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聖女の話をしましょうか。~聖女図鑑~  作者: やなぎ怜


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#5 かわいそう

 ねえ、聞いてよ。

 ええ、そうよ。聖女様のこと。この前お帰りになられた。

 そう。帰っちゃったのよ。


 ……ええ、そうでしょ。てっきりこちらに残ると思っていたから、わたしもビックリよ。

 そうなの。もう、あの王子もガックリきちゃってて……。

 ここまでアッサリ帰られると、ちょっと自業自得って言うにはかわいそうかしら?


 え? 王子の婚約者?

 ええ、もちろんいたわよ。というか、今も実質的にいるわよ? そりゃあね。

 でも、一番かわいそうなのは婚約者の彼女かしら。あのふたりにずいぶんと振り回されてしまって……。

 そういう意味ではなかなか印象的な聖女だったわね、あの子は。

 もちろん、悪い意味で言っているのよ?


 そうよね、わたしもそう思っていたわ。

 だって、王子にちやほやされて浮かれているように見えたから、てっきりあの子も王子のこと、好きなんだと思っていたもの。

 王子が婚約しているって知って、それを邪魔したんだから、てっきりそうだと思ったのよ……。

 そりゃ、略奪恋愛なんて個人的に応援できないけれど、当人たちが納得しているなら仕方がないかな、くらいは思うでしょ?

 でも、違ったのよねえ。

 いるんだって。

 え? なにって……もちろん彼氏よ。

 そう、恋人がいるんですって。元の世界に。


 そうそう! ビックリでしょう? 本当にビックリよ。

 恋人がいるなら、じゃあ、あの王子に話しかけられたときの顔はナニ? って感じだわ。

 もう、みんなビックリしちゃってたわ。

 もちろん王子もビックリしてた。で、あの子はそれを見てもキョトンてしているの。ビックリよね?


 冗談?

 それが、本当らしいのよ……。

 王子からの求婚がイヤで……とか、土壇場でお后様になるのがイヤになったとかじゃ、ないみたいなの。

 じゃあ、なんで黙っていたの? って話になるわよね?

 王様相手に政略結婚はよくないなんて言い出したりしたんだから、彼もてっきりあの子は王子が好きなんだと思っていたわよ。

 もちろん王子は聞いたわ。「なんで今まで黙っていたんだ」って。

 それで、なんて答えたと思う?


 ……そうよ。

「聞かれなかったからです」……ですって。

 たしかにそうだけれどね? でも、あんまりな答えじゃない?

 あのときの気まずさったらなかったわよ。あれほど尻の置きどころに困る空気は久々だったわ。


 そうそう。あの子は王子の婚約をご破算にしようとしたのよ。本当よ。

 そんなことされたら、王子と結婚したいからクチバシを突っ込んでいるのかしら? って邪推しちゃうのは、仕方がないわよね。

 でも、なんにもないの。

 王子とはなんにもなかったの。おまけに、想ってすらいなかったってわけ。ビックリよね?


 え? えーと……たしかあれは王子の誕生パーティだったかしら。

 そうよ。そうなのよ。あの子、公衆の面前で言い出したの。「生まれたときから結婚相手が決められているなんて、王子がかわいそうです」って。


 もちろんそうよ。場の空気は一瞬にして凍りついたわ。

 しーんと静まりかえって、みんなあの子を見てた。

 国王や后は怒るよりも先にものすごーくビックリしていたわね。

 そりゃそうよね。こんなお祝いの場でする話じゃないもの。

 でもあの子の頭の中には「配慮」って単語がなかったみたい。


 ええ、そうね。婚約者の令嬢のほうが先に怒っていたわ。

 だって、自分と婚約していることを「かわいそう」なんて言われたんだもの。そりゃ、怒るわって話よね。

 彼女は婚約者の立場に甘んじることなく毎日厳しいお后修行に耐えていたのよ。

 それだけのプライドがあったのね。当たり前だけれど。


 最悪なのは王子がその尻馬に乗ってしまったことね。

 国王はさすがに王子をいさめたわ。

 婚約について言いたいことがあるのはまだいいとしても、こんな公衆の面前で、仮にも縁あって婚約した相手を辱めるような真似はやめなさいって。

 まあ、マトモな意見よね。

 物申したいのを当然の権利として行使するのはいいとしても、でも配慮は忘れちゃいかんだろってこと。


 でもねー、あの子はそれをなんだか誤解しちゃったみたい。

 いきなり「私の言葉を握りつぶす気ですか?! 王子がかわいそうです!」とか言い出しちゃって……。


 ……ね? ビックリでしょ?

 国王はホント困惑してたわ。わけのわからない生物を見るような目をしてた。

 その点、后はまだ冷静だったわね。

 さっさと近衛兵を呼んであの子を退場させたの。

 まあ、妥当な判断よね。先にマナー違反を犯したのはあの子のほうなんだから。


 でもそこから先はもうタイヘン!

 あの子は暴れてわめき出すし、王子も怒り出す。収拾がつかなくなっちゃって、早々にパーティーはお開きになったわ。

 ……そういえばあの子、そのときにもずっと「王子がかわいそう」って論調だったのは、ちょっと不気味ね。

 自分が手荒く退場させられることは別に怒っていないみたいだったわ……。

 これだけ「王子が、王子が」って言っていたのに、別に王子のこと恋愛対象としてなんとも思っていなかったなんて、ちょっとビックリでしょ?

 そこは謎よね。ホント。

 あの子の中で王子の立ち位置はどうなっているんだか。


 タイヘンだったのは婚約者の令嬢もね。

 王子があの子の尻馬に乗って婚約を白紙にしたいなんて言い出したから、かわいそうに、卒倒しちゃって。

 父親の伯爵は娘が恥をかかされたどころか家名に泥を塗られた! ってたいそうお怒りだったもの。

 まあ、どうにかこうにか国王がナアナアにして収めたみたいだけれど。


 それで婚約はいったん保留になったってわけ。

 王子的にはそれでもういないことになっちゃってるみたいだけれど、実際はまだ彼女は婚約者よ。

 ……え? ……そうね。彼女は本当にかわいそうだわ。

 あの子曰く「結婚を強要される」王子よりもかわいそうだと思うわ。


 でも、なんだかんだ言って一番かわいそうなのは、やっぱりフられちゃった王子かしらね?

 ほかでもないあの子にハシゴを外されたようなものだもの。

 呆然自失、って感じで……正直、見ているこっちのほうがいたたまれないわ。


 王子、あの子に結婚を申し込んだのよね。

 で、結果が「元の世界に彼氏がいるから無理」っていう……。

 え? 今この場でそんなこと言っちゃうの? ってだれもが思ったわ。

 まあ、公衆の面前でプロポーズしちゃう王子にも瑕疵(かし)がないとは言い切れないけれども……。

 でも、それにしたってまあ……なんというか……なんともいえないんだけれども……。


 そういうわけで聖女様は帰っちゃったの。今ごろ彼氏とやらとラブラブしているのかしら?

 なんだかそれを考えるとちょっとモヤモヤしちゃうわね。

 いえ、まあ、あの子を勝手に()び出したのはこちらなんだけれど……。


 はあ……それにしてもつかれたわ。

 今日は酔っ払いちゃいたい気分。

 あなた、付き合ってくれる?


 ……そう。今日は存外素直なのね。

 え? さすがに労わりたくなった?

 そう、ありがと。


 それじゃ、一杯やりますか。

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