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第292話 国が亡びるとき<下>

1941年2月12日 ドイツ自由社会主義共和国 プロイセン自由国 シュトラールズント

ハンザ同盟の都市としてかつては繁栄していたこの町は前日から激しい空襲を受けていたが、空襲が終わり、夜明けとともに人々の目に映ったのは、イギリス軍の上陸用舟艇の群れだった。


しかし、キールの人民海軍司令部はもちろん、エンゲルスハーフェンの艦隊司令部も何の返事もよこさなかった。激しい電波妨害が行なわれていたことが理由だったが、仮に電波妨害が行われていなくても通信は難しかった。なぜならば、大規模な爆撃を隠れ蓑にしつつ、上陸作戦の障害を確実に排除するべく、これまで自ら禁じていた都市部への大規模な生物および化学兵器攻撃を実行していたからだった。シュトラールズントの人々が生き残っていたのはそうした攻撃は上陸地点に対しては行わないことが決められていたからだったが、イギリスの誇る守護聖人級の18インチ砲をはじめとする支援砲撃の砲火にさらされるのとどちらが幸せだったのかはわからない。


この上陸作戦には支援艦艇として大型軽巡洋艦という特殊艦艇が随伴していた。

当初はいわゆるモニター艦のように支援砲撃を行なうための艦として建造されていたが、上陸時の航空支援の要請が陸軍から寄せられたため、世界唯一の航空戦艦であるレオナルド-ダ-ヴィンチを運用していたイタリア海軍に助言を求め、その助言に従って当初は陸上機をそのまま運用することも検討されたが、着陸用の飛行場の占領が迅速に進まない可能性を考慮して、サンダース-ロー社製のジェット水上戦闘機を搭載してカタパルトで発艦させ随伴の駆逐艦で回収することとし、さらに弾着観測用に回転翼機も搭載した特殊な艦となった。

こうした支援艦艇の活躍もあり、イギリス軍は上陸に成功し、ベルリンへの最短路を確保したのだった。

傀儡国家であったイタリアや一部であったルクセンブルクが亡びたようにドイツにもまた亡びが訪れようとしていた。


1941年2月12日 ドイツ自由社会主義共和国 ベルリン

「で、何かね」

「はい、シュトラールズントにイギリス軍が上陸したとのことで」


側近であるグレゴール-シュトラッサーが慌ただしく入ってきたのちに告げた知らせに対して、エーリヒ-ルーデンドルフは朝食代わりに出されていた軽食を無表情で食べていたが、やがて思い出したかのように口を開いた。


「…シュトラッサー君、それがどうした」

「はい?」

「それがどうしたと言ったんだ。どいつもこいつもこの無能めが、人民軍はなぜパリに突入しながら陥落させることができなかった?なぜ海軍はいまだに封鎖を突破できない?空軍はなぜロケット兵器とやらに対して無力なのだ?くそ忌々しいポーランド人やボヘミア人はなぜ我々に従わない。そして今度は、イギリス軍の上陸を許す体たらく…ああ、くそどこかにまともなやつはいないのか…そうだ、どこかに内通者がいるに違いない。そうだ、きっとそうだ。今すぐテールマンに命じて、いや、テールマンこそが内通者であったとしたら、シュトラッサー君、私はどこで、いつから間違えていた?答えろ」

「お、落ち着いてください」

「これが落ち着いていられるか、そうか、君が、貴様こそが内通者…」


激怒したルーデンドルフが拳銃を引き抜きシュトラッサーに向け、顔面蒼白になったシュトラッサーは必死に弁護したが、ルーデンドルフが発砲する前にルーデンドルフ自身が前のめりに倒れた。


「…どうですか」

「残念だが駄目だよ。…終わりだな、私も君も」


ルーデンドルフが倒れてからしばらくして、部屋に呼ばれたアレクサンドル-アレクサンドロヴィッチ-ボグダノフはシュトラッサーの問いに首を横に振った後ぽつりと言った。


ツィンマーヴァルト大会参加者の中でもルーデンドルフの粛清を逃れたボグダノフだったが、それには訳があった。リープクネヒトと親交のあったボグダノフは粛清から逃れるために自身の"研究成果"をクーデター直後ルーデンドルフに見せた。ボグダノフの"研究成果"それは輸血による老化防止であり、宿敵たるフランスを蹂躙し屈服させるまでは何としてでも生き延びようと考えていたルーデンドルフは飛びついた。


そうしてより確実なものするべく、ドイツ各地から集められたジプシーやカシューブ人などの少数民族や反抗的なかつての貴族や資本家、その家族、教会関係者や開戦後には各地でとらえられた捕虜などが、"実験材料"として"活用"され、その成果をもとにボグダノフの輸血医療はさらに発展を遂げて、ルーデンドルフただ一人を生かし続けるために活用された。


こうして、ルーデンドルフは76歳になりながらも50代の肉体を保持していた。もちろん老いは確実に体を蝕んでおり、それを輸血と精神力で無理やりに抑え込んでいるだけだったのだが、度重なる敗報による精神的負担はその拮抗状態を崩し、遂に体が耐え切れなくなって死に至ったのだった。


「これから、どうなるのでしょう、ドイツは…我々は」

「ドイツに関してはわからん。だが、我々に関してはわかるよ」


怯えながら言ったシュトラッサーに対し、ボグダノフは部屋のドアに視線を移した。それと同時にドアが開き、エルンスト-テールマンが武装した秘密警察を引き連れて入ってきた。


その後、ルーデンドルフ殺害の容疑で拘束されたシュトラッサーとボグダノフは処刑されたが、テールマンはグレゴールの弟であるオットーの拘束には失敗した。その後、オットーは地下活動を続け、ルーデンドルフの死という状況も相まってドイツ国内の状況は混沌としていくことになる。

第291話のタイトルを変更しました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] あら、ルーデンドルフの野郎死んじゃった。ストレス過多の環境の中で史実よりは持ってると考えたら輸血によるアンチエイジングも馬鹿にできませんが。 嫌な今後の予想として、ルーデンドルフの思想にか…
[良い点] 愉快に拝見しております。 どこかで見たような重砲及び航空艤装装備の軽巡洋艦。 英国人も一回は試してみたかったんですかねえ。 駆逐艦で回収と言うのはトンボ釣りですな。 いかにもドイツ人ら…
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