#1 スタンダード・ノーマルエンド
ねえ、聞いてよ。
え? 違う違う。その話じゃないって。
聖女よ聖女。このあいだ巡礼の旅を終えられた。あなただって知っているでしょう?
そう、そうよ。その子の話をしに来たの。
え? 今回の聖女になにか問題があったかって?
うーん……別にないんじゃない?
まあ、わたしは四六時中聖女といっしょにいたわけじゃあないから、なんとも言えないけれどね。
そうね。まああの子は普通のいい子なんじゃないの?
召喚されてすぐは動揺していたみたいだけれど――って、そりゃあ前触れなく異世界なんて場所に喚び出されちゃあ、だれでも動揺するって話よね。
でもね、その子は別に泣きわめいたり怒り狂ったりはしなかったわ。
ずいぶんと出来た子よね。最近の子ってわたしたちの子供時代よりかしこいんじゃないかしら? リアリストっていうの? ちょっと冷めてる気がするわ。
――ああ、脱線しちゃったわ。聖女の話ね。聖女の話。
そうそう、その子はケナゲに聖女の役目をこなしてくれたわ。
まあ、役目と言っても聖地を回って祈りをささげるだけなんだけれどね。
この世界の神様に祈りを届けられるのが異世界人だけって、どういう仕組みなんだか。謎だわ。
異世界人のほうが神様の位置に近いのかしらね? ねえ、あなたはどう思う?
……ああ、別に今日は神様の話をしに来たんじゃなかったわ。悪い癖ね。
それでね、ちょうど一週間前に聖女は帰ってきたのよ。巡礼の旅から。
王都でパレードしたの。あなたも知ってる?
そうよね、もうすごいお祭り騒ぎだったもの。それじゃあ聖女の顔は見た?
あ、見てないの。あなたってあんまりそういうのには興味がないのね。
え? まあ、たしかに。わざわざ人ごみに混じってまで見る価値のある顔かと言われれば、困っちゃうけどね。
別にブサイクって言ってるんじゃないわよ。あの子の顔は――そうね、十人並よりちょっと上って感じかしら。
美人というよりは愛嬌のあるタイプね。実際、愛想はよかったように思うわ。
わたしにも礼儀正しかったしね。悪い子じゃないのよ、ホント。
え? ……まあね、問題は聖女のほうじゃないのよ。まあ、ある意味問題の根幹は彼女なんだけれど。
そう、そうよ。色恋沙汰ね。聖女様のおとぎ話に恋模様はつきものだからね。
あなた、『聖女に捧げる小夜曲』って知ってる?
……そう、名前だけ。まあ、わたしも読んでいないから詳しくは知らないんだけど。
今年にヒットを飛ばした恋愛小説ね。ナントカっていう賞も受賞したんですって。
やっぱり聖女モノってウケがいいみたいね。貴族のご令嬢まで読んでるって、知ってた?
……ああ、ダメね。お酒が入ると無駄話しちゃう。
まあ、そうよ。麗しく清らかな聖女様と、彼女に恋をしてしまうたくましい青年っていう図は絵になるものね。
え? ……うーん。たしかに、実際にこの世界の人間と結婚した聖女はいるんだけれどね。
まあ、全部が全部「めでたしめでたし」で終わったわけじゃないのよ。
長く生きていると、そういうケースは掃いて捨てるほど見てしまうのよね。
もちろん、全部が全部そうじゃないけれどね。
それでね、聖女様のお相手が王子様っていうのも、たくさん見てきたわ。
たいてい、王子のほうが先に惚れちゃうのね。まあ、童話でもそういうことは多いから、珍しくはないかしら。
聖女のほうは見知らぬ世界でいっぱいいっぱいだから、なかなか恋に落ちる余裕がないっていうのもあるかもね。
……ええ、そうなのよ。王子が聖女に惚れちゃってね。
どこがいいの? って聞いたら、「ケナゲに使命をこなす姿を見ていたら好きになってしまった」、ですって。
まあ、ありがちよね。でもそれって裏を返せば普遍的ってことかしら? ……まあ、とにかく王子が聖女に惚れちゃってね。
え? こっちに残るのかって?
