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第297話 復興計画と一本化

1941年12月18日 アメリカ合衆国 ワシントンD.C オークローンヒル 海軍省ビル

この日テクニカル-アライアンスの中心人物であるハワード-スコットはザ-テンプルと俗称されるオークローンヒルに建てられた真新しい海軍省ビルを訪れた。神殿(ザ-テンプル)と呼ばれているのはかつてこの場所にフリーメイソンの神殿を建てる計画があったせいだが大戦勃発に伴い海軍に接収された。その後海軍はそこにフィリピン戦の影響により険悪化していた陸軍との共同使用であった国務-陸軍-海軍ビルに代わる庁舎を建てていたのだった。


スコットがここを訪れていたのには訳があった。スコットは新設されたエネルギー省長官に任じられたのだが、スコットが初めに着手したのは新世代のエネルギーである原子力エネルギー開発の掌握だった。将来的に核分裂、さらには核融合までもが可能になれば、無限のエネルギーを手に入れることができ、エネルギー本位制通貨発行国であるアメリカにおいてそれは無限の富を意味するからだった。そしてその最大の障害となるのが障害となるのは陸軍ではなく海軍だった。なぜならば爆弾としてしてしか関心を持たず、それすらも化学兵器などよりかは関心が低い陸軍と違って、海軍は動力としての原子力にも関心を持っているからだった。


「まったく、こんな廃墟同然の街に首都を置き続けるなど…大きな損失だよ」


だれにいうでもなくスコットはそういった。海軍省ビルこそ弾痕の跡などは残っていても立派だったが、周りは廃墟そのものだったからだ。既存の都市を鋼鉄とコンクリートで再構築し、人間中心のものに作り替えようと考えていたスコットにとって旧来の都市構造を引きずったままのワシントンD.Cの復興などは唾棄すべきものだった。


内戦によって荒廃したワシントンD.Cの復興には多大な費用を要することは当初からわかってたが、そもそも内戦後のアメリカの首都をどうするかについて意見が分かれていた。特に西部地域を中心とした西部閥からは首都が東に偏りすぎているという批判があった。テクノクラシー運動に基づいた統制経済と優生学、そしてアメリカによる"民主主義"による啓蒙というカリフォルニアン-イデオロギーの信奉者である西部地域の住民からすればかつてのワシントンD.Cは歴史的な価値こそあるものの、旧来の思想にしがみついた頑迷な"反乱者"たちを討伐した新たなアメリカの首都にはふさわしくないのではないか、との意見が上がり、区域的にも狭いワシントンD.Cを捨てて主要同盟国である極東社会主義共和国やオーストラリア連邦に近いことからサンフランシスコなどへの遷都を望む提言がテクニカル-アライアンスからなされた。


これに対して内戦時にもう一方の主力として活躍した南部閥からは反対の声が上がった。内戦後のアメリカの在り方については、南部閥の中心人物であるヒューイ-ロングが西部閥の中心人物であるアプトン-シンクレアと同様に州政治を第一に考える人物であったことから積極的な全国政治への関与を考えていなかったこともあり大統領をルーズベルト支持者だったヒューイ-ロングの意向を受けてクエンティン-ルーズベルトとし、テクニカル-アライアンスの提言に基づく統制経済や優生学などの導入は速やかに進んでいたのだが、北部地域及びカナダの復興問題と戦後の政治的な区分については対立することが多かった。


前者については西部閥が緩やかな軽工業中心の復興を望んでいたのに対して、南部閥は農業中心の後進的地域として残すことを望み、また政治的な区割りについても西部閥が既存州以上の権限を持つ行政単位の設立または複数の州をまとめた組織の設立による行政の効率化を狙ったのに対してあくまでも南部閥は既存の州という枠組みを壊そうとしなかった。


さらに新首都の建設を望む意見も軍関係者を中心に多かった。彼らは特に大戦中にワシントンD.Cがイギリス軍の空爆を受け、内戦時にはは市街戦の末に陥落したことを問題視した。そのため、彼らはより防衛に適した都市として新たな計画都市を作ることを望んだ。特に化学兵器へ備えるならば首都機能が各地に広く分散することは歓迎するべきであり、旧来のワシントンD.Cにこだわるべきではないと考えた。"将来の戦争"への備えはアメリカのみならず各国で叫ばれており、例えばフランスではアルメニア系の建築家のエドゥアルド-ウトゥジャンが中心となった都市の地下化がすすめられた。ウトゥジャンは大戦以前の1933年にはすでに都市の過密化に対処するためにパリの地下化を提唱していたが当初は夢想的と退けられた。


