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第68話 親友と先生

1915年8月10日 オーストリア=ハンガリー帝国 南ティロル トリエント郊外


イタリア軍による長時間の準備砲撃の後、南ティロルの中心都市トリエントへの攻撃が始まった。

イタリア軍は勝利を確信していた。ゴリツィアのようにトリエントは容易に攻め落とすとができると、そう考えていた。

実際、イタリア軍の練度、士気、質、量のいずれも勝っていた。対してオーストリア=ハンガリー帝国軍の士気は大半が無理やり招集されてきた新兵か後備兵だったので、上がるはずもなく落ちる一方だった。


そんな、召集された兵の中にアウグスト-クビツェクがいた。


『アドルフへ、ここ最近は毎日のように敵の砲弾が撃ち込まれてくる、砲弾だけじゃなく飛行機から爆弾も落とされている、味方は必死の迎撃をしているが、連中はひっきりなしに飛んでくる、よほどこのトリエントが欲しいらしい…』

「おい、クビツェク、誰に書いてるんだ?」

「ああ、イギリスに居る友達だよ」

「へーお前、イギリス人と友達だったのか」

「違う、違う、彼は…ドイツ人だよ」

「ふーん、ドイツ人か、そういえば連中いつになったら参戦してくるんだ?俺たちがここで戦ってるのに、ボヘミアでは暴動が起きるし、マジャールやクロアチアも当てにならないしな」

「声が大きいよ。ボヘミア人であれ、マジャール人であれ、同じ国民なんだから」

「お前はあんな奴らの事を同じ国民だと信じているのか?ゴリツィアが陥落したのもきっと奴らのうちの誰かがイタリア野郎と内通していたに決まっている」


クビツェクが親友であるアドルフ-ヒトラーにあてて手紙を書いていると、それを見ていた同郷の兵士が話しかけてきた。話をするとその兵士は典型的なドイツ民族主義者であり、オーストリア=ハンガリー帝国内の他民族に対して疑いの目を向けているらしかった。

クビツェクはその兵士に対して、話しかけようとしたが、敵襲の知らせに陣地はにわかに慌ただしくなり、それ以上の話は出来なかった。


「行くぞ諸君、突撃だ」


フィリッポ-トンマーゾ-マリネッティは突撃歩兵の一人として志願してイタリア軍に加わっていた。

中世の甲冑を思わせるような防弾装甲を身にまとい、支援を受けながら先頭を切って突っ込んでいく、それが彼の役割だった。周囲の兵士たちもそんな彼の事を先生と呼んで慕っていた。

陣地の中から発砲してくるオーストリア=ハンガリー兵は見たところ、少数これなら押し切れる…そう思った矢先に誰が叫んだ、戦車が来た、と。


「たったの一両だけで反撃することになるとはなぁ…野砲の直接照準射撃に注意。歩兵の肉薄にも気をつけろ」


戦車の車内で、ドイツ義勇軍所属ハインツ-グデーリアンは指示を飛ばした。

その戦車はオーストリア=ハンガリー帝国製だった。1911年、オーストリア=ハンガリー帝国陸軍のギュンター-バーシュタインが開発したモーターゲシュッツと呼ばれる車両だった。発明こそフランスのルヴァヴァサー大尉に後れを取ったが注目すべきは75mm砲を史上初の旋回砲塔に収めているという点だろう。

しかし、オーストリア=ハンガリー帝国陸軍はモーターゲシュッツを機密兵器として扱い、資金不足もあり少数が量産されただけだった。

ところがイタリアの突然の宣戦布告によって、オーストリア=ハンガリー帝国はイタリア軍の侵攻に対抗するためにもモーターゲシュッツを急いで量産するように命じた。そうして量産されたものがドイツ義勇軍にも引き渡されたが、整備部品や燃料の不足でまともに動作するものは少なく、グデーリアンの指揮する一両のみが反撃に出たのだった。


グデーリアンは第一次世界大戦のフランス軍による秋季攻勢を体験しており、ドイツ陸軍での戦車の拡充を訴えていた、そうした彼にとってモーターゲシュッツは理想の機械だった。

とはいえ課題がないでもなかった、今回、不幸にも単独で行動していたからいいものの複数で行動する際には手旗信号などの原始的通信手段に頼らざるを得ない点は大きなマイナスといえた。


まともな対戦車火器を持たないイタリア軍は一時後退していった、空から爆音が響いてきたのはその時だった。


「ハルキチ、投下準備だ」

「はい、先生」


真っ赤に塗られたカプロー二Ca18を操縦するガブリエーレ-ダヌンツィオの言葉に下位春吉は答えた。

開戦後、ダヌンツィオが航空兵として志願した時に下位も共に志願していたのだった。

カプロー二Ca18から下位の手で爆弾が投下された。爆弾はモーターゲシュッツに直撃する事は無かったが、その足を止める事に成功した。


「おい、止まっちまったぞ」


陣地内ではクビツェクたちが爆撃によって動きを止めてしまったモーターゲシュッツを不安そうにみていた。


「中から人が出てきたぞ、援護だ、援護しろ」


クビツェクたちはグデーリアンたちの脱出を援護した。だがそれは体勢を整えたイタリア兵たちの格好の標的だった。直ぐに陣地に向かって迫撃砲による砲撃が始まった。それと共にイタリア兵たちが陣地内に突撃してくる。陣地内はすぐに混戦となった。


「オーストリア人め」


クビツェクが最後に見たのは、年嵩の兵士が銃剣をこちらに向ける姿だった。


陣地内のオーストリア兵があらかた逃げ出した後、マリネッティらささやかな戦勝を祝っていた。トリエント攻略にまた一歩近づいたことを皆で祝った。


「うん、なんだこりゃ」

「どうした」

「いや、オーストリア野郎の死体を片付けようとしたら、手紙が出てきまして」

「どれどれ…」


死体はマリネッティが殺した兵士だった。マリネッティは念のために宛名を見て愕然とした、宛名には自らの愛弟子アドルフ-ヒトラーの名が書いてあったからだった。途端に肉の味も、酒の味もわからなくなった。


マリネッティは真っ青になったが、戦勝を祝うイタリア兵たちはそんな彼の様子に気づく事は無かった。


後年、自らの死に際してマリネッティはヒトラーへの謝罪の言葉を口にしているが、その言葉が何を意味するのか、当のヒトラー本人ですら知り得なかったという。


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