第252話 怪鳥の舞う島
1936年6月11日 大日本帝国 沖縄県 沖縄本島沖 上空
台湾戦の開始以降、沖縄は常にアメリカ軍の脅威にさらされていた。そしてこの日もアメリカ陸軍航空隊のHB-3Eハーキュリーズ爆撃機が飛来していた。
「このまま、いけ、噂の怪鳥など大した事は無い。多少旧式だからなんだというのだ。怖気づくな」
アメリカ陸軍航空隊のフランク-マクスウェル-アンドリューズ大佐は無線を通して部下たちにそう言った。
HB-4Eは1930年に採用されたハーキュリーズ-シリーズの最終型といえる機体であり、多少の改良はされていても旧式機には違いなかったが、それでも白人には一歩劣る日本人たちが相手ならば十分だろうと考えていた。
何故アンドリューズが前線に出ているかといえば部下たちの間で奇妙な噂が広がっているのを耳にしたからだ。
『オキナワの空には怪鳥がいるらしい』
フィリピンから沖縄に向かって出撃する搭乗員の間ではその話題で持ちきりであり、多くは遠く離れた未開の地であるアジアならばそんなものが出てきてもおかしくはない、と笑って片付けていたのだが、徐々に未帰還機が増え始めるとそう笑ってもいられなくなった。
非科学的迷信を信じぬアンドリューズはその正体を日本の同盟国であるフランス共和国が送りだしてきた新鋭機だと考え、部下たちに同じ人間が操るものを倒せぬものではないと言ったが、それでも動揺が収まらぬことに業を煮やしたアンドリューズはこの日、遂に自ら出撃したのだった。
(なんだ、今何か光ったか)
そう思ったのもつかの間、アンドリューズの乗機は多数の13.2mm機関銃弾に貫かれていた。勿論アンドリューズ自身も弾丸に貫かれていた。
(あれは…白人、やはり、日本人ごときには…はやく、指示を出さなくては…)
"怪鳥"の操縦士が白人であったことに僅かな満足感を覚えつつ、編隊に指示を出すべく、無線機の送信ボタンを押したのとアンドリューズの乗機が爆発するのはほぼ同時だった。
「あっけないものだな」
迎撃戦の後、小禄飛行場では一人の男がアメリカ軍機が墜落した海を見ながら飴を舐めていた。この飛行場は沖縄防衛の要として建設された飛行場であったが、同盟国である大清帝国台湾府に対する攻撃が開始された現在は台湾府防衛のための大日本帝国における最大拠点となっていた。
「"湯谷"、いっぱいやらんか」
「エエ、ヤリマショウ」
"湯谷"と呼ばれた一見ただの白人にしか見えない操縦士エイノ-イルマリ-ユーティライネンは上官の誘いに対して片言の日本語で応じた。元々、フィンランド大公国ソルタヴァラの鉄道職員の家に生まれたユーティライネンだったが、兄であるアールネが両親に無断で民族主義的組織に参加すると、一家は反逆者とされ、命からがら何とか海外へと逃げ延びたアールネを頼って大日本帝国最北の地樺太へと移住したのだった。
苦労しながら新たな生活を始めたユーティライネン一家だったが、そこでユーティライネンは航空機という新たな乗り物に魅了されたのだった。おりしも、アメリカとの緊張が高まっていた時期でもあり、1人でも多くの操縦士を育成するべく、陸軍、海軍ともに民間と連携しての操縦士育成に力を入れ始めた時期でもあり、戦時には航空機搭乗員として従軍する事と引き換えに操縦士となる事が出来た。
飛行学校では、ユーティライネンの容姿や片言の日本語を嗤うような人間もいたが、空にあがれば誰もユーティライネンにかなう者はいなかった。その腕前は視察に来た山階宮武彦王より直々にお褒めの言葉を授かったほどだった。
"湯谷"という名は飛行学校時代にユーティライネンという名が発音しにくいことからつけられたあだ名のようなものであったが、山階宮に実名であると勘違いされてからは、いまやこちらの名の方が広まってしまっており、その事に多少の不満を覚えないでもないユーティライネンだったが、それでも自らが少しづつであっても受け入れられている事に対しては満足感を覚えていた。
(それにしても、大きな機体だ)
ユーティライネンは夕日に照らされる小禄飛行場の滑走路に並ぶ愛機を見た。赤羽飛行機製作所のアレクサンドル-カルトヴェリシヴィリ技師とその愛弟子である土井武夫技師が設計した95式戦闘機は操縦席の後方に配置されたフランスのサルムソン社が開発し、イギリスのネイピア社が改良した液冷星型42気筒エンジンをおさめ、全長と全幅がそれぞれ15メートルほどもある巨大な機体であり、まさに"怪鳥"と呼ぶにふさわしい大型機だった。
赤羽飛行機製作所社長であるアレクサンドル-デ-プロフィエフ-セヴェルスキーによるずさんな経営が元で生産機数が壊滅的に少なく、排気タービンの実用化が遅れたために高高度での戦闘が不得手であったり、機首に装備する筈の37mm機関砲の量産が遅れているため、翼内の13.2mm機関銃のみであるなど欠点も多かったが、今のところはアメリカ側は旧式機であるHB-4Eを、戦闘機による護衛も無しに飛ばしてきているため一方的な戦果をあげる事が出来ていた。そのことから、日本軍操縦士からはHB-4Eはアホウドリと蔑まれるようになる。
一方こうした沖縄への攻撃による機体の損失は、フィリピンに駐留するアメリカ陸軍航空隊には予想外のものであり、オーストラリア方面からいくつか部隊をアジア方面に再配置する事を強いられるなど、少なくない負担をアメリカに対して与えていく事になるのだった。
本作の95式戦闘機は高高度性能が劣るリパブリックXP-69です。
カルトヴェリシヴィリ技師(史実のカルトヴェリ)はどうするか迷ったけどやっぱりセヴァスキーとコンビ組ませたかったので赤羽入りさせました。ついでにフォークト技師来日フラグが消失したので土井さんを弟子にしてみました。




