表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
248/330

第248話 第二次世界大戦<2>

1935年9月3日に大日本帝国が対ドイツ、対アメリカに宣戦布告したのち、南アメリカではすでに戦争を行なっていたボリビアに加え、ペルー、ベネズエラ、アルゼンチンがドイツ及びアメリカの側に立ち、ボリビアと戦っていたパラグアイとそのパラグアイを援助していたブラジル、チリ、そしてペルーと国境問題を抱えていたエクアドルとアメリカのパナマ運河建設以来敵意を燃やすコロンビア、そしてアルゼンチンから独立していたパタゴニアが反対にイギリスおよびフランス側で参戦した。


その後、遅れてオーストラリア連邦とオーラリアがそれぞれアメリカとイギリスの側に立って参戦し、最終的に9月17日にロシア帝国がドイツおよびアメリカに宣戦を布告したことで、これまで世界各地で行われていたイギリスとアメリカによる代理戦争ともいうべき戦争が全て第二次世界大戦という枠組みの中に組み込まれる事になった。


しかし、参戦こそしたものの各国の動きはそれぞれでバラバラだった。これは元々各地で代理戦争として行われていた戦いによってなし崩し的に世界大戦に巻き込まれた結果だった。その為、第一次世界大戦の戦訓から統合司令部を設けようとするフランス陸軍総司令官のマキシム-ウェイガンの提案は、イギリスや大清帝国に加えて、同盟国である日本からも拒否される有様だった。ベルギー国王アルベールは賛意を示したが、だからといって、ウェイガン提案が通る事は無かった。


各国が拒否した理由としてはヨーロッパではベルギーが陥落し、アジアではイギリス東洋艦隊及び清国海軍が敗れたといっても、依然、国力では英仏陣営が有利であり、特にドイツに対するイギリス、フランス両海軍による海上封鎖によってドイツおよびアメリカの優位は一時的なものと考えられていたことが挙げられる。これは、ドイツのフリッツ-ハーバーによる、アンモニアの化学的合成が社会主義者の疑似科学に基づいたプロパガンダとされていた為、海上封鎖によってドイツを屈服させる事が出来ると英仏陣営が考えていた為だった。


そしてもう一つは、第一次世界大戦に参加した各国、特に日本では何の成果も得られなかった第一次世界大戦の苦い記憶からヨーロッパ人の戦争である世界大戦への深入りを避けるべきとの論調が強かった為だった。

実際、当時のアジア方面ではイギリス東洋艦隊及び清国海軍がアメリカアジア艦隊に敗れた後でもフィリピンに隣接するイギリスの北ボルネオ会社の統治下にある北ボルネオやイギリスの保護国であるサラワク王国ですら爆撃機による攻撃や小規模な艦隊による沿岸襲撃の他は特に動きが無かった。これは当時のアメリカはアメリカとオーストラリア間の連絡線を確保する事で戦略的な勝利につなげようとしていた為であり、対日戦の主力であると考えられていた海兵隊空挺部隊ですら、頑強な抵抗が続いていたニュージーランド攻略の為に割いていたほどだった。ニュージーランドにおいて海兵隊空挺部隊は死闘の末に勝利をおさめ、その勝利の象徴ともいえるウェリントンのヴィクトリア山に掲げられた星条旗はニュージーランド"解放"のシンボルとしてアメリカで語られる事になる。


こうしたアメリカの動きに対してイギリスは日本側に対しフランスと共にアメリカアジア艦隊の撃滅、さらには太平洋方面での攻勢の実施を要請したが、日本側はそれに応じようとせず、唯一実行された北太平洋における潜水艦による通商破壊は極東を混乱させ、ロシアを喜ばせたがそれだけであり、さらなる攻撃を望むイギリスとフランスに対し、艦隊戦力の不足を理由に断っていた。これに対してイギリス地中海艦隊及びフランス海軍からなる合同艦隊をアジアへと派遣するという計画が検討されたが、未参戦であるイタリア王国への対応を巡って、イギリス、フランス両国で対立した為に派遣は遅れる事になった。


このように各国の間で政治的な対立を繰り広げていた各国だったが、何の協力も行なわなかったかといえばそうでもなく、兵器等については各国により互いに供与が行なわれ、イギリスのような比較的後方の国家で生産体制が整えられたほか、イタリアやスペイン、ポルトガルといった親フランスあるいは親イギリスの中立国でも生産体制が行なわれることになった。特に従来が農業国であったスペインやポルトガルでは工業化への好機と考え後方国家としての自国の強みを積極的に生かし、多くの軍需物資を提供することになる。


しかし、こうした中立諸国の行動は敵国であるドイツを激怒させるには十分であり、アメリカと共にそうした親英仏陣営の中立国への攻撃計画を決意させる事に繋がった。アメリカ側は当初、このドイツ側の計画に関して難色を示していたが、36年度春のドイツによるロシアへの積極的攻勢実施を見返りに渋々賛同した。


目を付けられたのは両陣営から忘れられていた"国家"だった。


その名はポルトガル共和国、かつては海外領土をも含むポルトガル全土を支配したものの王党派に敗れて今ではアゾレス諸島及びマデイラ諸島のみを領有しているに過ぎなかった。アメリカはそのポルトガル共和国を民間レベルで支援しており、アメリカ最大の航空会社アメリカン-トランス-オセアニック-カンパニーが航空路線を開設するとリゾート地として人気を博するようになり、通貨もアメリカドルが流通するようになるなど、実質アメリカ領のような状態だった。


もちろんイギリスもこのポルトガル共和国については警戒していたが、よりアメリカの影響力の強いリーフ共和国やリベリア共和国にも一切動きが無い事から寧ろ交渉口としての役割を期待してすらいた。


そしてイギリスの動きはポーランド人暗号学者マリアン-レイェフスキらの働きによって暗号解読を通してドイツの知るところとなり、更にその情報はドイツからアメリカへと流されていた。こうしてイギリスによる攻撃は無い事を知ったアメリカはポルトガル共和国を拠点として本土のポルトガル及びスペインに対する攻撃計画を立案した。


11月16日、リスボン上空に赤い星を描いたアメリカ陸軍航空隊のHB-5重爆撃機が飛来し、空爆を開始した。HB-5重爆撃機は主翼の前方に2基、後方に推進式で2基のエンジンを備えた双ブーム尾翼の4発重爆撃機であり、旧式な機体しか保有しなかったポルトガル側がかなうはずもなく、ただ、リスボンが火の海になっただけだった。そして、リスボン空爆の後、さらなる衝撃がポルトガル、スペイン両政府を襲った。


ポルトガルでは共和派が、スペインでは社会主義者が蜂起したのだった。これらはポルトガル共和国及びリーフ共和国経由のアメリカからの援助によって引き起こされたもので、加えてスペインでは何処からも支援を受けていたわけではなかったが無政府主義者とアルフォンソ13世の帰還を求める旧政府派が独自に蜂起した。


そして、この旧政権派の蜂起はアルフォンソ13世が亡命していたイタリアと現政権であるカルリスタ系政府に近いフランスとの間での対立を激化させる事に繋がったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