第51話 代理人としての義務〈下〉
1914年11月25日 イタリア王国 ローマ バチカン宮殿
その場所は、名目上はイタリア王国内であっても、その統治が及んでいない場所だった。何故ならば、その場所の主は全世界のカトリックの崇敬を一身に集める存在だったからだった。
「フランスからは、色よい返事はもらえなかった、と」
「はい、猊下」
「不甲斐ないな…アルメニア人やアッシリア人の中には東方典礼教会の信者もいるというのに…ウルバヌス2世の時代とは大違いだな」
猊下と呼ばれた人物は自嘲しながらそう言った。彼こそがバチカン宮殿の主、ローマ教皇ベネディクトゥス15世だった。
東方典礼教会とは、東欧やコーカサス、中東などに存在する元々ネストリウス派や正教会であった教会がローマ教皇の権威を認め、カトリック教会となったことから帰一協会とも呼ばれるもので、中にはアルメニア人が信仰するカルデア教会のようなカトリック教会となりながらも、正教会と変わらない儀礼を保持している教会もあるなど、その形態は教会ごと異なっている。
しかし、どのような教会であってもローマ教皇の権威を認め、カトリック教会に属するのならば、庇護されるべき存在であり、その庇護を行なうことこそが、12使徒の一人、聖ペトロ以来のイエス-キリストの代理人としての義務であるとベネディクトゥス15世は確信していた。
ベネディクトゥス15世はアルメニア人とアッシリア人の虐殺という"噂"の真相を確かめるべくオスマン帝国に対し、使節を派遣しようとしていたが、オスマン帝国側によって拒絶された。
その為、ベネディクトゥス15世はフランス政府に対して中東におけるキリスト教徒保護を目的としての派兵を要請したがこちらも拒絶された。アメリカ合衆国への債務の返済を第一にと考えていたフランス政府としては中東での戦乱に首を突っ込んでいる余裕はなかった。
イタリア統一運動以来イタリア王国と対立状態にあり、オーストリア=ハンガリー帝国がオスマン帝国側に立って参戦している現状において、フランスの要請拒絶は事実上の打つ手がなくなった事を意味していた。
「猊下、所詮、"噂"は噂、なのではないでしょうか、勿論一人でも多くの信徒を助けたいという猊下のお気持ちはわかります。しかしながら、他にも助けを求めている信徒は数多くおります。メキシコがどのような状況か御存じのはずでは」
「メキシコか、それは分かっている。もちろんメキシコの人々の事を忘れた事は無い」
メキシコは現在、動乱の最中にあった。
メキシコはポルフォリオ-ディアス政権による長期間の独裁政権が続いていた。もしも、メキシコ経済と関係が深いアメリカ経済が、大不況に陥ることがあればディアス大統領がどこかに亡命する破目になったのかもしれないが、現実にはアメリカからの経済援助と引き換えに表向きは政界から去りつつ、自らの息のかかったフランシスコ-デ-ラ-バーラを大統領として、引き続きメキシコに君臨していた。
しかし、そうした政治も長くは続かず、1911年頃からメキシコ各地で局所的な反乱が起こるようになっていた。更にその翌年に誕生したアメリカのリンカーン政権が共和党内の進歩派と保守派の政治抗争の結果としてメキシコへの援助停止を決定すると、最大の援助国を失ったメキシコの混乱は深まり始め、追いつめられたディアス元大統領は反ディアス陣営の中心人物とみなされていたフランシスコ-マデロを暗殺してしまう。
結果としてこれが反ディアス陣営の各地での武装蜂起のきっかけとなり、メキシコでは多くの血が流れていた。
カトリック教会は各地で戦災にあった人々への支援などをしていたが、教会自身が襲撃される事例や逆に教会関係者による人々の弱みに付け込んだ不正なども行われており、まさに混沌を極めていた。
「かつて、我らカトリックは大戦の際に団結を試されたが、人々が争いをやめることはなかった。だが、もし主が再び我々に試練をお与えになっているというのならば、我らはそれを乗り越えなければならない」
「猊下…」
「そうだな、まずは…リニャーノ公と話がしたい」
「リニャーノ公ですか」
リニャーノ公とは、中世イタリアで教皇の側近として権勢を振るい、教皇マルティネス5世を輩出した名家コロンナ家の出身で元ローマ市長であるプロスペロ-コロンナ-ディ-パリアーノの事だった。
現在は元老院議員を務めているリニャーノ公にはもう一つの顔があった。
それは、彼がイタリア王国のローマ占領後もローマ教皇に忠誠を誓う者たち、いわゆる『黒い貴族』の一人である、という事だった。
イタリア政界に顔がきき且つローマ教皇とのつながりももある。彼ならば、自分の望みをかなえてくれるかもしれない、とベネディクトゥス15世は思っていた。
「団結のためには、まずは我々がこの丘から出る事が必要だからな」
ベネディクトゥス15世は事もなげに言ったが、周囲は驚愕した。イタリア統一運動以来ローマ教皇庁は、イタリア王国によるローマ占領を認めず、このバチカンの丘に引きこもっている状態だ。そこから出るという事はつまり…
ベネディクトゥス15世の望み、即ちイタリア王国とローマ教皇庁の和解が成されるのはもう暫く後の事となる。




