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第54話 ペトログラードのパレード

1914年12月25日 ロシア帝国 ペトログラード

雪が降りしきる中、第一次世界大戦終結6周年記念パレードが行われていた。きらびやかな礼装を身にまとった兵士たちの行進に人々が目を奪われている時に、"それ"は現れた。


「何だあれは」

「すごい。あんなものが飛んでいるなんて」


人々の視線の先には、悠然と空を飛ぶ巨大な四発機の姿があった。機体にはご丁寧にも金色の天使の絵が描かれており、まるで雪の中を天使が飛んでいるような幻想的な錯覚を人々は抱かずにはいられなかった。

貴賓席から眺めていた諸外国の外交官や駐在武官たちもあっけにとられている。


この四発機こそキエフ生まれの技術者イーゴリ-イヴァノヴィッチ-シコルスキーが開発したイリヤ-ムローメッツだった。

当時、世界最大のこの機体をロシア帝国は自国の威信を示すものとしてパレードに参加させたのだった。

そして、現れたのはそれだけではなかった。


「すごい、戦車だ」


ここ数年で、列強各国が必死に配備を進め始めた戦車だが、ロシア帝国も例外ではなくヴェズジェホートと呼ばれる戦車を開発していた。実際のところ今回のパレードには量産車の開発が間に合わず、試作車にダミーの砲塔を載せただけのものだったが、それでも先ほどのイリヤ-ムローメッツの飛行と同じく、それまで技術後進国と思われていたロシア帝国の、他の列強各国と比較しても劣らない新兵器群に特に外国人たちは大きな衝撃を受けた。


(戦車とやらはよくわからないが、あれの開発にも航空技術者が参加しているという。やはりロシアの航空機技術は侮りがたいな)


驚きと熱狂に包まれるパレードをそのように冷静な目線で観察している隻腕の日本人がいた。

彼の名は高野五十六。明治通商という会社のペトログラード勤務の駐在員だった。明治通商とは表向きは第一次世界大戦後に日本への関心が高まったことから、日本産の物品を欧米各国へと販売するための貿易会社とされていたが、実際は大日本帝国海軍の特務機関の一つだった。


高野は1884年に新潟県長岡市の旧士族の家に生まれ、軍人となる事に強いあこがれを持って1901年には優秀な成績で海軍兵学校に入校し、その後は順調に出世コースを歩んでいくと思われたが、遣欧艦隊の一員として欧州に派遣され、第二次ヘルゴラント海戦に参加した際に負傷し、治療の甲斐なく左腕を切断する事となり退官を余儀なくされる。

その後は途方に暮れ、一時は自決すら考えたほどだったが、兵学校時代からの親友である、堀悌吉の励ましにより思いとどまった。


そのころ日本海軍では海軍独自の諜報組織の拡大が叫ばれ始めていた。原因は清国によるアメリカからのリバダヴィア級購入に際して、日本海軍が購入直前になるまでそれを察知できなかったことにあった。このまま諜報組織をおろそかにするのは危険である、という危機意識が日本海軍全体で共有される事になっていた。


その為、急いで明治通商が設立される事になったのだが、その際にすでに退官していた高野にも声がかかった。現役軍人を民間人として送り込むよりも負傷してすでに退役した人間の方がなにかと便利だからだ。

高野は思い悩んだが、結局、明治通商の一員として各国の言語や文化などを叩きこまれた。元々優秀だったこともあり教育は速やかに終わり、高野はロシア帝国へと送り込まれる事になった。


後に高野は隻腕のスパイとして、そうした裏の世界ではその名を広く知られる事になる。


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