だが、大戦後期の市街戦によるパリの荒廃と、敵国ドイツへのイギリスによる弾道弾という従来の防空兵器では撃墜困難な兵器による化学攻撃という衝撃は、一度は夢想的と嘲笑された計画を進めるのに十分な原動力となり、分散と地下化は戦後フランスの国土計画の大きな特徴となった。こうしたフランスの国土計画は大戦期アメリカによる空襲に悩まされたスペイン、ポルトガル両王国や大日本帝国、ドイツによって国土を荒廃させられたベルギー王国、イタリア王国、ロシア帝国などの復興計画に大きな影響を与えることになった。


一方でフランスと同じく大協商の中心国家であったイギリスでも復興計画が進められていたがフランスとは大きくその方向性が違っていた。イギリスでは退役軍人への雇用創出を目的としてセヴァーン川河口での治水及び潮汐発電を目的とした堰の建設、ウェールズとイングランドの諸都市を結ぶ交通及び給水網を整備しようとする大輪郭運河計画、そして1944年に控えたオリンピックのためのロンドン復興計画などの事業が進められていたが、こうした計画には戦争への備えという暗い側面は一切なかった。


もっともそれはイギリス人が戦争に対して備えなかったことを意味しなかった。軍内部や民間では様々な計画が立てられており、その中にはイギリス宇宙飛行研究協会による軌道爆撃と軌道疎開という構想があった。前者は文字通り軌道上からの敵国への攻撃を意味しており大戦中に実用化されたブラックロック弾道弾の射程を延伸するべく、大気上層で水切り石のように跳ねることによって長射程を得ようとした試みだったが、後者は全く新しい概念だった。軌道疎開とは軌道上へのイギリス国民及び工業の疎開を意味しており、宇宙空間を銃後として活用しようという概念だった。


一見フランス人以上に夢想的な計画だったが、この計画にきっちりとした"科学的な"下地が用意されていた。イギリス宇宙飛行研究協会が考案した宇宙生息地構想と宇宙における人類の進化仮説だった。

とくに宇宙における人類の進化については意外なことに生物学界からも支持があった。これには大戦の影響があった。元々、イギリスではダーウィンの進化論に抗うように人類学者のフレデリック-ウッド-ジョーンズなどがラマルク的な用不要論を主張し続けていたのだがこうした主張は大戦によってさらに加速した。まず、第一に戦火を逃れてイギリスにやってきたピエール-ポール-グラーセをはじめとするフランス人生物学者たちはイギリス人のダーウィンではなくフランス人のラマルクの学説である用不要論を支持する傾向が強く、彼らとの交流によりラマルク的な用不要論が再び盛り上がりを見せたこと、そして第二に敵国であるドイツが進化論を引き合いに出して社会主義の優位と資本主義の劣等性を主張していたからだった。


こうして戦後イギリスでは用不要論的な形質の獲得によって進化が起こりうるという学説が主流となり、宇宙という過酷な環境であってもいずれは適応することができると信じられたため、宇宙での工業地帯あるいは生息地の建設についても、当時は問題ないと考えられていた。


こうした各国での計画に刺激を受けて、アメリカでも様々な検討が重ねられた結果、まずは機能の分散や地下化を第一とするフランス型の国土計画をを目指すとされ、そのためにも土地不足が叫ばれていたワシントンD.Cからの遷都論が高まったが、それに対して南部閥はかつてのアレキサンドリア郡の再編入を提案し、妥協案として首都はワシントンD.Cとし、州組織の解体を避ける代わりにテクニカル-アライアンス主導での復興計画が全面的に承認されていた。


結果を言えば、この日の交渉はスコットの勝利に終わった。

愛国党政権におけるスコットの多大な影響力を利用して新たに海軍長官となったアーネスト-キングとの交渉の末に海軍から原子力研究の主導権を奪うことに成功したのだった。こうして一本化された原子力の動燃開発により、最終的にエネルギー省型原子炉として知られる発電に加えて航空機などにも応用可能な溶融塩原子炉が生まれることになる。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 人類の宇宙的進化の曙。 パナールやステープルドンを思わせる壮大さですが、ステープルドンの「最後にして最初の人類」も化学兵器を初手に使ってヨーロッパはめちゃくちゃになるので「駄目だこりゃ」と…
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