第49話 大芸術家の決心
1914年9月2日 ドイツ帝国 領邦 バイエルン王国 ミュンヘン
「ふぅ、やっぱり人が多いな」
一人の男が都会の人波の中を歩いていた。
男は仕立て屋に居候しながら、ポスターなど描いて生計を立てていた。彼はそれによって、それなりの収入を得られるようになっていた。
男はオーストリアから楽団が来るというポスターを見て、ミュンヘンの劇場へと向かっていた。彼の大好きなワーグナーが演奏されるというのもあったが、一番はポスターの隅に小さく書かれていた、多くの人が気にも留めないであろう、ある若手指揮者の名前を見つけたからだった。
「クビツェク…」
男はその指揮者の名前を呟いた。
男はかつて、オーストリア=ハンガリー帝国の首都ウィーンで浪人生だった頃にそのクビツェクと一緒に暮らしていたことがあったからだ。
ともに夢を見て、ともに語らった、そんな日々はクビツェクがウィーンの音楽院に受かり、男が美術大学に落ちた事で終わりを告げた。男は何も言わずにクビツェクの前から逃げた。
友人としては心の底から嬉しかったが、同時に自らの事を『大芸術家』と呼んで憚らなかった男にとってはたまらない程の屈辱でもあったからだ。
やがて、男は自らが尊敬していたカール-ルエーガーやルドルフ-フォン-シェーネラーらの戦意高揚演説を聞き、浮かれた気分のまま、オーストリア=ハンガリー軍に志願したが徴兵検査ではねられた。ドイツに越境してバイエルン軍にも志願するもやはり、駄目だった。
男はならばと戦場画家としての従軍を望んだが、元来、人物画が苦手であった彼が採用されるはずもなかった。戦場での主題はそこで戦う人間なのだから。
やがて、戦争が終わると男はまた風景画やポスターを書くようになったが、男の胸中は満たされなかった。
自分の芸術を理解しようともしない人間たち、そしていかに愛国心を持とうとも戦場へと出ることもなく、ただ鬱屈とした日々を過ごした大戦中の日々。
それらに対する様々な感情が男の中を駆け巡り、何に不満をぶつけていいかもわからないまま、満たされぬ日々を送っていた。
友人クビツェクがオーストリア=ハンガリー帝国から来るという知らせは、そんな中で男にある種の安らぎを与えるものだった。
そして、コンサートが終わり男は友人を待っていた、そして、それらしき人物を見つけると叫んだ。
「クビツェク、アウグスト-クビツェク」
突然、見知らぬ地で名前を呼ばれ、驚いていたが、やがて男の姿を見つけると叫び返した。
「アドルフなのか…どうしてミュンヘンに」
男、アドルフ-ヒトラーは友人アウグスト-クビツェクの問いに対して、何も言わず満面の笑みで笑った。
クビツェクとの再会の後2人でビアホールで飲み明かした翌日、ヒトラーはミュンヘン市内の美術館にいた。
「ここか…未来派展?」
「そう、知り合いの人が若者は新しい芸術に触れるべきだって言ってたんだけど、ほら…僕はそういうのにあまり詳しくないから、アドルフならわかると思って」
クビツェクの言葉を聞きながら、ヒトラーは内心興味を失っていったが、旧友との再会を台無しにしたくない一心でそんなことはおくびにも出さなかった。
(まったく、どれもくだらないな)
ヒトラーはそう思った。ヒトラーはこういった新しい芸術が大嫌いだった。
彼がウィーンにいた頃は新しい文化の爛熟期であり、自分が美術大学に受からなかったのは、そうした新しい芸術のせいだと、半ば逆恨みのように蔑視するようになっていた。
「これは、詩か、未来派宣言」
ふとクビツェクの呟きが耳に入る。そしてクビツェクが読んでいた詩に目を向けると、ヒトラーは大きな衝撃を受けた。
未来派宣言は未来派運動を立ち上げたイタリア詩人フィリッポ-トンマーゾ-マリネッティによる未来派運動の要綱ともいえる詩であり、また未来派の最初の作品でもあった。
「なんというか、すごい詩だね。アドルフ…アドルフ?」
ヒトラーは最早クビツェクの声を聴いていなかった。その詩の内容に夢中になっていたからだ。
「クビツェク」
「ん?」
「私はこれまで古い芸術の模倣者に過ぎなかった、だがこれからは違う。私はこれから古い芸術の破壊者になる。勇気と大胆と反逆に生きるんだ。私はイタリアに行くぞクビツェク。そして、このマリネッティとやらに会ってくる」
あまりにも急な決心にクビツェクは驚いたが、やがてあの頃の君が帰ってきた、と笑いながら新たな決心を祝福してくれた。
クビツェクはクビツェクなりに、今のヒトラーにどこか影のようなものを感じており、それだけに彼の喜びようはまるで自分の事のようだった。
後にミュンヘン未来派の担い手の一人となり、『大芸術家』と称される事になるアドルフ-ヒトラーが覚醒した瞬間だった。
取りあえず400pt越え記念に番外編みたいな話を
たまには美大に落っこちてから新たな芸術に目覚めるヒトラーがいてもいいと思う




