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第314話 テルセイラ島の神父

1944年2月17日 アメリカ合衆国 アゾレス諸島 テルセイラ島

大西洋休戦協定の名で知られる1939年10月10日の休戦協定によって正式にアメリカ合衆国領土とされたアゾレス諸島における軍政の中心地であるテルセイラ島にはこの日1人の神父が執筆活動に明け暮れていた。


神父はカナダ生まれだった。生まれた場所から遠く離れた神父がこの島に来るきっかけとなったのは大戦中の活動が原因だった。もともと神父は過度に放任された資本主義に批判的だったため、テクニカルアライアンスによる統制経済の熱烈な支持者だったが、大戦勃発とともに神父は宗教を抑圧する社会主義者との提携の中止を当時ドイツと同盟を結んでいたアメリカにおいて訴えたため逮捕された。さらに、教皇庁は神父をアメリカ政府からの布告に基づき、ラテン語ではなく英語による典礼を多くのものが拒否する中で、アメリカに対する忠誠心の証しとして行なっていたために破門した。すべてのキリスト教徒のためと信じて、身の危険を顧みずに活動していた神父にとって衝撃的であり、一度、大協商のスパイとみなされた者への監視が戦後となっても厳しかったこともあり、ついに本土での活動を断念して事実上の植民地であるアゾレス諸島に流れ着いたのだった。


「とりあえず今日は、これぐらいにしておくか」


すべてを失った神父ことチャールズ-エドワード-カフリンに今できるのは、アゾレス諸島のカトリック信仰に関する執筆活動をして気を紛らわすことだけだった。


もっとも、カフリンが執筆に明け暮れていた理由はそれだけではなかった。アゾレス諸島には独特な信仰があった。聖なる精霊の帝国または教団として知られるそれはカトリックから派生したものであり、教会を通してではなく信者と神との直接的なつながりを重視し、各地の町または村落にある飾り立てられた集会場である帝国(インペリオ)を中心に組織された同胞団を中心に性別や貧富の差の関係なしに集まって隣人愛に基づくコミュニティを形成していた。


聖なる精霊の帝国または教団はそうした隣人愛の精神に基づいて貧者との連帯と慈善を欠かさなかったことからアゾレス諸島の人々の間では深く信仰されていたが、教会を通してではなく信者と神との直接的なつながりを重視していることから、異端とされるヨアキム主義的な信仰とされ、カトリック教会には良いものとは思われていなかった。それにもかかわらず、アゾレス諸島出身者が多く移住したアメリカ東海岸や西海岸、カナダ、そして旧ポルトガル領のブラジルでは移民たちの子孫の間で無視できぬ勢力を持っていた。


カフリンもアメリカ時代にはよく思っていなかったが、アゾレスに来てからは聖なる精霊の帝国または教団に関する著作を精力的に書いていた。それはカフリンにとってはカトリック教会からは異端的とされている聖なる精霊の帝国または教団をあえて賛美することが、ローマ壊滅後にピエンツァへと移転していた教皇庁に対しての決別を宣言することになるからだった。


しかし、その後出版されたカフリンの著作は意外な形で注目された。

注目したのはアメリカ政府だった。新たに併合したマカロネシアやカリブ海地域、従来からの勢力圏であった中南米はもちろん、国内にもアイルランド系をはじめとするカトリック信徒を抱えるアメリカは常にカトリックの扱いに悩んでいたが、その大きな理由がローマ教皇というアメリカ以外の権威に関する服従だった。


だが、カトリックにありながらカトリックのそうした権威を否定する聖なる精霊の帝国または教団の在り方は聖なる精霊の帝国または教団をモデルとした、アメリカ的な教会組織の再編という形でカトリックの再編という排斥以外の政策への転換を決意させることにつながった。こうした転換が行なわれた背景には、大統領選挙を11月に控えており、そこで軍政が続く北部地域の公民権復帰が議論されていたころから、その後のアイルランド系の票を獲得しようと愛国党政権が考えていたという政治的な事情があった。


一方で、こうした政権側からの働きかけに対する政権内の反対者がいたのも事実であった。政権内では特に保守的な南部地域から反発があったことから、かつてカフリンが行なったような英語での典礼を義務付けるなどの措置を行なうことを条件として再編が認められた。


カトリック教会側では政権による強引な再編に対する反対意見も強かったが、大戦が終わってなおも続く監視と抑圧を前に教皇庁と決別してでも信徒たちを守るべきと声をあげる者たちもおり、カフリンに続けを合言葉に英語典礼がおこなわれるようになった。


また、そうした者たちの間では聖なる精霊の帝国または教団の隣人愛思想に基づく貧者との連帯と慈善の活動に影響を受けて自ら貧困地帯へと赴いて公衆衛生や教育活動に従事した。こうした活動はアメリカ勢力圏に限られたが、各国との政治的、経済的結びつきが強まったといっても、あくまでも各国の上層との結びつきに過ぎなかった中南米においてはこうしたアメリカのカトリックによる活動は民心をアメリカに引き寄せる一因となり、各国でもアメリカと同様のスペイン語による典礼などが行われるようになり、結果としてアメリカ勢力圏をさらに強固なものにすることに繋がった。またそうしたカトリック側の活動に刺激を受けたプロテスタント系諸団体でも同様の活動が行なわれ、こちらは主にリベリア共和国や太平洋島嶼部などで行なわれた。


しかし、こうした一連の動きは教皇庁を激怒させ、すぐさまラテン語による典礼の重要性とその堅持、世界各地のカトリックの団結を確認する回勅を出し、アメリカ勢力圏での動きを新ヨアキム主義と非難した。だが、皮肉なことにこうして公に教皇庁からの非難を受けたことにより、こうした一連のカトリックの活動はアメリカ的なものと認識されるようになり、アメリカ政府からのさらなる支援により発展を遂げる一方で、そうした新ヨアキム主義を認めぬ教皇庁との溝はさらに深まり、教皇庁の側でも南米各国などのアメリカと対立する諸国との関係を重視する姿勢を打ち出した他、アメリカが援助する極東社会主義共和国との間で対立を深めていたロシア帝国と接触しての東西教会の合同という方向へと舵を切ることになるが、約900年間の断絶の修復は容易なものではなく足踏みを続けることになる。

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― 新着の感想 ―
[良い点] アメリカ国教会! 中南米の「解放の神学」を想起すると民衆の中で新たに再興された基督教を見る思いが致します。 ヴァチカンの東西合同の試みも実に感慨深いです。
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