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第75話 繁栄と歪み〈上〉

1915年12月20日 アメリカ合衆国 カリフォルニア州 サンフランシスコ

西海岸の中でも他民族な都市として知られるサンフランシスコに一人の日本人が降り立った。男は近衛家の跡取りである近衛文麿だった。当主、近衛篤麿の代理として渡米していた。


「お待ちしておりましたよ。若きプリンス」


近衛が辺りを見回していると、英語で声をかけられた。

話しかけてきたのはソハン-シン-バハクナ。ここサンフランシスコを拠点にインド独立運動を目指す組織ガダル党の指導者だった。彼は初めはニューヨークを拠点に活動を行なっていたがやがて、西海岸へと拠点を移し現在はここサンフランシスコを拠点に活動していた。こうしたガダル党の動きについて、イギリスはアメリカに対して抗議していたが、アメリカ政府は耳を貸さなかった。


「バハクナ氏…でしょうか」

「ええ、そうです。立ち話もなんですから、ホテルの方に参りましょう」


そういうとバハクナは自動車のドアを開けた。自動車は大日本帝国でもよく目にするフォードモデルTだった。

近衛はホテルまでのドライブをしていると、生まれて初めて渋滞というものを味わった。バハクナはやれやれと、困った顔をしていたが、近衛にとってはそれすらも貴重な体験だった。近衛はその間にサンフランシスコを街並みをよく見ていた。清国人、日本人、黒人、白人…人種などは関係なしに多くの人間がいた。

日本とはすべてが違うアメリカの景色に目を奪われていると、車は渋滞を抜けようとしていた。するとバハクナは急にハンドルを切った。


「なにをなさるのですか」

「失礼、しかしこうでもしなければ会えない方が貴方に会いたい、と言われているのでね」


バハクナは有無を言わせない様な口調でそう言った。どのみちハンドルを握っているのはバハクナなので車から逃れるすべは無く、バハクナが善良な人間である事を祈る近衛だった。


連れてこられたのはサンフランシスコ郊外の安宿だった。


「お待ちしておりました。近衛さん」


通された部屋には一人の黒人がいた。ムーリッシュ-サイエンス-テンプル-オブ-アメリカの指導者『高貴な(ノーブル)』ドリュー-アリ、本名ティモシー-ドリューがそこにいた。


(なるほど、確かにサンフランシスコの中心部にあるホテルでは会えないな)


と、近衛は思った。南部ほどではないが西海岸でも黒人に対する目は厳しい、まして近衛やバハクナのような東洋人と接触した事によって妙な注目を集めるのはここにいる誰にとっても本意ではないからだ。


ドリューはエジプトに行った際に魔術師に会い、そこで神秘主義思想を学び、アメリカの説教者リバイ-ドーリングがアカシックレコードもとに書いたと主張するイエスの生涯を記した書『宝瓶宮福音書』や17世紀以来ヨーロッパで流行した秘密結社薔薇十字団の著作からの引用をもとに、『メッカの聖なるコーラン』という書物を作り上げた。この書物の中でドリューはイエスと彼に付き従った使徒たちは皆アジア人であったと主張し、ヨーロッパにルーツを持つ白人たちとの決別を説いた。また、黒人たちはロトの息子モアブの子孫であるアジア人とも説いた。

もちろんこうした主張は本物のコーランとは全く関係のないものだったが、ドリューはさらに信徒たちを集めてムーリッシュ-サイエンス-テンプル-オブ-アメリカを組織した。


ムーリッシュ-サイエンス-テンプル-オブ-アメリカでは『神の知識に触れる事によって個人の覚醒を促す』という教義を展開して、特に抑圧され、救いを求める南部の黒人などの間で大きな影響力を持った。


一方でそうしたドリューの行動は白人たちから警戒されていった。

特に1913年にリンカーン政権が誕生して以来、黒人たちの行動に目を光らせていた南部では、ムーリッシュ-サイエンス-テンプル-オブ-アメリカの教会への襲撃が相次いでいた。


強硬な白人至上主義者として知られるベンジャミン-ティルマン、サウスカロライナ州上院議員はムーリッシュ-サイエンス-テンプル-オブ-アメリカについて、『これほどまでに侮辱的な教義は初めて見た』といい、ムーリッシュ-サイエンス-テンプル-オブ-アメリカを国家として禁教にするべきではないかとまで発言したほどだった。

流石にその提案は通らなかったが、ムーリッシュ-サイエンス-テンプル-オブ-アメリカに対する風当たりがいかに強いかを示していた。一方、北部ではムーリッシュ-サイエンス-テンプル-オブ-アメリカを支持する人間は稀だったが、南部でのムーリッシュ-サイエンス-テンプル-オブ-アメリカの信徒やそうだと見なされた人々に対するリンチなどが野蛮だと問題視された。

対して南部ではそれに対抗するかのようにクー-クラックス-クラン、KKKの復活がジョージア州アトランタで行なわれた。


こうして、アメリカ社会全体が大きく動く中でドリューは彼の唱える『アジア人同士の団結』の糸口とするべくバハクナを窓口に近衛に接触していたのだった。


繁栄するアメリカの裏側には大きな歪みが存在していたのだった。

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