第62話 サランドラの名案
1915年 5月16日 イタリア王国 ローマ ヴィミナーレ宮殿
「なるほど、わかりました。では、我が国がオーストリアに宣戦を布告した場合、貴国はオーストリアの側に立って介入なさる…ということですな」
「ええ、あの国は前の戦争を共に戦い抜いた"同盟国"ですからな」
「…言いたいことは分かりました。もう、お帰りになられて結構ですぞ大使」
イタリア王国がオーストリア=ハンガリー帝国に宣戦布告した場合にはドイツが介入するというドイツ帝国政府の決定を伝えた後、駐イタリアドイツ帝国大使は帰っていった。わざわざ、オーストリアがドイツの同盟国である事を殊更に強調していたのは、前の戦争において三国同盟を結んでいたにもかかわらず、ドイツの側に立って参戦しなかった事に対する嫌味だろう。
「…ふむ、全くどうしたものか…」
イタリア王国首相アントニオ-サランドラは頭を抱えた。イタリア政府としてはオーストリア=ハンガリーとの開戦は半ば決定事項となりつつある…という訳でもなかった。
オーストリア=ハンガリー政府が離間策と考えていた内容の食い違うイタリア政府の対オーストリア=ハンガリーとの交渉案にしても、もともとは和解が成立する筈だったローマ教皇の助力を得て、オスマン帝国のキリスト教徒弾圧に与するオーストリア=ハンガリー並びにブルガリアを征伐するという形で聖戦を行なうはずが、教皇側から、
『キリスト教徒同士、ましてやカトリック同士の争いは望むものではない』
との通達がなされてしまったことで、聖戦、としての対オーストリア=ハンガリーとの戦争が難しくなってしまった。イタリア政府としては何とか教皇を翻意させるべく交渉を続けたのだが結果は芳しくなかった。
そのため、取りあえずイストリア半島の割譲を第一条件として、それでもオーストリア=ハンガリー政府が飲まなかった場合は段階的に譲歩するというひどく後ろ向きな想定で交渉に臨んだが、予想以上に長引いたバルカン戦争でオーストリア=ハンガリーは弱体化しており、オーストリア=ハンガリー外相ベルヒトルトはそれを飲んだ。
これで一件落着、と思ったイタリア政府だったが、それに納得していない人物がいた。イタリア国王ヴィットーリオ-エマヌエーレ3世だった。
ヴィットーリオ-エマヌエーレ3世は自ら独自の交渉案を作成したが、サランドラはそれを握りつぶした。折角、交渉がまとまりかけていたのにもかかわらず、水を差すような事をされては困るからだ。
しかし、握りつぶした国王案が何故かオーストリア=ハンガリー側に伝わっていたらしく、オーストリア=ハンガリー側では動揺が広がっていた。
サランドラは当初はこれを歓迎した、動揺すればするほど交渉はやり易くなるからだ。だが、ここにきてドイツ帝国が出てきてしまった。となると話は別だった。イタリア軍ではドイツ軍には勝てないだろうからだ。
「首相、失礼します。…お疲れのようでしたらパデレフスキ氏のコンサートへの出席は取りやめられた方がよろしいのでは?奥様には私の方から…」
入ってきた秘書官がサランドラの次の予定を告げた。イグナツィ-ヤン-パデレフスキは高名なピアニストとして知られているが、同時にポーランド独立を目指す活動家でもあった。サランドラはこの日パデレフスキのコンサートに熱心なファンだった妻とともに出席する予定だった。
パデレフスキは戦後ハプスブルグ家のもとでポーランド王国が独立した時には一時的に帰国したが、オーストリアとドイツ出身の官僚に支配されているポーランドの実態を目の当たりにしてからは、真のポーランド独立を求めてコンサートの傍らヨーロッパ、そしてアメリカを回っていた。
「そうか、これだ。コンサート後にパデレフスキ氏と話す時間はあるか、無ければすぐ作ってくれ」
名案を思い付いたサランドラは思わず叫んでいた。ドイツの介入が怖ければ、その裏庭でぼや騒ぎを起こしてしまえばいいのだ。
すでに、オーストリア=ハンガリーはイタリア軍がオーストリア=ハンガリー領に攻め入る前に先制奇襲攻撃を仕掛けてイタリア軍を叩くべく国境に軍を集結させているという、相手がこちらを殴る準備をしているにも拘らず、殴れなかったのは相手にドイツという強大な庇護者がいたからだったが、そのドイツの注意が他を向いてしまえば怖くは無かった。その隙に我がイタリア軍は目標となる未回収のイタリアを制圧するのだ。
ポーランド独立組織への支援、それがサランドラの思いついた名案だった。
オーストリア人とドイツ人の弾丸の前に何人ものポーランド人が倒れるだろう、だがそんなことは我がイタリアの栄光の前には些事だ。
劇場についたら、まずは妻にありったけの感謝の言葉を述べて、それからおもいっきりのキスをしよう。
妻がコンサートに誘ってくれなければ、こんな名案はまず思い付かなかっただろう。
秘書官は急に生き生きとし始めたサランドラを見て訝しんだが、サランドラはそんなことを気にせず劇場へと向かった。
それから、暫くしてオーストリア=ハンガリーとイタリアの緊張が高まる中、ポーランド王国各地ではテロが起こり始めるようになる。戦争はすぐそこまで迫っていた。
今回の話についてですが、サランドラの妻がパデレフスキの熱心なファンというのは全くの創作です。そもそも筆者の調べではサランドラが結婚していたかどうかすら確かめられませんでした。
前任のジョヴァンニ-ジョリッティ、後任のパオロ-ボセッリの場合は結婚している事が分かったのですがジョリッティは史実では開戦に反対の立場、ボセッリは首相になれたのは開戦後にサランドラが失脚したおかげ、と言う感じだったので、どうしようかと迷った挙句にこういう形になりました。
もし、サランドラの家族関係について詳しい方がいれば詳細を教えてくれると助かります。まあ、仮にサランドラが結婚していなかったとしても話の大筋は変わりませんのでご安心ください。




