第235話 星の世界へ
1930年3月3日 イギリス ロンドン
「お集まりの皆さまアーチボルト-ロウです。さて皆さまはすでにご存知かと思いますが、昨今の航空技術の進歩には目覚ましいものがあります。今世紀初頭に初飛行した航空機は人一人を飛ばすのがやっとの代物でしたが、それがいまや大西洋を越えて旅客輸送を行なっているのです。旧態依然とした客船に取って代わる日も遠くはないでしょう」
無線誘導装置やテレビの発明者の一人として知られるアーチボルト-ロウが自己紹介の後に自信たっぷりに言い切った言葉に会場にはどよめきとわずかな笑いが広がった。
「しかし、そのようなことは海の向こうの新大陸人はわかっているでしょう。だからこそ彼らは我が国に劣らぬように技術革新を急いでいるのです。では、果たして我々はいったいどうするべきでしょうか、更なる技術革新を進めるべきでしょうか、新しい航空路を開拓すべきでしょうか、それらの方策では直ぐに頭打ちになる事は目に見えています。私の出した結論はこうです。より高みに至る事です。これは決して比喩的表現でそう言っているのではありません、文字通り航空機より高く、星の世界を飛ぶという事です」
そこで再びロウは言葉を切り、会場を見渡した。多くの人間は笑ったり、訝しげな眼で見ていたが、ごく少数の人間は興味深そうに次の言葉を待っているのが見えた。
「多くの人々は言うでしょう。不可能だと。しかし、人類の技術はそれを可能とする寸前にまで来ているという事を今日ここで知ることになるでしょう。それではご登壇いただきましょう。ロシアの天才コンスタンチン-ツィオルコフスキー氏です」
ロウがそう言うと奥から一人の老人が出てきた。ロウの紹介が無ければ、この老人がロシア帝国の誇るロケット技術者であるとは誰も信じなかっただろう。
しかし、ツィオルコフスキーは間違いなく天才だった。何しろたった一人で硬式飛行船から多段式ロケットに至るまで実際に形にする事こそできなかったものの、その基礎を全て作り上げたのだから、実際の成果は上げられずとも間違いなく天才といえた。
そんなツィオルコフスキーが何故イギリスにいるかといえばロシア内戦が原因だった。
ロシア帝国で勃発した内戦は、元々困窮していたツィオルコフスキーの生活に大きな打撃を与えた。追い詰められたツィオルコフスキーはモスクワ政府とペトログラード政府の双方に自身の考案したロケット兵器を売り込んだ。これはロケット推進による弾道飛行によってモスクワにいながらにしてペトログラードを、あるいはペトログラードにいながらにしてモスクワを壊滅させる事のできる新兵器であったが、モスクワのアレクセイ2世も、ペトログラードのボリス大公もこの提案を一笑に付した。
しかし、誰もがツィオルコフスキーの提案を無視した訳ではなかった。アメリカと対立を深めつつあるイギリスにとってこのようなロケット動力による新兵器構想は価値があるものだと考えられた。
そこで、イギリスは著名なスパイであるシドニー-ライリーを派遣し、オペレーション-トラストと名付けられた作戦を実行、ツィオルコフスキーを国際旅団所属のイギリス人兵士とともに脱出させる事に成功させた。
こうしてしばらくはイギリスで兵器用ロケットの開発に関わっていたが、元々ツィオルコフスキーにとってロケットというのは宇宙に行くための物であって兵器転用はあくまで生きるか死ぬかの瀬戸際であったため仕方なく行なったものであった為そのやる気は低く、イギリス側がロケットを理解していなかったこともあって作業は停滞し、その後イギリス政府がロシアとの融和政策を決めた事により、ボリス大公側にもロケット兵器の提案を行なっていた事が露見した為、ロシア側の心証が悪かったツィオルコフスキーは送還こそ免れたものの異国の地で放り出される事になった。そんなシコルスキーに接触してきたのがロウだった。
ロウは陸と海を征服し、空をも支配しつつある人類の次に向かうべき場所は宇宙であると考えており、ツィオルコフスキーの力を借りようと考えていたのだった。
こうして、ロウとツィオルコフスキーを中心にイギリス宇宙飛行研究協会が立ち上がったのだった。
そしてこの協会でツィオルコフスキーは自身がロシア時代に考えていた構想の多くをイギリス人科学者たちに教えていった。多段式ロケットに始まり、人工衛星、宇宙居住地…それらの全てがイギリス人科学者たちを驚嘆させ、魅了した。
その中の一人であるケンブリッジ大学の結晶構造学の講師だったジョン-デスモンド-バナールは、元々人類の宇宙進出については独自に考察を重ねていたが、回転による人工重力の生成などについては考慮しておらず自身が構想していた宇宙居住地構想にツィオルコフスキーの助言を受けて修正を加えたバナール-ツィオルコフスキー球を考案している。
また、ツィオルコフスキーの宇宙に対する情熱の原動力となった宇宙進出による人類の進化という思想もイギリス人にとっては衝撃的なものであり、オラフ-ステープルドン、オルダス-ハクスリーなどの作家に影響を与えており、当時停滞の兆しが見え始めていたイギリス、そして白人文明の再興を目指して、さらなる進化と進歩の為の宇宙進出が叫ばれるようになる。また、晩年のツィオルコフスキーは逆にステープルドンの発想を取り入れて宇宙文明は恒星そのものをエネルギーとして利用するようになるだろうと予言している。
ツィオルコフスキーとイギリス宇宙飛行研究協会がもし存在しなければ、人類の宇宙進出は何年遅れたかわからない、と後の歴史家は語っている。
早めですが評価ポイント1600突破記念作品です。




