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第39話 偉大なる解放者の息子

1911年10月18日 アメリカ合衆国 イリノイ州 シカゴ リンカーンパーク

リンカーンパークは元々その名をレイクパークといった墓地だったが、奴隷解放宣言を出したことから偉大なる解放者ともいわれる第16代アメリカ合衆国大統領エイブラハム-リンカーンを記念してリンカーンの暗殺後に改名され、1887年にはその名の由来を示すように椅子から立ち上がり演説しようとする姿のリンカーンの銅像が建てられていた。


「それで、私にどうしろと言うのですか」

「共和党大会は3月からです。しかし、現在共和党ではタフト系の保守派とルーズベルト系の革新派、それに革新派ながらルーズベルトと対立するラフォレット派が対立しています。このままでは我々に残された道は敗北しかないのです。ですが貴方さえ出馬してくれれば我々には勝機がある」

「しかし…共和党員としてあるまじき発言ではあるとは思うが、仮に共和党が敗北した所でアメリカは揺らがないでしょう。ですが、私が出馬すれば南部票の離反どころか最悪は南北戦争(シビルウォー)の再来すらあり得るのです」

「そのようなことにはなりませんし、させません。それは約束します。ですが、メキシコでは自由を求める民衆が蜂起し、アジアでは我が国とイギリスをはじめとした旧世界の国々との対立が先鋭化し、ヨーロッパでは緊張状態が続いています。このような時にこそ我が国には御父上のような強い指導者が必要なのです」

「強い指導者ならば、民主党にだっているでしょう。特にブライアン氏の不屈の精神は見事なものだ」

「あれは不屈の精神などではなくただ諦めが悪く権力への執着心が強いだけです。貴方の如き潔白さなどかけらも無い。むしろあのような輩に任せる事こそ危険なのです」

「…しばらく考えさせてはもらえませんか」

「良いお返事を期待しています。リンカーンさん」


そう言って、一人は銅像の前から去り、もう一人は銅像をじっと見つめていた。

銅像を見つめているこの人物こそリンカーンの4人の子の中で唯一生き残った子であるロバート-トッド-リンカーンだった。


暫くしてからロバートは視線を下に移して、先ほどの提案を考えた。ロバートに会いに来たのは顔なじみの共和党員だった。

たしかに彼の言う通り共和党は危機的な状況にあったし、国外の情勢は不穏だった。だが、だからといって自分が出馬する事はかえって混乱の種になりはしないだろうか、南北合わせて70万人以上の死傷者を出した南北戦争(シビルウォー)を再現する事になりはしないだろうか。

父は人として正しい事をしたと思う、政治家としても尊敬している。だが、合衆国に住まう誰もがそれを共有してくれているわけでは無い。


「だが、それでもしなければならないというのか…答えてください父さん」


ロバートは物言わぬ父親の銅像をにそう問いかけたが、銅像は何を語るわけでも無く虚空を見つめるだけだった。


そして、1912年3月18日から行われた共和党大統領予備選挙において、1期だけという条件でロバートは候補者として出馬し、ラフォレット系革新派を除くほとんどの票をまとめ上げ、一気に共和党大統領候補者としての地位を固めた。

この背景には保守派の指導者であり現職大統領のウィリアム-タフトが共和党内を概ね纏めていたものの、いまだに無視できない求心力を持つルーズベルトによる新党の結成や民主党へ票が流れる事を恐れていたこと、革新派の中心人物だったセオドア-ルーズベルトが新党の結成を時期尚早として1916年の次期選挙での新党結成を望んでいたことから、両者ともに()()()の大統領を求めていたという背景があった。

6月18日からシカゴで開催された共和党全国大会において、ロバートは大統領候補として正式に指名された。副大統領にはアイダホのライオンと呼ばれたウィリアム-エドガー-ボーラが選ばれた。


対する民主党は下院議長のジェームズ-ボーチャンプ-クラークが優勢とみられていたが、1908年の大統領選挙の民主党候補者であり民主党内で大きな影響力を持っていたウィリアム-ジェニングス-ブライアンがニュージャージー州知事のトーマス-ウッドロウ-ウィルソンを支持した事によりウィルソンが大統領候補となった。


その後、共和党からラフォレット派が離脱して革新党を結成して選挙活動を行なうという、予期せぬ事態も起きた他、リンカーンの一族に拒否反応を示した南部の共和党支持層が離脱するなど一時はロバートの勝利が危ぶまれるような事態が起きたにも関わらず、選挙戦は共和党有利に展開され、ロバートは1913年3月4日に第28代大統領となり、ホワイトハウスに名を連ねた2人目のリンカーンとなったのだった。


一方、南部の支持層を固めたにも関わらず勝利する事ができなかった民主党内では責任追及の結果ウィルソンがスケープゴートにされて失脚している。また、ブライアンもかつての影響力を失ったがクラークでは民主党を纏め上げるのには力不足であり、民主党は党内抗争に明け暮れるようになる。

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