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第247話 第二次世界大戦<1>

1935年5月1日、アメリカ合衆国のシアトルにおいて極東社会主義共和国向けの援助物資であった武器弾薬が突如として爆発を起こした。武器弾薬の貯蔵倉庫のみならずシアトル市街地にも破片が散らばり死者こそ少なかったものの多数の市民が重軽傷を負ったこの爆発事件は当初は安全管理の不備とされていたが、5月3日になり当局の会見によりカナダ人の仕業であると発表されるとアメリカでは反カナダ感情が高まり、5月6日にハースト政権はカナダ政府に対し72時間以内の犯人の引き渡しを要求した。


この突然の要求にカナダ政府は恐慌状態となり、イギリス政府もアメリカとの交渉引き延ばしの為に特使の派遣をアメリカ側に打診したが、アメリカは頑なにそれを拒んだ。まるで初めからそれが決定事項であったかのようだった。


実際シアトルの事件に関しては謎が多く、アメリカに対イギリスの戦争を行なわせるために極東が当時非合法化されていたカナダ共産党員を使って起こしたテロであるとの学説を唱えるものもおり、一方で極東は当時ロシア帝国との戦いの最中であり、そのために貴重な援助物資を灰にするのはばかげているという意見もありはっきりとしない。


しかし、爆発事件の真相はともかく少なくともハースト政権が差し迫った欧州列強による対米包囲網結成前に事態を打開するための予防戦争の開戦事由として利用しようとした事は事実だった。


そして、72時間後、アメリカ軍はカナダとの境界を越え、合わせて対イギリス宣戦布告を行なった。バンクーバーは小規模な戦闘の後に降伏し、ウィニペグには空挺部隊が降下した。西海岸から中部にかけては星条旗が翻り、元々反中央政府の人間が多かったアルバータ州ではアメリカによる傀儡政権であるカナダ自由国の樹立が早くも宣言された。


しかし、東部では戦況はまるで違っていた。

カナダ軍は初めからその主力を東部に集中させていた。尤もこれは西部に向かう主要幹線であるカナダ太平洋鉄道において、戦争に反対する平和主義者主導のストライキによって満足に運航できる状態ではなかった為、取りあえずは東部から固めていただけだったが、この場合は良い効果をもたらした。


この結果、東部地域では激しい攻防が続き、特に五大湖では開戦当初より双方の砲艦が砲撃戦を繰り広げ、その下を潜水艇が潜り抜けながら機雷の敷設を行ない、はるか上空では航空機が激しい空戦を繰り広げたため、艦艇や航空機の残骸で底が浅くなったほどだといわれる。


この五大湖での攻防戦によってカナダ側からの攻撃を恐れた五大湖地域のアメリカの重工業は中部および南部での移転を図る事を余儀なくされた。これらの移転計画にはミッチェル政権の末期には過激さゆえに疎まれていた技術者のハワード-スコットを中心とするかつてのテクニカル-アライアンスの面々が大きく貢献し、再びその地位を確固たるものとしたのだった。テクニカル-アライアンスの主導のもと戦時特別法に基づいた国民への作業割り当てや配給制度の実行によって、アメリカは急速に戦時体制へと突入していくことになったが、このような移転は各企業に混乱を招き、その混乱から回復するまでにカナダ側に時間的猶予を与える事にも繋がった。


一方、アジアでは8月13日にアメリカ海軍アジア艦隊がオーストラリア連邦の海上封鎖任務を中止して駆けつけたイギリス海軍東洋艦隊及びアメリカに対してイギリスとの関係から宣戦布告していた大清帝国海軍南洋水師からなるBC艦隊と激突した。南シナ海で行なわれたこの海戦ではアメリカ海軍の戦艦はサウスカロライナ級のアイオワとマサチューセッツの2隻だったのに対して、イギリス東洋艦隊の15インチ砲搭載戦艦であるフッド級のフッド、ロドニー、アンソン、ハウ、そして清国海軍の16.5インチ砲戦艦であり東洋最強を誇る鎮遠と定遠がおり、BC艦隊の勝利は確実と考えられた。しかし、アイオワとマサチューセッツは予想を上回る驚異的な射撃精度でイギリス、清国両海軍を圧倒し、奇跡的に3番砲塔の爆発のみで済んだフッドを除くフッド級は軒並み大破して、のちに自沈、または雷撃処分され、定遠は爆沈、鎮遠は生き残ったがこれは定遠の爆沈を受けて海域から離れたからだった。一方のアメリカ海軍の損失はアイオワの2番砲塔が大破した以外は小艦艇の沈没のみであり、アメリカ側の大勝利に終わった。


アメリカの勝利を可能としたのは『ハインライン-システム』というアメリカが開発をリードしていた電波探知機と従来より装備されていた電気機械式計算機を組み合わせた画期的な半自動射撃管制機構だった。この『ハインライン-システム』はアメリカ海軍の中でも珍しい工学博士号保有者であるロバート-アンスン-ハインラインがその開発を思いつき、実際に主導していた事から、前年の34年にハインラインが結核によって退役を余儀なくされた後もハインラインに敬意を表してこう呼ばれていたものだった。


この敗戦はイギリスにとっては衝撃的であり、最精鋭戦力である18インチ砲搭載戦艦である守護聖人級を擁する本国艦隊をアメリカ軍の上陸が近いと思われた西インド諸島をはじめとするカリブ海植民地を防衛するためにも東海岸へ差し向けるべきとの意見が大勢を占めたが、ドイツ自由社会主義共和国が動いたのはその時だった。


8月28日、ドイツ人民軍はかつての世界大戦と同じようにベルギー王国との国境を突破しフランス共和国を目指して侵攻し始めたが、奇妙な事にオランダ王国には侵攻をしようとはしなかった。これはアメリカとドイツの密約によるものであるとされたが、このドイツによる侵攻に対してイギリスは対ドイツ宣戦布告を決断せざるを得なかった。第一次世界大戦と異なり相手は社会主義者であり、一度、全ヨーロッパの革命を目指して動き出した以上、交渉による勢力均衡などは少なくともドイツ側を強制的に交渉の場に引き摺りだす事が出来なければ不可能だと思われたからだった。宣戦布告に合わせて本国艦隊はベルギーからのベルギー政府、軍、そして国民の脱出作戦に従事する事になり、アメリカ東海岸への攻撃作戦は幻となった。


もちろん、ベルギー、そしてフランスがドイツに対して戦う決意をしたの言うまでも無く、9月1日にはドイツに与する敵対勢力であるとしてイギリスと交戦状態にあったアメリカにも宣戦を布告し、9月3日にはフランスの同盟国であった大日本帝国もアメリカ、ドイツ両国に宣戦を布告した。このため日本においては9月3日が第二次世界大戦の開戦日として扱われる事となる。

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