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第300話 白い王とピクルス売り

私事で忙しく投稿が遅れてしまい申し訳ありませんでした。

1942年10月10日 イギリス保護国サラワク王国 クチン アスタナ宮殿

「で、どうですかな」

「ええ、もちろん。あなたにお譲りいたしますよ…正直我々としても北のことまでかまう余裕はないものですから」


サラワク王国首都クチンにある宮殿では2人の男が話しながら食事をしていた。

1人はこの国の王であるヴァイナーで、もう1人はイギリス本国でピクルス売りとして財を成したのちにイスラームに改宗しムスリムとなったハリド-シェルドレイクだった。シェルドレイクはヴァイナーの弟で王位継承者(トゥアン-ムダ)であるバートラム-ウィレス-ディレル-ブルックの妻であるグラディスがクエーカーからイスラームに改宗する際にその式典を執り行なったこともあった。


この国、サラワク王国は冒険家であった初代ジェームズ-ブルックが"建国"したのちにイギリスの保護領となって存続している国だった。王が白人であることから白い王(ホワイトラージャ)と呼ばれるブルック一族が治めるこの国では先住民に対する一定の理解のもとで統治されており、ブルック一族は先住民たちの文化を可能な限り尊重しようとし、プランテーションからの収入をもとに生活を向上させてもいた。その努力は本国の新聞に首狩り族の王などとかき立てられても変わらなかった。こうした方針によってサラワクは非常に安定した国家だった。


一方、イギリス植民地の中でも特に対照的なのがサラワクのすぐ北に位置するイギリスボルネオ会社が支配している会社統治領である北ボルネオであり、先住民に対するまともな教育すら行なわずにただゴム農園や鉱山で酷使するだけというありさまだった。シェルドレイクはそんな北ボルネオの惨状を見て、自らが王となって北ボルネオを統治したいと思い、北ボルネオに新たな王国を打ち立てようとしていた。


「しかし、ここまで話が早いとは思いませんでしたよ。私が言うのもなんですがこのような申し出を政府が認めるとは思いませんでしたから」

「本国の側も焦っているのでしょう。大戦中、清国に比べて″あの国"は勇戦したしフィリピン北部を抑えてもいる」


2人はほぼ同時にため息をついた。自分たちがいかに厄介な相手と向き合わなくてはならないのかを思い出したからだった。


2人の言っていた国家とは大日本帝国のことだった。シェルドレイクの突飛な提案が通った背景には日本と旧アメリカ植民地であるフィリピンが大きく関係していた。世界大戦が終結してからしばらく経つが、フィリピンはいまだに大協商の占領下にあった。北部地域ではアメリカによる統治崩壊以降、民族主義団体が台頭しており、協力的な姿勢を表明するものも多くいたが、大戦中のフィリピンスカウトなどもあってフィリピンおよびフィリピン人に対して否定的な見方をするものも多く、大協商の数的主力を務める日本軍とフィリピン人の関係は常に緊張を強いられていた。


一方、同じ占領地域でもスールー王国の所在地だった南部などではかつての王国の復活が推し進められていた。これを主導したのはイギリスであり、サラワクや海峡植民地などとの緩やかな連合国家として独立させる考えだった。これは公にはいまだ太平洋地域において強い影響力を持っているアメリカ合衆国に対する備えとされたが、イギリスの勢力圏内での独立へと動き始めた英領インド帝国のテストケースとしての意味があり、また、将来的には日本との緩衝地帯としての機能させることを狙ってもいた。


その中で問題となったのがフィリピンとボルネオ島の中間にある北ボルネオだった。会社組織としての限界から生じたものではあったもののそのあまりに前時代的な統治がいつか反乱を引き起こすことは容易に想像がついたため、そのためにも一刻も早くその統治を改善すべく新たな統治機構を作る必要に迫られたのだった。当初は同じくイギリス保護領であったブルネイに統治させることも考えられたが、これはすぐにイギリス内部での反対に突き当たった。アジア人の国家であるブルネイに必要以上の領土を与えることはサラワクに対する野心を増大させ、イギリスのこの地域における不安要素となりえるというのが主な理由だった。こうした反対意見のもととなったのは、イギリスが長年にわたり多くの投資を行ないアジア地域における最大の市場兼同盟国であった大清帝国が、第2次世界大戦中にイギリスの意に反する行動をとったことにより、アジア人、中でも独立国家である日本や清国に対する不信感が生まれていたためだった。


もっとも、大戦中に清国がイギリスの意に背いたのは対ドイツを重視するイギリスに対し、対極東、対アメリカを重視していたために生まれた温度差が原因だったのだがそうした認識の差は埋まることがなかった。一方で、こうした不信感は対アメリカ、対ドイツとすべての期間を通してイギリスのために膨大な兵力と物資を供給したインドに対する見方を大幅に好転させ、自治ですら反対論が多かった戦前に対してイギリスの勢力圏内という条件付きではあるものの独立を認めさせることへとつながった。


こうした状況もあってただのピクルス売りの突飛な提案と一蹴されたであろうシェルドレイクの申し出はイギリス側に受け入れられ、この日ヴァイナーの了解もあって正式に形になったのだった。このように南では徐々に復興への道筋が見え始める一方で北ではいまだ足踏みが続いていた。


アメリカ統治時代には中心であったフィリピン北部は占領下においてアメリカに与した裏切り者とレッテルを張られながらも、イギリスの庇護下に入った南部とは違い、苦しいながら一歩一歩、復興への道を歩んでいくことになる。しかし、アメリカ統治時代の文化は完全に忘れ去られることはなく、特に占領当局がプロパガンダとして漫画を活用したことから、アメリカの影響を残しつつも独自の発展を遂げた漫画文化はやがてカタガルガン共和国として独立した後の北フィリピンを支える産業に成長するのだがそれはまた別の話である。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 歴史的な「奇妙な音色」が聞こえてきて色々と考えさせられやっぱり面白い小説だと思います。 [一言] 最後の段の漫画のところで島田啓三の「冒険ダン吉」を思い出しました。
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