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第79話 ペトログラードの溜息

1916年2月11日 ロシア帝国 ペトログラード クロルトニー地区 セストロレツク造兵廠

ペトログラードでも北西に位置するセストロレツク造兵廠は、ピョートル大帝が設立を命じたロシア帝国の造兵廠の中でも古い歴史を持つ造兵廠だった。その一角で落ち込む男とそれを慰めている男がいた。


「はぁ…」

「またしても駄目だったと」

「わかってはいたがな…やはり新型の6.5mm弾のように新たな生産設備を必要とするものはダメらしい」

「まあ、"向こう側"の方は"向こう側"の方で部品の精度やらでいろいろ問題は山積みのようですが」

「"向こう側"なぁ、妙な言い方をするな。我々のライバルといえばドイツの帝国のマウザーか、フランス人か…あぁ、そういえばメキシコにモンドラゴンなんて言うのもいたな」

「いや、そっちじゃなくて国内です」

「国内?」

「…トゥーラです」

「ハッ、ざまぁみろ、技術者としての誇りを忘れ、小手先で対応しようとするからそうなるんだ。新しい葡萄酒は新しい革袋に入れなければいずれ革袋は張り裂け、葡萄酒はあふれ出すのだ」

「…戦時中の不良品のせいで銃身破裂が多発した事を思い出すので止めてくれませんか?流石に笑えません」


落ち込んでいたのがウソのように元気になって、マタイの福音書の一節を少々乱暴な言い方で引用しつつ罵倒し始めたウラジーミル-グリゴリーヴィッチ-フョードロフに対しヴァシリー-アレクセイヴィッチ-デグチャレフはブラックジョークを聞いた時のような顔をしてそういった。


フョードロフが落ち込んでいたのには理由があった。彼は元々新型弾薬である6.5mm弾を使用する自動小銃(アヴトマット)の設計を行なっていた。ストルイピン政権下での軍備近代化の波に乗って、この自動小銃はロシア軍の新たなる主力となる、少なくとも設計者であったフョードロフはそう思っていた。


しかし、採用されていればフェドロフ自動小銃と呼ばれていたであろうこの小銃が採用される事は無く、代わって採用されたのは当時同じセストロレツク造兵廠に勤務し、現在ではトゥーラ造兵廠にいるフョードル-ヴァシリエヴィッチ-トカレフの既存のモシン-ナガンM1891小銃を半自動小銃化する改修案の方だった。


6.5mm弾の生産ラインを新規に作るより、既存弾薬の生産ラインを流用した方が余計なコストはかからないし、何より戦時中にこれでもかという勢いで作りまくり、それでも足りずにアメリカ合衆国の銃器メーカーのレミントンや更には銃器メーカーでもなんでもないウェスティングハウス社にも発注してしまったモシン-ナガン小銃の在庫をそのまま使えるのだから、ロシア帝国軍にとってはおいしい話だった。


フョードロフは半自動小銃ならともかく自動小銃で使うには現行の7.62×54mmR弾では不利である事、半自動小銃であるトカレフ案とは違って、6.5mm弾であってもフルオート射撃が可能な自動小銃の方が制圧能力が高い、バルカン戦争で戦っているギリシア軍が採用しているマンリッヒャー-ショナウアー小銃の6.5×54mmマンリッヒャー-ショナウアー弾、イタリア軍が採用しているカルカノ小銃の6.5×52mmカルカノ弾、そしてボーア戦争と第一次世界大戦の戦訓をもとにイギリスが新たに採用したパターン1913エンフィールド小銃の使用する.276エンフィールド弾の存在を挙げて、小口径弾であっても現代の戦場では不利になる事は無いと主張したが、それでも覆ることは無かった。


制圧力を高めたければ、マドセン軽機関銃やミハイル-フェドロヴィッチ-ローゼンベルグ大佐が開発した91mm迫撃砲や敵の機関銃陣地を攻撃するための37㎜塹壕砲などの支援火力を充実させる方が良いのではないか、という一見まっとうな意見の前にフョードロフの訴えは意味をなさなかった。


ロシア帝国軍がここまで強硬に主張したのには訳があった。

事の起こりは軍備近代化構想が持ち上がった際に国会(ドゥーマ)が近代化予算を、


『大戦を戦い抜いた今でも塗炭の苦しみを味わっている民衆にさらなる負担を押し付けるとは何事か』


と主張した社会革命党を中心に拒否し、それに対して上院にあたる国家評議会が、


『国防は皇帝陛下の専権事項であるため国会(ドゥーマ)の審議は不要』


と主張し拒否、国防予算の編成権は一体どこに属するのかということで大論争になった。


この論争の中でストルイピン首相兼内相が何をしたのかといえば、特に何もせず静観した。本音を言えば社会革命党を中心に出されたこの決議を認めたくなかったのだが、ロシア帝国の緩やかな改革を望むストルイピンにとっては国会(ドゥーマ)の権限を弱め過ぎてもかつてのような過激派を勢いづかせるだけだと学習していたからだった。

結局、近代化は経済的な負担が増さないように緩やかに政府の同意を得つつ行なう事として、国防予算の編成権を曖昧なままにして進められることになった。

しかし、そこで問題が起きた。アメリカのニューイングランド-ウェスティングハウス-カンパニーが戦時中に製造していたが、モシン-ナガン小銃の在庫を大量に抱えてしまったことからロシア帝国にモシン-ナガン小銃の引き取りか未払いの代金支払いと違約金の支払いを求めて裁判を起こしたのだった。

ニューイングランド-ウェスティングハウス-カンパニーはウェスティングハウス社がモシン-ナガン製造のためにわざわざ作った会社であり、戦後不況に悩まされるウェスティングハウス社としては会社を畳むにしても、せめて契約分だけでも納入して代金を支払ってもらいたかったのだ。


いつもならば、一民間企業に裁判を起こされようが特に気にも留めなかっただろうロシア帝国だったが今回は違った。何しろロシア帝国、特に自由港化したウラジオストクには多くのアメリカ企業が入り込んでおり、アメリカとの関係悪化は避けたいロシア帝国政府は何とか引き取るように軍に対して圧力をかけた。『そうでなければ我々は今後いかなる近代化計画にも同意しない』との脅迫まがいの言葉に憤慨したが、近代化計画そのものが頓挫するよりかは、と結局は受け入れる事にした。


こうして成立した近代化計画によって誕生したのがイーゴリ-イヴァノヴィッチ-シコルスキーが開発したイリヤ-ムローメッツ爆撃機やロシア帝国初の戦車であるヴェズジェホートだったが、フョードロフの開発した自動小銃は握りつぶされる事になった。


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