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第291話 国が亡びるとき<上>

1941年2月6日 イタリア社会主義共和国 ミラノ パラッツォ-レアーレ-ディ-ミラノ

「ここまでか」


イタリア社会主義共和国を率いるイタロ-バルボは誰もいない部屋でそういった。ドイツの傀儡政権であったイタリア社会主義共和国の首都とされていたミラノには大協商軍が迫りつつあり、政府高官たちは我先にとミラノから脱出していたのだがバルボはまだそこにいた。


ドイツ軍部隊の多くはすでにイタリアよりバルカン半島方面に転進しており、一般市民を動員しての市街戦を行おうにも戦力差は歴然であり、イタリアのみならず世界の敵といってもいいドイツの傀儡政権に容赦しようと思うものは誰もいなかった。


(ああ、くそ、もう少しだった。もう少しでこの腐った国のすべてを壊せたというのに)


自らの故郷を蹂躙するドイツ軍に与し、その破壊をを手助けするまでにバルボがイタリアそのものを憎悪するに至ったのはかつてのバルカン戦争にまで遡る。


バルカン戦争に従軍したバルボであったが、祖国イタリアは未回収のイタリアの事実上の放棄という屈辱的条件で講和に応じた。そうしたことへの憤りを抑えきれなかったバルボは社会主義者であったジャコモ-マッテオッティと出会い、社会主義思想にひかれるようになったが、社会主義者を弾圧していた各国政府の例にもれずイタリア政府の手によって社会主義者の活動は抑圧されていた。


そして、のちに未回収のイタリアを取り戻すことになるヴィットーリオ-エマヌエーレ-オルランドが首相に就任後に弾圧は頂点に達し、師であるマッテオッティがオルランドと繋がりの深かったマフィアの手により殺され、その死体が通りにばらまかれたと知ったとき、バルボはイタリアという国家をどうしようもなく腐った存在であるとみなすようになり、で、あればこそ自らがそれを正さなければならないと考えるようになった。


大協商が非難した破壊行為への加担もすべては過去のイタリアの歴史を"清算"するためのものだった。


だが、そんな理由で破壊行為を繰り返し故郷を荒廃させるものたちに、真の意味で忠誠を誓う者たちは少なくドイツ軍部隊が亡命オーストリア=ハンガリー帝国政府の宣戦布告を受けて転用され始めると急速に瓦解し始めていた。


最初にうらぎったのは民間人たちだった。多くの者たちにとってドイツへの戦争協力として収奪される農作物や工業製品の生産はそれだけで重荷になっており、内部では抵抗活動が活発化していた。


次に裏切ったのは兵士たちだった。元々、イタリア社会主義共和国軍はかつての地下活動を行なっていた者たちやあるいはバルボのようにドイツに亡命していた者たちが中心となって組織した軍だったが戦う兵士の多くは捕虜収容所からの解放を条件に"志願"している者たちが大半を占めていたため、一度瓦解し始めると止まらなかった。


もちろん、兵士たちにしても市民たちにしてもイタリアでの戦いに際して王国政府が植民地兵たちを積極的に活用していたことに対する恐怖心はあったが、それ以上にイタリア社会主義共和国という国家を終わらせるほうがはるかに優先すべきことだった。


腐りきった王や貴族、資本家といった者たちを打倒し、労働者と農民のための"楽園"をつくるとバルボは演説したが、皮肉にもその労働者や農民たちの裏切りによって"楽園"は崩れようとしていたのだった。


この翌日、バルボは自身に従う兵士たちとともにイタリア軍に突撃しその生涯を終えることになる。


1941年2月10日 フランス共和国 トゥール オテル-ゴアン

シャルル7世の財務官であったジャン-バリエ-ド-サンゴインの邸宅として建てられたルネサンス様式建築であるこの建物は現在ではフランス外務省が臨時に置かれていた。


「殿下、誠に残念ですが、我々として他国の内政問題に対して干渉する立場にありません」


フランスでは珍しいプロテスタントながらその優秀さゆえに外務大臣にまで上り詰めた人物であるルネ-マッシリはきっぱりと目の前の女性に対して言った。


「大臣、聞き間違えでなければ私は今、貴方が内政問題とおっしゃったように聞こえましたが」

「ええ、そうです。殿下。しかし、殿下は大公の称号を保持することを許され…」

「そういうことではありません…これが侵略以外の何だというのですか、私の祖国はドイツ人に奪われ、次はベルギー人に奪われるのですか」


マッシリの前の女性、ルクセンブルク大公シャルロットは絶望し切った表情でそういった。


「わが祖国たるルクセンブルクには私の帰りを待つ民たちもいるはずです。それをどうして他国の手に渡すことを容認できましょうか」

(その民がドイツ人を招き入れなければこうはならなかったでしょうな)


マッシリはシャルロットに対して言おうとした言葉を何とか飲み込んだ。ルクセンブルク大公国の滅亡、より正確にはベルギー王国への補償としてのドイツ自由社会主義共和国の一部であるルクセンブルク自由州の併合は大協商によって承認された戦後構想の一つだった。


オランダに亡命していたルクセンブルク大公家に配慮して、ルクセンブルク大公の称号は引き続き保持および使用が許されることとなっていたが、国家としてのルクセンブルクは完全にベルギーに飲み込まれて消滅することが決定していたのだった。


それには大協商の一員として戦い続けたベルギーへの褒賞という意味もあったが、ルクセンブルクをドイツ本土への最短路として利用したいという思惑もあった。革命当初はドイツによる統治を熱狂とともに歓迎したルクセンブルクの人々だったが、その後はドイツ本土出身のドイツ人に事実上の2等市民として扱われ、さらに大戦勃発後は主要な鉄鋼業の所在地であったことから、爆撃目標とされるなどドイツ政府に対する不満は高まっていた。


こうした不満を利用してルクセンブルクを制圧してドイツ本土への進撃路とするという構想がフランス軍内部でもちあがったが、いまだ国土の半分をドイツによって制圧されているベルギーからは不満の声が上がり、結果としてそれをなだめるためにかねてより主張されていたルクセンブルクの併合要求が認められたのだった。


こうして、ドイツへの最短路をつくりあげたと考えたフランスだったが、すでに同盟国たるイギリスは別の方法によってドイツへの最短路をつくりあげようとしていたのだった。

第269話のフランス外相を今回の話に合わせてマッシリに変更しました。

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