第83話 正常に戻る
1916年3月26日 アメリカ合衆国 オハイオ州 ハイラム
オハイオ州ハイラムにある邸宅では説得が続けられていた。
「黒人どもがそんなに大事ですか」
「合衆国に住まうすべての人間が等しく民主政治の恩恵を受ける事のできる社会を望む事が悪いのかね」
「いいえ。実に立派な考えだと思います。しかし現実はそうでないのです。西海岸にはアジア人が押し寄せ、黒人どもは怪しげな宗教を作っています。アメリカという国の価値観そのものが脅かされようとしていると言っても過言ではありません」
"理想"を並べるオハイオ州の共和党員、暗殺された第20代大統領ジェームズ-エイブラハム-ガーフィールドの息子であるジェームズ-ルドルフ-ガーフィールドに対してオハイオ州選出上院議員ウォレン-ガメイリアル-ハーディングはアメリカに迫りくる脅威という"現実"を説いて説得しようとした。
ハーディングは演説に長けた共和党議員としてタフト派とルーズベルト派の双方から誘いを受けていたが、結局、ルーズベルトの説得によりハーディングはルーズベルト率いる進歩派に属していた。そして、第20代大統領の子息である事から地元共和党員に強い影響力を持つガーフィールドを行なっていたのだった。
中々、首を縦に振ろうとしないガーフィールドに対してハーディングはなおも説得を試みた。
「さらに問題それだけではありませんぞ。2年前に私と上院議員の座を争ったティモシー-シルベスター-ホーガンを覚えていらっしゃいますかな」
「ああ、あの民主党員の司法長官か」
「彼がコロンブス騎士団の一員である事はご存知でしたか?」
「いや、初耳だ。まさかコロンブス騎士団の一員だったとはな」
コロンブス騎士団とは1882年にマイケル-ジョセフ-マクギブニー神父によって創設されたアメリカ国内のカトリック信徒の互助組織だったが、反カトリック感情の強いアメリカではカトリック教会の手先となってプロテスタントを排除しようとする危険な組織という見方も強かった。
ハーディングはそうした偏見を利用してガーフィールドを説得しようとした。
「ジェームズ、我が国は正常に戻らなければならないのです」
「わかった」
ハーディングは語気を強めた。そしてついにガーフィールドは折れたのだった。
ガーフィールドが折れた瞬間、ハーディングが口元に笑みを浮かべたのに気づく人間は幸いにしてか、二人が話している部屋にはいなかった。
実のところ、特に進歩派というわけでもなく、どちらかといえばタフト派だった、ハーディングがルーズベルト派についたのは、ルーズベルトたちがどこかで何か大規模な土木事業を計画しているのではないかという情報が飛び込んできたからだった。
オハイオ州にはマリオンスチームショベルカンパニーやオズグッドショベルカンパニーなど、大規模土木事業に不可欠ともいえる蒸気ショベルの大手製造会社があり、噂が真実ならばオハイオ州に強固な地盤を持つハーディングにもある程度の"見返り"が見込めるのではないか、と考えたからだった。
この頃のオハイオ州では汚職が蔓延しており、ハーディング自身もそれにかかわっていた。たとえ不正な蓄財であろうとも、それこそがハーディングにとっての"正常"だった。




