第48話 ケマルの帰還
総合評価が400ptを超えておりました。皆様本当にありがとうございます。
400pt記念に何かやりたいけど思いつかない…
1914年8月1日 オスマン帝国 エディルネ州 エディルネ
著名な建築家ミマール-スィナンによって建設されたセリミエ-ジャーミーの周囲は西部から流れてきた難民でいっぱいだった。多くが着の身着のままで、負傷しているものも大勢いる。衛生状態も悪化しており伝染病も徐々に流行りつつあった。
あまりの惨状にすでにモスクに集められていた物資も底をついていた。
しかし、物資がもらえるという噂が独り歩きした結果、今も多くの人々が詰めかけていた。
「酷いな」
「ここはまだましな方らしい…本当にひどい所は死体だらけだとか」
「レスネの町がどうなったかは考えたくもないな…」
そんな惨状を見て三者三様の感想を漏らす軍人たちがいた。
1人はイスマイル-エンヴェル。オスマン帝国陸軍の将校であり、中東で戦った後エディルネに派遣されていた。
2人目がアリ-フアト。オスマン帝国陸軍大学を主席として合格し、アラブの反乱においてはヒジャーズ方面での治安戦を行なっていたが、ゲリラによるヒジャーズ鉄道寸断の為撤退を余儀なくされ、彼の部隊は再編成の後にバルカン方面に投入されようとしていた。
最後のアフメト-ニヤジはマケドニア地方レスネに生まれ、1903年のマケドニア人の反乱鎮圧に功のあった将校であり、今回の戦争においてもバルカン方面で戦っていた。
「全く本当にひどいな、だがそれ以上にひどいのはここにいる者たちが元の住処に戻る事はもうできないという事だ」
「やはり、噂は本当だったのか」
「父の友人から聞いた話だ。間違いないと思う」
「何という事だ…」
アリ-フアトの言葉にニヤジは衝撃を受けた。アリ-フアトの父イスマイル-ファジル-パシャはスコピエに駐留していた第7軍団の司令官であり、ギリシア軍との戦闘で行方不明となっていた。
マケドニア出身のニヤジにとってその"噂"、つまりブルガリアの参戦と引き換えのマケドニアとトラキアの割譲が事実であったことは衝撃だった。
「…こうなった以上はやはり、やるしかないのではないか」
「私は反対だ。するとしてもまずはこの戦争を終わらせなくては」
「だが、専制を終わらせる好機は今しかない」
「それは敵につけこまれる隙を与えるだけだ」
「改革なくしてはまた同じことが起きるだけだぞ」
「二人ともそこまでだ」
エンヴェルがかねてより抱いていた構想、彼の参加する組織である統一と進歩委員会に属する改革派将校によるクーデターの実行を仄めかすと、ニヤジはそれを否定した。だが、お互いに引く気はなく、フアトが慌てて仲介に入った。
「だが、今立たなくては…」
「委員会内部での議論の統一すらできていない状態では、仮に成功したとしてもその隙を諸外国につけ込まれるだけだ」
なおも自論に固執するエンヴェルをフアトがまた、宥めた。
統一と進歩委員会は青年トルコ人と呼ばれた改革派の人間の集まりだったが、元々、中央集権と地方分権、立憲君主制と共和制といった国家構想の違いによって、アブデュルハミト2世の専制政治打倒以外についてはまとまりを欠いていた。
そこにアラブの反乱直前に発見された油田の存在が、更にその分裂を加速させていた。地方分権派内部ではその地方で産出する資源はその地方のために使うべきだという意見や逆に全体の国益のために国家の下で管理すべきという意見が出ており、エンヴェルたちが属する中央集権派にしても、油田からの利益をどこに配分するかで揉めていた。
このような状況では、フアトの言う通り、クーデターを起こしてもその後の政権運営で躓くのは目に見えていた。
「わかった。では、同志を増やすというのはどうだ」
「同志か…だったら一人推薦したい人間がいる。ムスタファ-ケマルというんだが」
「ムスタファ-ケマルだと…『自由と祖国協会』のか」
「そうだ。彼と私は士官学校も陸軍大学も同期でね。頭の切れる人間だよ」
「そうか、君が言うなら任せよう」
エンヴェルが渋々とした提案に対しフアトは一人の男の名を出した。その名をムスタファ-ケマルといった。
ケマルは今やギリシア王国の占領下となっているサロニカに生まれ、士官学校を優秀な成績で卒業して、陸軍大学へと進み、陸軍大学卒業後、1906年10月にダマスカスでアブデュルハミト2世の専制政治打倒を目的とした青年将校や知識人による団体『自由と祖国協会』を組織するも、第一次世界大戦の勃発によって反体制運動を殊更に警戒していた政府によって、翌年には壊滅させられた。
その後は彼の上官らが庇った為に軍に残る事ができたが、政治的な運動からは遠ざかっていた。
こうして、フアトの接触によりムスタファ-ケマルは祖国を変える運動へ再び参加する事になった。
もしも、このケマルの帰還が無ければその後の歴史は大きく変わっていたかもしれないと言われる事になる。




