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第74話 大阪のパーティーで

1915年12月1日 大日本帝国 大阪 

東京で近東及び巴爾幹問題調査会が開かれている頃、大阪では日清両国の財界人や外交官などが集まり、駐大阪大清帝国総領事館の落成記念パーティーが行われていた。


「いや、壮観ですな」

「ええ、全くです」 


パーティーを楽しみながら、背広姿の男たちがうろついていた。


「ああ、そういえばまだ名を名乗っていませんでしたな。姓は沈、名は鴻烈、字を成章と申します」

「ははは、ご丁寧にどうも。明治通商で社長をやらせてもらっております。広瀬武夫です」


流暢な日本語を使いながらあえて大げさに名乗った沈に対し広瀬はあくまで冷静に返した。

若いころから優秀な人材として知られ、清国海軍の中でも将来を嘱望された沈はある密命を帯びて広瀬との接触を命じられていた。一方、広瀬も海軍よりある依頼を受け、愛妻アリアズナを自宅に残したままこのパーティーに出席していた。


「やらせてもらっているとは、社長は随分謙虚なのですね。明治通商は世界各国に()()を設けていると仲間内でも()になっておりますよ」

「ほう、清国にまで弊社の名が轟いているとは、なるほど、では次の支店は上海かどこかにでも」

「いやいや、ぜひ南京になされた方が良い。あの街はいま活気に満ち溢れている」

「そんなにですか」

「ええ、ほら、もうすぐ例の鉄道が開通しますから、そのための先行投資として資金が大量に集まっていますから、明朝以来の古い建物はそのままに郊外では西洋式の住宅が立ち並んでいます」

「ああ、あの鉄道ですか、しかし近東情勢が不安定な今、果たして予定通りケープタウンまで開通できますかな」

「カルカッタまででも問題ないでしょう、スエズ運河は今のところ被害を受けていないのですから、海運で人も物もインドまで運べばいい」

「なるほど」


2人が話している鉄道とはイギリスが開通させたケープタウン、カイロ間の鉄道をさらに清国へと延長させたものだったが、アラブの叛乱に始まった中東情勢の不安定化によって無事に清国まで繋がるか不安視されていた。


「それならば、上海から船で下関か長崎まで伸ばせば、そのまま大阪や帝都まで行けるという事ですか」

「そうなる日も近いでしょうね。私にとっても日本は思い出深い地ですからうれしい限りです。それにあの鉄道が開通すればアジアと欧州間の結びつきはさらに強いものとなるかと…できればアメリカとも鉄道が繋がればいいのですがね」

「…たしか、アメリカは最近清国に対して盛んに市場開放を求めておりましたな」

「あの国にとっては我が国は最後にして最大の市場ですからね。南米を手中に収めただけでは足りないと見える」


そういうと沈は一瞬、広瀬の方を見てから、少し間をおいて、


「我が国も第二次ヘルゴラント海戦で活躍された貴国のような勇猛果敢な将兵と充実した艦艇があればと思います」


と、第二次ヘルゴラント海戦での大日本帝国軍の活躍について触れた。


(さてここからが本題、か)


広瀬は気を引き締めた。広瀬がここで沈と話し合っているのはある目的があっての事だった。


「いやいや、そのような事はありませんよ」

「ははは、御謙遜を。貴国海軍の活躍は東洋人黄禍論を唱えていたドイツ帝国に痛打を与えたというので、戦中から大きく報道されておりましたよ。私もつい先日、牧野省三監督の『ヘルゴラント大海戦』を見たばかりでして」

「何でも枝正義郎の水雷戦隊による突撃の特撮シーンが素晴らしいとか」

「ええ、あれは是非見られた方が良い映画です。もし映画通りの水雷戦隊を相手にするとして、私がティルピッツ提督ならば前もって巡洋艦の整備を急いでいましたね」

「巡洋艦ですか」

「通商破壊、護衛、敵艦隊の掃討、巡洋艦は優秀ですからな。もちろん水雷戦隊に対抗する意味でも」

「なるほど、しかしわが国では実は水雷戦隊よりも長らく東郷長官と薩摩の爆沈の方が広く知られておりましてな。やはり最新鋭の戦艦の爆沈は我々国民にとっても辛いものがありました。近年では沈んだ薩摩がよみがえって大暴れするという空想科学小説も人気のようです」

「ほう、沈んだ戦艦薩摩がですか」

「他には薩摩を超える大戦艦を建造するという話もありましたな」

「ほう、それは興味がありますな」

「あくまで空想科学小説ですよ」

「いやいや、意外と楽しいものかもしれませんぞ」


そういって、二人は笑った。

一見何の意味もない世間話のような会話だったが、この会話こそ実は二人の目的ともいえるものだった。

清国海軍に所属する沈、そして日本海軍の特務機関のダミー会社である明治通商の社長である広瀬が接触したのはお互いの国の次の建艦計画について探りを入れる為だった。清国が巡洋艦の整備を進めるのに対し、日本は扶桑型に引き続き戦艦を建造する、互いに分かったのはこの程度だったが、それでも十分収穫といえた。

大清帝国、大日本帝国共に内部の事情はそれぞれ異なるがこのところ海軍拡張競争が低調化しつつあり、互いの建艦計画に探りを入れ、それに合わせて建艦計画を練り、互いの脅威を煽る事で海軍拡張を続けていこうとしていたのだった。そして、経済界と結びついた議会の影響を受けやすい大日本帝国海軍では政党政治家に対し便()()を図る事で八百長ともいえるこの計画を実現し、大清帝国海軍は清国政府に対する不満をそらすために愛国心の高揚を狙って、海軍拡張計画が新たに策定された。二人のような関係者同士の接触も数年前から行われていた。


かくして、両国の海軍関係者の思惑から始まった。海軍拡張競争は新たな段階へと突入していくことになった。そしてその影響は日清両国の思惑を超えて世界へと波及する事になる。

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