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第286話 廃墟にて 

1940年12月16日 イタリア王国 ジェノバ

「まったくひどいな…これで終わりだといいのだが」


イタリア陸軍ジョヴァンニ-メッセ中将は廃墟となったジェノバの街を見てそういった。


中世ヨーロッパの大学都市としても知られるボローニャなどの諸都市はすでにドイツ軍の破壊によって廃墟となっていたが、ここジェノバに関しては事情が違っていた。もともとジェノバを中心とする北イタリア西部への攻撃はフランス軍の西からの攻撃による陽動ののちに南からの奇襲的な上陸作戦によって一気に解放するはずだった。


ドイツ軍に破壊の隙を与えない奇襲作戦によってかつてベネチアと地中海の覇権を争ったジェノバや現在のイタリア王国の直接の祖であるサルデーニャ王国の首都であったトリノをはじめとした諸都市を無傷開放することを可能とすると、現在のイタリア王国臨時政府首相であるロドルフォ-グラツィァーニは主張したが大協商の各国の中にはこの作戦に懐疑的な見方も強く、そこでベルギー王国メヘレンで開催される大協商戦争指導連絡会議にて各国の承認を得ようと考えたのだが、その会議自体が寄りにもよってドイツ軍の襲撃を受け、さらにその混乱も収まらないうちにまさかのパリへの攻撃と今もなお続く市街戦という悪夢としか思えない状況が続いていたため、作戦の延期が決まっていた。


しかし、延期している間にも先立って行われていたリミニへの上陸作戦によって形成された北イタリア戦線はドイツ軍の抵抗によって激しさを増していており、大協商内部ではフランスの救援に集中するために一時的に北イタリアを放棄すべきという議論さえ起こるほどだった。そのような議論に対してイタリアとしては自国の戦線の存在意義を示す必要があり、そして、その存在意義として考えられたのが北イタリア西部地域への上陸による第2の北イタリア戦線の構築とそれによるフランス共和国への圧力を軽減するというものだった。


だが、ドイツ軍もその可能性は考えており北イタリア沿岸部にはできる限りの予備戦力を配置していた。これらの多くは帰るべき故郷を失っていたウクライナ人やポーランド人の中でも熱心な社会主義者たちで構成されたドイツ、大協商どちらからも当初は2戦級とみなされた兵士たちだったが、その戦意は高かった。


こうしたドイツ軍の配置により上陸作戦は断念されるかと思われたが、フランスと同じく大協商の主要国家であるイギリスからの要請で実施されることになった。


この時期イギリスはフランスの仲介により参戦を取り付けた亡命オーストリア-ハンガリー政府に対する支援として英領インド帝国軍に属するグルカ族を始めとする山岳兵を派遣し、バルカン地域からの北上を考えており、そのための陽動として北イタリアへの攻撃を強くのぞんでいたのだった。


こうして、イギリスからイタリアへ支援のために様々な人や物資が提供されたが、そうした部隊の中にアーサー-トラヴァース-ハリス率いる第5航空団の姿があった。


イギリス軍内部でも並ぶ者のいない爆撃機狂であったハリスは作戦説明の際に居並ぶイタリア軍の高官たちを前にジェノバを灰にする計画を披露した。


ハリスの計画は即座に否定されたが、しかしこれに代わる代替案もなかったためジェノバへの攻撃計画は暗礁に乗り上げた。しかし、そうしている間にもパリへの攻撃は激しさを増し、大協商各国の希望であるロシア帝国軍はいまだポーランドで足踏みしており、打てる手が時間とともに少なくなるのは明白だった。


そんな中、業を煮やしたイギリス側が強引に指揮権を発動し、ジェノバを中心にサンレーモ、リヴォルノを空爆した。これはイタリアによるイギリス軍に対する作戦上の優越権は紳士的協定によって約束されたものであり明確に定められたものではなかったため、イギリス本国からの指令によってイタリア軍の作戦からは全く独立して動くことが可能だったために行なわれたものだったが、紳士的協定をいきなり反故にされた上に自国の都市を灰にされたイタリア側は怒り狂った。


それでも同盟関係が破綻しなかったのはいまだイタリアの国土が解放されていなかったためだったが、イタリア内部ではイギリスに対する不満が強く残る結果となった。


しかし、一方でこうした大規模な攻撃はドイツ側に大きな隙を作ることにもつながりイタリア軍による上陸作戦が開始され、多少の抵抗はあったが無事占領することになったのだった。こうして北イタリア地域に新たな戦線が構築されたが、主な敵はドイツ軍ではなく傀儡政権であるイタリア社会主義共和国軍だった。


北イタリア地域への第2の戦線の構築は大協商の各国の予想に反して、ドイツ側に大きな影響を与えるものではなかった。これはドイツ側としても予想外に激しいフランスの抵抗に直面し、イタリアからの段階的撤退を検討していたのが原因だった。つまり、皮肉にも大協商の各国、そしてドイツの双方がイタリア戦線からの離脱を試みていたが、相手の存在ゆえに抜け出せないというジレンマに陥っていたのだった。


そしてさらに皮肉なのはイタリア人同士の戦いのほうがより熾烈なものとなったことであり、とくにイタリア王国の側では広がった戦線と反対にフランスあるいはバルカン半島に派遣された他国部隊の穴埋めのために植民地への権利付与と引き換えに大規模な動員を行なう事につながった。かつてイタリアに対する抵抗運動を指揮していたサーヌーシー教団のオマル-アル-ムフタールやディレ-ダワ藩王国の藩王として積極的に内政改革を行っていたタファリ-マコネンなどが次々とイタリア軍への従軍を呼び掛けた。


逆に、イタリア社会主義共和国の側はそうした異人種の脅威を強く宣伝することにより、戦いの正当性を訴えた。そうしてイタリア人同士の戦いはより熾烈なものになっていくのだった。

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