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第245話 老技術者の溜息と戦火の拡大

1934年12月18日 パタゴニア執政府 プエルトジョーンズ

1人の老技術者がため息をついてた。その視線の先には機密指定と開発中止の2つのスタンプが押された書類があった。老技術者の名はレオナルド-トーレス-ゲベード、飛行船や無線操縦の研究で知られるスペイン王国生まれの技術者であり数学者でもあった。


そんなゲベードが何故パタゴニア執政府にいるかといえば、スペイン内戦でのカルリスタの勝利が原因だった。かつての第3次カルリスタ戦争のとき故郷ビルバオを守るために政府側に義勇兵として参加していた過去を持つゲベードは、カルリスタ勝利による報復を恐れ、国外へと逃亡した。いくつかの国を転々とした後、アルゼンチン共和国に落ち着いたゲベードだったが、すぐにアルゼンチンでも反移民を標榜する愛国同盟によるクーデターが発生し、多くの移民たちと共にパタゴニアへと逃れる羽目になった。


それから暫くは自分の才能を活かして数学者として活動していたが、パタゴニアがシルビオ-ゲゼル発案の自由経済(フライビルトシャフト)を導入すると造幣局の嘱託職員として、その貨幣の減価率計算をするように依頼された。


やがて、パタゴニア独自の大型機械式計算機開発を目指すようになるとゲベードはその総責任者に任じられた。ゲベードは研究を進め、1933年に独自に電気機械式計算機開発に成功した。

南米の小国で開発されたこの電気機械式計算機は各国(といっても試作品の完成記念式典に招かれたのは友好国であったブラジル合衆国、チリ共和国、イタリア王国からの人間だけだった)に衝撃を与えたが、最も画期的なのはそれまで一台一台が独立して、その場からの運用しか出来なかったのに対し、通信回線を利用した遠距離からの遠隔操作が可能だった点だった。これにより、大型計算機の導入には必要不可欠と思われてきた巨大な空間が必ずしも必要ではないという事が実証されたからだった。


尤もゲベードの発想は既にその先を行っており、計算機同士をつないでのネットワーク化などの構想も政府に対して進言するようになっていた。こうしたネットワーク化構想は国際十進分類法の発案者であり、平和活動家でもあったポール-マリー-ギスラン-オトレの興味を引き、世界中の研究機関の有する計算機をネットワーク化する事によって全世界で共同研究を行なえる体制を作り、そうした知の共有を世界平和への一歩目とする事を目指す、世界計算機構想に繋がる事になるが、ゲベードの研究が順調だったのもそこまでだった。


1934年9月9日に始まったボリビア共和国とパラグアイ共和国の戦いが、瞬く間に周辺各国を巻き込む事になったからだった。


初めに介入したのはブラジルだった。ブラジルは当初パラグアイ軍の敗北が必至であると見られていた事もあり、パラグアイに対して武器弾薬の提供や軍事顧問団の派遣を行なった。


こうしたブラジルの迅速な介入の背景にはイギリスの存在があった。オーストラリアにて依然苦戦を強いられているイギリスはアメリカ合衆国の裏庭において火の手が上がる事を歓迎こそすれ止める理由はなかった。


こうしてブラジル経由の援助によって増強されたパラグアイ軍となれない熱帯の気候によってボリビア軍は苦戦を強いられるようになり進軍を停止したばかりか、逆にボリビア領内へと攻め込まれる有様だった。


しかし、ボリビアでは逆にパラグアイ軍の兵士が祖国とは異なるアンデスの寒さに耐えかね、満足な冬季戦装備のないまま凍死者を出し撤退を余儀なくされるなど、双方ともに準備不足のために兵士を無駄に死なせているような有様だったが、短期間で蹂躙する筈が本土に攻め入られるという失態を犯したボリビア側はなりふり構わぬ外交政策によってペルー共和国、アルゼンチン、そしてアメリカからの援助を取り付けて反撃を開始した。


このボリビア側の動きに対して、パラグアイとブラジル、そしてイギリスのとった動きは更なる外交工作による同盟国の獲得だった。中でも南米でも随一の工業力を持ち、アルゼンチンとペルー双方と対立関係にあったチリが喜々としてイギリス側での参戦を約束したことはパラグアイにとっては吉報だったが、その直後凶報が舞い込んできた。ブラジルとアルゼンチンとの事実上の緩衝国家であるウルグアイ東方共和国においてクーデターが発生し、内戦が勃発したのだった。


このクーデターは保守的なガブリエル-テーラ-レイバス政権に反発する自由主義的な政治家であるルイス-ガブリエル-デ-エレーラが起こしたものであり、当初はウルグアイにおける政権交代を目指したものだったが、レイバスがブラジルに亡命し、そこでブラジルの支援を取り付けて反撃を受けた事により、エレーラ新政権はアルゼンチンからの支援を要請し、ウルグアイにも戦火は飛び火する事になった。


こうして、南米大陸において火の手が次々と上がる中で、アメリカはイギリスへの敵対姿勢を強めていった。反イギリスのプロパガンダが流され、陸海軍では大々的に兵士の募集が行なわれ、さらにアメリカとカナダの国境では大規模な軍事演習が繰り返されるようになった。


対してイギリスの動きは低調だった。

フランス共和国、オランダ王国といった南米やアジア、太平洋に利権を有する各国にたいして対アメリカの為の一致した行動を取るように呼びかけたが社会主義国家であるドイツ自由社会主義共和国相手ならばともかく、明確に敵国とは言い難いアメリカ相手に断固とした対応をとるのは難しく、また、アメリカもそれを見越してデンマークやオランダといった国家相手に経済的な援助を行なって、その切り崩しを図ろうとした。


こうして、戦火がいつパタゴニアにも飛び火するかわからない中で、ゲベードの研究は中止を言い渡されたのだった。

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