第65話 次の一手をもとめて
1915年7月1日 フランス共和国 パリ
「いったいどうなっておるのだね?」
「…イタリア軍は我々の思っていた以上に精強であったか、オーストリア=ハンガリー帝国の弱体化が予想以上だったか…あるいはその両方かと…」
フランス首相兼外務大臣のルネ-ヴィヴィアーニの問いに対して戦争大臣のアドルフ-メシミーはたどたどしく答えた。なぜ、ヴィヴィアーニが声を荒げているかといえばイタリア参戦後の状況が圧倒的にイタリア優位に進んでいるからだった。
たしかにオーストリア=ハンガリー帝国は先の大戦時の敵国であり、その国が痛めつけられるのは感情的にはとても良いものであり、胸がすくような気持ちさえ覚えるが、その後の事を考えればあまり好ましいとは言えなかった。
イタリアの領土回復主義の対象はいわゆる未回収のイタリアに留まらず、フランス領土であるニース、サヴォワ、コルシカ島、それにフランス植民地のチュニジアにまで及ぼうとしていた。そのためイタリアが勝ちすぎるのはフランスの国益という観点からすれば、非常にまずかった。オーストリア=ハンガリー帝国をイタリアが打ち破った場合、次の標的はフランスだからだ。
既にフランス政府内部ではドイツ帝国が動かないのは、オーストリア=ハンガリー帝国をイタリアと分割する事と引き換えにイタリア王国と新たな対仏同盟を締結する密約があるのでは、という意見も出ていた。
もしそのような、密約が実際に存在するとなれば次の戦争はフランスの敗北に終わるかもしれない…ヴィヴィアーニはそういった最悪の事態を予想した上で何とか手を打とうとしていた。
「海軍大臣、フランス海軍は例のイタリアの新戦艦に対抗できるかね?」
「難しいと思われます。事前の情報ではコンテ-ディ-カブール級はイギリスと同じ34.3cm砲戦艦の筈でした。そのためクールベ級でも対抗が可能と考えられていましたが、35.6cmとなると話は別ですな。次期戦艦のディール案、仮称をプロヴァンス級としておりますが37cm四連装砲2基を備える新戦艦が就役しない限りは対抗不可能かと」
ヴィヴィアーニの怒りの矛先が海軍大臣のジャン-ヴィクター-オーガニュアーに向けられるとオーガニュアーは慎重に言葉を選びながら答えた。
フランス海軍は第一次世界大戦で翻弄された海軍だった。突然の開戦によって新造艦の多くは建造打ち切りとなり二度にわたるヘルゴラント海戦によって多くの艦船を失った。
救いといえば戦中に陸軍の列車砲用として艦砲の開発が継続されたことにより、その技術が失われるどころか逆に進歩した事と、ドレッドノート就役とその後の第二次ヘルゴラント海戦の戦訓に伴い各国の戦艦が旧式艦の烙印を押される中、フランス海軍は第二次ヘルゴラント海戦に参加した当事者であった事から、戦後に予定より1年遅れながらも就役したクールベ級では1911年式34㎝砲を装備し、甲板装甲を強化した最初のポストヘルゴラントタイプの戦艦として就役していたことだろう。
だが、その優位はコンテ-ディ-カブールの存在によって脅かされようとしていた。
「打つ手なしか…」
「…いえ、一つあります。危険な賭けになるでしょうが、トリポリタニアのサヌーシー教団を使ってはどうでしょうか」
ヴィヴィアーニが嘆息すると、メシミーがおずおずとしながらも意見を出した。
メシミーの提案は、イタリアの侵攻に対してゲリラ戦を行なっているサヌーシー教団に軍事物資の援助を与えるというものだった。幸いにしてフランスには先の大戦時に鹵獲したオーストリア=ハンガリー帝国軍の装備が多くあった。大戦後期になるとオーストリア=ハンガリー帝国軍の士気は著しく低く、戦わずに降伏してくることが多々あったからだ。
現状打つ手がないのならば、次の一手を打つまでの時間稼ぎをすればいい、メシミーはそういってヴィヴィアーニを説得した。
それから暫くして、リビアの砂漠にオーストリア=ハンガリー帝国軍があらわれた、という報告が駐留イタリア軍部隊から数多く報告され、イタリア軍上層部は首をひねる事となるのだった。
1915年7月3日 イギリス ロンドン
ロンドンでは、2人の男が今後の方針について話し合っていた。
「やはり、イタリアだけでは力不足か」
「ええ、次の一手を打たねばなりますまい」
「だが、問題はその一手をどうするかだ…くそ、アッシリア人やアルメニア人の話ならば乗ってくると考えていた我々が馬鹿だった。ローマの教会がイタリア政府に接触したのはちゃんと確認したのだろうな」
「ええ、接触は確認しました。ですが…」
「動きなし、か。大方同じキリスト教徒同士で戦うのを避けたのだろうが、そのおかげで新たな十字軍を前提に記事を書きまくっていた我々は今や侵略戦争に加担するイタリア人の御用新聞扱いだ」
彼らはユダヤ人のマスメディア関係者だった。アッシリア人やアルメニア人の虐殺を取り上げる事で新たな十字軍が組織し、オスマン帝国を打ち破り、帝国領内にいる彼らの同胞を助け出す計画だった。だが、その反響は予想以上に低かった。
「…たとえば、より影響力のある人物に代弁させるのはどうでしょうか?実は気になる"情報"がありましてキッチナー伯のことなのですが」
キッチナー伯とはイギリスの国民的な英雄であるホレイショ-ハーバード-キッチナー元帥の事だった。
会談の後、彼らはキッチナーに関する"情報"を使い、イギリスの世論を戦争へと動かすべく、次の一手を打つことにした。




