第42話 レイノルズの復讐
1913年6月1日 オスマン帝国 モスル州シェフリゾル県 ババ-グルグル
「出た、出たぞ」
一人が歓喜の声を上げるとそれが全員に広がった。彼らはついに目当てのものを掘り当てたのだった。
モスル州の州都モスルの南東に位置する都市、キルクークの郊外にあるババ-グルグルは古来より地中から炎が噴き出す事で知られていた。これは地中から噴き出た天然ガスによるものだったが、アメリカのスタンダートオイルがオスマン帝国と共に設立したターキッシュ-アメリカン-オイルはそこに目をつけ1年ほど前から本格的な採掘事業を行なっていた。そしてそれが今日実を結んだという訳だった。
「そうか…出たか」
採掘地点から離れたところにあるキャンプにて喜びのあまり涙を流す男がいた。彼の名はジョージ-レイノルズ、かつてウィリアム-ノックス-ダースィーと共にペルシアでの石油探索に失敗し一時は詐欺師との汚名を着せられた人物でもあった。
そんな彼はターキッシュ-アメリカン-オイルに拾われてオスマン帝国での石油掘削事業を行なっていた。そして、彼は見事石油を掘り当てる事に成功した。オスマン帝国の君主アブデュルハミト2世はこの知らせに喜びレイノルズにパシャの称号を授け、自らその労をねぎらったほどだった。
1913年7月1日 アメリカ合衆国 ニューヨーク州ニューヨーク市 ソコニー社本社
「パシャになった気分はどうかね。レイノルズ君」
「正直あまり、実感がわきませんね。社長」
「それはパシャになったことかね、それとも掘り当てた事かね」
「両方です」
「そうか、だが君がどう思おうと掘り当てたのは事実だからな喜びたまえよ…少なくとも我々だけでは出来なかったのだから、君がいなければ今でもパレスチナかモスルで足踏みをしていたかもしれないのだからな」
ジョージ-レイノルズ改め、ジョージ-レイノルズ-パシャと会話するこの人物こそスタンダートオイル分割後にアジアでの利権を継承したソコニー社社長ヘンリー-クレイ-フォルガー-ジュニアだった。
レイノルズがペルシアでの石油採掘事業を終えた後、レイノルズはアメリカへと渡った。スタンダートオイルをはじめとするアメリカの石油会社に就職するためだった。しかし、ペルシアでの一件でレイノルズは雇い主だったダースィーとともに業界では詐欺師として知られており、彼らの態度は厳しかった。
しかし、それでもレイノルズは諦めようとはしなかった、当時は第一次世界大戦の最中であり、欧州の石油会社が新規開拓の余裕などない中で、唯一イギリス系石油企業に対抗できるのはアメリカのスタンダートオイルにおいて他は無いと、思っていたからだ。中東で大油田を見つける事により、自分を詐欺師扱いしたビルマ石油への復讐とする。そう考えていたからだ。ダースィーが事業の失敗と裁判費用による借金により極貧の中で自殺した事がレイノルズを更に駆り立てていた。
スタンダートオイルが接触してきたのはちょうどそのころだった。彼らが設立したターキッシュ-アメリカン-オイルは当初はパレスチナでの探査事業を行なっていたが成果は無く、続いて採掘に取り掛かったモスルでは採掘に反対する地元住民との衝突によって死者を出してしまうという大失態を犯してしまう。彼らは成果を急ぐあまりそこがイスラームの聖地のひとつであるという事を忘れていたのだった。
敬虔なムスリムであった地元住民にとって預言者ユーヌスにまつわる地を異形の機械が掘り進んでいく様は耐えがたいものがあった。
こうした事からオスマン帝国側でも保守派を中心に反対の声が広がっていた事もあり、一時期、事業は暗礁に乗り上げた。しかしその後、アジア利権を継承したソコニー社は東アジアと東南アジアでは欧州諸国によって進出を阻まれた事と他ならぬアブデュルハミト2世の熱意により、中東での採掘を再開する事とし、かつてペルシアで採掘事業を行なっていたレイノルズをその責任者として迎え入れたのだった。
そして、レイノルズは途中、ドイツのカール-ユリウス-ヴィンターによるペルシアでの石油採掘成功の報に大きな衝撃を受けながらも探査と採掘事業を進め、ババ-グルグルでの採掘成功によって復讐を遂げる事に成功した。
しかし、レイノルズによる復讐の成功によって最も大きな衝撃を受けたのは、イギリスの石油業界ではなく、イギリス政府だった。中東でイギリス以外の勢力が覇権を確立する事はインドを危険にさらす事と同じだったからだ。
こうして、イギリスはオスマン帝国を揺さぶるための陰謀を実行に移す事になる。




