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第66話 キッチナーの変心とポーツマス沖の奇跡

1915年 7月15日 イギリス ケント州 シティ-オブカンタベリー ブルームパーク

ジャコビアン様式の邸宅の中で二人の男が話していた。 


「なるほど、では、我々の要請には答えられないと」

「当然だ。現在の情勢では中東への派遣など論外だ」

「それは、困りましたなぁ」

「…君たちが困っているのはよくわかる。だがそれだけでイギリスの命運を左右するわけにはいかんのだ」

「それは、そうでしょうな。…元帥、貴方は実に模範的な愛国者でいらっしゃる。しかし、もしそれが虚像であったと知れたならば、大衆はどのような反応を示すのか…いささか楽しみではありますね」

「なに?…これは、なんだこれは」

「明日のスクープですよ…まだ印刷には回していませんがね」

「貴様ら…よくもこんな真似を」


中東への派兵要請を拒絶したキッチナーに対してある一枚の新聞記事が手渡された。キッチナーは驚愕したあと、顔を真っ赤に染めながら激怒した。この記事が世に広まればエジプトやスーダンで積み重ねてきた栄光に泥を塗るどころでは済まない。それほどの醜聞だったからだ。

そのスクープ記事はかつて婚約者を失った時から独身を貫いているキッチナーが、同性愛者なのではないかという記事だった。キッチナー当人は若き日に病死してしまった婚約者に対する愛を未だに貫いているだけなのだが、周囲からそのような扱いを受ける事も少なくは無かった。

勿論相手とされる人物はキッチナーの知らない人物だが記事にはそれとなく真実味のある"推測"が添えられていた。こんなスクープが出回ればキッチナーの失脚は間違いなしだろう。


「悪魔め…」

「悪魔とは心外ですな。我々は人間ですよ。むしろ、大戦で大陸の同胞たちの資産、そして命を『国家の為』という大義名分で奪い、にもかかわらずユダヤ人という出自だけで同胞たちにあらぬ疑いをかけ、蔑視し、敵視し、しまいには大戦の全ての責任を同胞たちに押し付けようとする貴方方キリスト教徒の所業こそ悪魔そのものではないですかな、元帥?…ああ、それで、どうされますかな?」

「…働きかけはしよう。だが期待はするなよ」


こうして、"交渉"は成立した。キッチナーはこの日を境にイギリス国内で主戦派の中心人物として、対オスマン帝国参戦を求めて活動していくこととなる。イギリスの国民的英雄であるキッチナーによる活動は徐々にイギリス世論を参戦へと傾けていくことになるのだった。


1915年 8月1日 イギリス ハンプシャー ポーツマス沖 


「いよいよですな」

「…まあ失敗しないように祈ろう」


イギリス王立海軍所属G級駆逐艦スコーピオン艦長アンドルー-カニンガムは副長と共に不安そうに空を見つめていた。その視線の先には空を悠然と飛ぶ飛行船と、そのあとを追うように飛行している1機の水上機がいた。一歩間違えば衝突しかねない距離で飛んでいる飛行船と水上機は共にイギリス海軍航空隊の所属だった。


彼らがなぜそのような危険な飛行をしているかといえば、これから成し遂げられるであろう世界初の偉業、空中の飛行船への水上機による着艦を成し遂げる為だった。

カニンガムのスコーピオンはもしも着艦が失敗した場合に備えて、救助を行なうために待機しているのだった。


事の起こりは1909年に遡る。

第一次世界大戦中のドイツ軍のツェッペリン飛行船によるパリ爆撃などに衝撃を受けたイギリス王立海軍は第一海軍卿ジョン-アーバスノット-フィッシャーの後押しのもとで、ヴィッカース社にHMA№1、メイフライを発注した。

この発注はただ、ツェッペリンと同様の硬式飛行船を作ろうとしたものではなかった。


フィッシャーはもともとドレッドノートの就役後、従来の装甲巡洋艦に代わる新艦種巡洋戦艦の整備を目指していた。十分な火力と速力を備えた巡洋戦艦は戦艦同士の殴り合いの露払い兼艦隊の目としての役割を期待されていた。

だが、第一次世界大戦の第二次ヘルゴラント海戦での戦艦薩摩の爆沈がその運命を狂わせた。高速性能のために装甲を犠牲にする、そのコンセプトは計画中の巡洋戦艦と同様ではないか、第二次ヘルゴラント海戦の調査結果がイギリス海軍部内で明らかにされるにつれ、そうした批判がフィッシャーに対してなされるようになった。


結果、巡洋戦艦を諦めたフィッシャーが目を付けたのが飛行船だった。

露払いとしてはともかく艦隊の目としては役に立ち、おまけに施設の整備にかかるコストはまかりなりにも戦艦である巡洋戦艦と違って安価であり、戦艦クラスの艦艇が整備できる施設の無い植民地でも運用が可能だった。また、アメリカとの関係が冷却化しつつあるにもかかわらず、アメリカ政府が国内問題から飛行船には欠かせない戦略資源であるヘリウムの輸出規制に踏み切っていない事から当面の間はヘリウムの安定供給が約束されていると考えられたこともあり、多くの飛行船が整備される事となった。そうして生まれたのがメイフライから始まるイギリス海軍航空隊の飛行船だったが、更にそこから発展させて、陸上機や水上機を飛行船で収容し、整備したのち再度飛ばす事で索敵範囲を向上させようと、という試みもなされるようになった。


その実証試験がカニンガムたちの目の前で行われようとしていたのだった。


「よし、いいぞ。いけ、いけ、いけ、そのままだ。やったぞ」


カニンガムの目の前で試験は成功した。スコーピオンの誰もが歓喜の声を上げた。

カニンガムは後にこの出来事を振り返って『ポーツマス沖の奇跡』と呼んでいる。この言葉は当時はそれほどまでに成功確率が低いと考えられていた、ということを示している。


ともあれ、こうしてイギリスは世界初の空中空母を保有する事となったのである。

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