴァルツに絡んでいたのならば、なおのこと。

 ヴァルツの言葉に一喜一憂し、頬を赤らめる姿は間違いなく兎だ。他の兎と比べても……否、それ以上だと言える。

 兎は無垢であり、愛らしいことが望まれる。実際には仲介所ごとの色が出てしまい、理想となる兎を見つけられるのは稀なこと。

 だから、お披露目の期間は複数の仲介所を回り、最も気に入った兎だけを受け入れるようになっているのだ。

 虐げられてもなお、健気に生きるノアールは、外見こそ異なっていても理想とする姿に最も近いと言えるだろう。

 性根の悪い貴族連中が惜しむ顔が頭をよぎり、保護したのがヴァルツでよかったと改めて考える。


「ちゃんと保護されてたら、アルビノにも劣らなかっただろうにな」

「兎への評価は個人差がある。だが、少なくとも虐げられることはなかっただろう。……どちらにせよ、あのオーナーではノアールの魅力を引き出すことはできなかった」


 混血の価値は、確かに低い。だが、他の仲介所であれば兎として最低限の扱いは受けていたはずだ。

 金こそかけずとも、奴隷のような扱いなど……否、あの男は実際に奴隷としか認識していなかった。

 ただでさえ金にならない混血を押しつけられたのだから、面倒を見ただけでも十分だと供述したことも明らかになっている。

 今頃は犯罪奴隷として、鉱山で従事しているだろう。

 ここよりも北、極寒の地は春になっても大雪に覆われ、寒さで夜も眠れないとか。

 だが、これまでノアールにしてきた一部でしかないと、怒りを抑える蒼は一層冷えたまま。

 仲介所の新たな責任者も決まっていないし、今期のお披露目にともなう処理も終わっていない。

 必要なことと理解していても、優先順位は明らかに低い。それなのに、なぜノアールの関係確認をいま行ったのかと恨みは止まらず、苛立ちは尾に現れる。


「教育も進んでいるようだし、ノアール君自身も問題ない。他人に慣れていないのは仕方ないとして……この調子なら、無事に引き取り手も見つかるだろうな」


 ソファーを叩く尾が、一際大きく音を立てる。だが、それは怒りではなく、認めがたい感情から。


「今回は事情が事情だから、こっちから受け入れの打診をしようと思ってる。既に候補は見繕ってるから、明日にでも確認してくれ」


 ピルツの判断は正しい。

 仲介所で虐待を受け、自信を無くしている兎を通常通りに処理はできない。ピルツが信頼できるというのなら、審査も通るだろう。

 ただでさえノアールは理不尽に虐げられてきた。

 いくら保護しただけとはいえ、これからは幸せに暮らして欲しいと願うだけの情はある。

 すぐに可愛がられるようになるだろう。

 ヴァルツにしたように、戸惑いながらも顔を見て、困惑しながらも一生懸命話し。そうして、嬉しそうに笑いかけるはずだ。

 初めのうちは、環境の変化に不安を抱き、ヴァルツを惜しんでくれるかもしれない。だが、すぐに馴染んで、あっという間に忘れてしまうだろう。

 朝食を一緒に、と言っただけで満面の笑みを浮かべた姿が胸に刺さる。

 それでいいはずなのに、ヴァルツの心は重く沈む。


「そんなにノアール君と離れたくないなら、そのまま引き取りゃいいだろ。受け入れにおいて優先権があるのは、仮受人なんだから」


 呆れたピルツの声に、落ちた視線を戻す。鋭さを増した蒼に、金は怯むことなく笑ったまま。

 その反応まで予想通りと言うように、肩まですくめられてはヴァルツも黙ってはいられない。


「ピルツ。前から言っているが、私は兎を受け入れるつもりはない。これから先も、絶対に」


 セバスにも、ピルツにも、もう何度言い聞かせたことか。

 肩入れしすぎている自覚はある。ただの保護と言うには、行きすぎたところもあっただろう。


「あのこと、まだ気にしてるんだろ」


 だが、決してその一線だけは越えないと告げようとした声は、淡々とした響きに沈黙へと変わる。

 からかうものであればヴァルツも無視できた。