……それがねー……王子、フられちゃって……。
色々とアプローチはしたらしいんだけれどね。
豪勢な花束やら甘い詩やらを送ったらしいんだけれど、聖女はなびかなかったのね。
そう、そもそも聖女は巡礼の旅を終えたら元の世界に帰す決まりがあるからね。
あの子はそれを心の支えにして旅を終えたみたいなの。
まあ、普通はそうよね。そう簡単に元の世界を捨てるなんてできないものよ。
よっぽどのことがない限り、聖女はみんな帰っちゃうものだもの。
まあね、王子はたしかに顔はいいし、性格も王族にしてはおっとりしているから、伴侶にするにはいいかもしれないけどね。
……でもねーどうなのかしら? あの子の好みじゃなかったのかもね?
そのあたりはどうなのか知らないけど。
終始態度は一貫していたから、やっぱりタイプからは外れてたのかもね。
あの年頃の子にしては、しっかりとした印象だったし。
普通あのくらいの子なら王子に求婚されたら喜んじゃう子も多いと思うけどねえ。実際に求婚を受け入れるかは別として。
それとも異世界じゃ王子に求婚されるのってそんなにうれしいことじゃないのかもね。
え? ……まあ、たしかに。王子だろうがなんだろうが、どうでもいい相手に求婚されたら困るわよね。
というか、わたしが困っているのよ。
違う違う。わたしは求婚されてないってば。
王子よ王子。
そうなのよー。泣きつかれちゃってさあ。
どうにかならないかって聞かれても、こればっかりはどうにもならないわよねえ。
わたし、惚れ薬なんて作れないし。そもそも惚れ薬使って惚れさせるなんて、虚無の極みよね。
まあ別に王子は惚れ薬作れなんて言ってないけど。
どんな賢者にだって無理よね。こういう話は。
人の心を変える、なんてちょっとやそっとのことじゃあできないもの。特に恋心はね。
まあそういうわけで困ってるってわけ。
ねえ、なにかいい案はない?
え? まあたしかにね。放っておくのが一番だとは思うけど。一生他の恋ができなくなったわけでもないんだし。
そうそう。王子が失恋したっていつのまにかウワサになってるのよ。
それに便乗してご令嬢たちがヤル気を出しているみたいだから、失恋の痛手も案外すぐ癒えるかもね。
……それにしてもどこから漏れたのかしら?
王子の名誉のために言っておくと、さすがに公衆の面前では告白してないわよ。
せっかくこっそりひっそり告白したのにね。玉砕しちゃって……まあ。
見てたのってわたしくらいだと思ってたんだけどね。
聖女? ちゃんと帰すわよ。そこは約束なんだから守らないとね。
王子がなにかしないかって言いたいの? たしかに恋は人を狂わすとは言うけれど、さすがにそこはわきまえているでしょ。
……わきまえていなかったパターンもなくはないけどね。
ええ? やだ、そういうこと言わないでよ。
別に王族なんて怖かないけど、関係をこじらせるのはわたしの望むところじゃないもの。できれば穏便にコトを運びたいわあ。
……でも、監視を頼んでおいたほうがいいかしら?
そりゃあわたしは魔女だけれど、痛い目を見たくないのは人間と同じよ。
……うーん。悩ましいわね、ホント。恋心ほど厄介なものはないわ。
でも、あの子がその気じゃないなら仕方ないわよね。
王子にはスッパリあきらめてもらって、次の恋へと漕ぎ出して欲しいわ。
こんな話を聞いてくれてありがと。こんなこと、あなたくらいにしか話せないわ。
そうね。わたしは「魔女さま」だからね。イメージも商売のうちだもの。
めんどくさい? あなたらしい答えね。でも魔女は常人とは違うもの。仕方ないわ。
……さて、もう一本開けましょうか。
ええ? 飲んでなきゃやってられないわよ。
さ、はやく出してちょうだい。