 そうでないと分かっているからこそ、瞳から鋭さが引いていく。

 代わりに浮かぶのは遠い昔。未だヴァルツの身を蝕む、おぞましい記憶。

 赤く染まる腕。怯えた瞳。甲高い悲鳴と――自分が、自分でなくなるような、衝動。

 無意識に右腕に触れて、すぐに離れる。そこに残る痛みだって、もう感じるはずがないのに。


「あの件に関しては、お前は何も悪くない。実際、お前は誰も傷付けなかった。……無理にとは言わないが、同じく無理に遠ざける必要もないだろ」


 言われずとも、ヴァルツも理解している。秘匿にされているが、数少ない関係者もそう判断している。

 ヴァルツに償う罪はない。誰も傷付けなかった。それでも、思い出してしまうのだ。

 あの赤を。あの怯えた瞳を。抑制の利かなかった己の感情を。

 それが仕組まれたものであったと理解しても、その恐怖を拭うことが、できない。


「あくまでも今の状況は保護だ。保護した日にも、ノアールには愛さないと伝えている」

「兎の言う愛し方をしろとは言っていない。だけど、それ以外の方法だっていくらでもあるだろ。……お前だって、分かってるんじゃないのか」


 沈黙は肯定だ。兎の求める愛を与える事はできなくても、愛することはできるだろう。

 身体の繋がりがなくとも。それだけではないと伝えることもできる。

 それでも、そうしないのは……ヴァルツ自身が認めたくないからこそ。

 認めてしまえば、それこそ。愛さずにはいられないから。


「あと数ヶ月もしないうちに、ノアール君の手続きも終わる。……それまでに、よく考えた方がいい」


 あくまでも、今の状況は保護だ。期日が来れば、新しい引き取り人の元へ渡さなければならない。

 そして、原則として。一度でも拒否した仮受人は、同じ兎を引き取ることはできない。

 それは監視官であっても、例外ではないのだ。

 だからこそ、後悔しないようにと。立ち上がったピルツが扉を開けたところで、一度止まる。


「それから、これはまだ不確定だが……俺たちが踏み込む前日、アルデン卿が例の仲介所に足を運んでいたらしい」

「……アルデン卿が?」

「仮契約はその時に結んだので間違いないだろうな。それだけじゃない。ほかの飼い主から譲与された兎も、元の飼い主とは特に問題がなかったし、むしろ良好だった。それなのに、全員前触れもなくあの男に渡しているらしい。それも、決まって奴が開いた夜会の一か月以内にな」


 これで疑うな、というのが無理な話だ。それでも不確定と言ったのは、告訴できるだけの材料が見つかっていなかったからだろう。


「しかも、譲与された兎はそれ以降確認できていないときている。もちろん、ノアール君の引き取り候補からは外しているけど……譲与に関しては、飼い主同士の承諾があれば、監視局としては止めることができない」

「……何が言いたい」

「奴の狙いが分からないうえに、そこまでしないと言いきれない以上、本当に守りたいなら引き取るべきじゃないのか」


 自分だけの名を与えられて涙する姿。自分を見つける度に喜ぶ顔。呼ぶ度に耳の先を震わせ、緩む頬。

 それらを見る度に、込みあげる温かい感覚を、ヴァルツだって分かっている。

 ……だからこそ、受け入れるわけにはいかない。


「何度も言わせるな、ピルツ。私は兎を愛さない。……何かあればまた報告しろ」


 深い溜め息は、そのまま扉の外へ。遠ざかったのを確かめてから項垂れ、吐いた息はピルツの物よりも深く、重い。

 彼の言う通り、ノアールを守るのならそれが最善だ。ただの杞憂であっても、ノアールが何かの事件に巻き込まれていたのは事実。監視官が受け入れている兎に手を出そうとは思わないだろう。

 ……それでも、守りたいのならばなおのこと。

 彼を受け入れるわけにはいかないのだと、飲み干した紅茶は、いつまでも苦く残り続けた。

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