第221話 新党結成と無二の親友
1924年8月5日 アメリカ合衆国 アラバマ州 バーミングハム 市立講堂
「諸君、ここに多くのものたちがかつての所属政党の垣根を越えて集まってくれたことをうれしく思う。私たちは今こそ愛国党を政権を打倒するために動かなければならない。しかし、それは決して旧弊たる民主、共和両党、そして愛国党をそのまま引き継ぐ事を意味しない。我々は真のアメリカ国民の為の政党として団結し、新たな党としていまここに立ち上がるべき時が来たのだ。私はここにアメリカ国民党の結党を宣言する」
元共和党のチャールズ-エヴァンズ-ヒューズがそう言うと、周囲にいた人間は大きな拍手で賛同の意を示した。その光景をニューヨーク州ロチェスターの中小新聞の販売網を支配し、ウィリアム-ランドルフ-ハーストのライバルを自称するフランク-ガネットと砂糖とグアユールで巨万の富を築いた投資家バーナード-マンネス-バルークは満足そうにそれを見ていた。
この日、愛国党に常に押されがちだった民主、共和両党からの多くの、そして敵であるはずの愛国党内部からのごく少数の参加者によってアメリカ国民党が結党される事になった。
民主、共和両党はさておき、愛国党内部からの離反に関してはルーズベルト前大統領の跡を継いだミッチェル政権への不満の表れだった。当初こそルーズベルトの敵討ちによって国民から大きな支持を得たミッチェルだったが、党内ではその手腕を疑問視する声も多かった。しかし、ミッチェルは国民から支持を得たことにより自信を深め、自身が理想とする改革を次々と実行に移した。経済的には第3合衆国銀行の創設にはじまり、さらに鉄道や石油といった国家的に重要な産業への国家による介入などが含まれた。
政治的には国際主義的な社会主義者を反アメリカ的として排斥する一方で、その総本山であるドイツをはじめとする社会主義各国に対するフォードによる工場建設やアメリカで進んでいた農業機械化によって生まれた余剰農作物の売却をはじめとする民間の援助に関しては黙認するという矛盾する政策を行なっていた。これは、国内での社会主義的活動をに関しては警戒していたが、イギリスをはじめとする旧大陸の列強諸国との対立を深めていた事から、そのけん制役として社会主義国家の存続を必要としていたからであった。
この援助により、特に近代化の名のもとにラドム周辺を中心とする中部の無理な工業化に重点を置いた結果、農業地帯の内戦からの復興が大きく遅れたポーランド地域を抱えるドイツや、国土の多くが農業には不適であった極東社会主義共和国に対する援助は結果的に体制の強化に大きく貢献する事になった。
しかし、こうしたアメリカからの援助による社会主義国家の体制強化はドイツと国境を接するフランス共和国やそのフランスの同盟国で一時は樺太の割譲などで、極東社会主義共和国とは友好的な関係を築いていた大日本帝国を警戒させることに繋がり、特にコリマ金鉱の採掘の為にナガエフ湾岸の新港湾都市であるザミャーチンスクの建設計画がやはりアメリカの援助で計画されると、それまでのアメリカによる挑発的なアジア艦隊の増強もあり、アメリカ海軍がそこに駐留するのではないかという不安から、日本はさらにアメリカを警戒する事になり、第一次世界大戦時の外債の返還を自国に要求しつつも仇敵であるドイツへの援助を黙認する事に不満を募らせていたフランスと共に、アメリカ領グアムに隣接するフランス領マリアナ諸島での合同軍事演習を行なうなど太平洋での緊張はさらに増す事になっていたのだった。
こうしたミッチェル政権の政策に不満を持つ人間が多かったにもかかわらず、離反者が少なかったことは国民党は愛国党の対抗馬たり得ないと思われていた事を示していた。実際、国民党は愛国党の結党時程熱狂的な支持を得る事は難しく地道な党勢拡大を余儀なくされる事になるが、とはいえ、国民党の結党により、民主、共和両党は完全に崩壊し、愛国党と国民党による新たな2大政党制の時代が訪れることになるのだった。
1924年8月12日 ロシア帝国 ペトログラード郊外 ロプシャ村 ロプシャ宮殿
近衛プラオブラジェンスキー連隊の初代連隊長でピョートル大帝の親友の一人だったフョードル-ユリエヴィチ-ロダノフスキー公爵が建てたロプシャ宮殿はその後ロマノフ家の所有となり、皇帝が狩猟の際に立ち寄る休憩所として利用されていた。現在では"病弱なアレクセイ2世の為の静養所"として利用されていたがアレクセイ2世本人からすればただの軟禁施設と変わらなかった。
この日はそんなアレクセイ2世の20歳の誕生日であり、ロシア国内外から多くの者が訪れ、順に祝いの言葉を述べていった。公式の式典が終わったころにまだ若い男がアレクセイ2世に対して祝いの言葉を述べようとしていた。
「陛下、この度は誠に…」
「よい、アルカーシャ」
堅苦しい言葉遣いで祝おうとしたアルカディ-ペトロヴィチ-ストルイピンに対しアレクセイ2世は親しみとやさしさを込めた口調でそう言った。
「しかし…」
「くどいぞ、友よ」
「…はい、アリョーシャ」
まったく仕方ない、という感じ渋々と、しかし、嬉しそうにストルイピンはアレクセイ2世の事を愛称でよんだ。
アレクセイ2世より1年早い、1903年生まれのストルイピンはその名の通りニコライ2世に仕え、ロシアの改革と復興の為に親英政策を推し進めたピョートル-アルカージエヴィチ-ストルイピンの一人息子であり、5年前の同じ日に父を亡くした2人は無二の親友となっていた。
摂政であるボリス大公に近い事から、いまや宮廷を中心に強い影響力を持つようになった黒百人組の指導者ウラジーミル-ミトロファノヴィッチ-プリシュケヴィッチなどはストルイピンの息子と皇帝が親しくする事を良く思ってはいなかったが、アレクセイ2世の意思は固く、結局2人の付き合いを認めざるを得なかった。
「アリョーシャ、君は今日から真の意味でのロシアの統治者になった。君はロシアをどうしたいんだ?」
「気が早いよ、アルカーシャ。大公もあのプリシュケヴィッチも未だ宮廷では大きな影響力を持っている。今、何かしたところでついてきてくれるものは少ないだろうから、できるのは好機をうかがう事だけだろうね」
「そうか…やはり父上が生きていればこんなことには…」
「アルカーシャ、そんな事を言わないでくれ、僕たち2人が生き残った事にはきっと意味があったんだよ。その意味が何かはわからないが、僕たちに課せられた使命ははっきりとわかっているはずだ」
「社会主義者のいない世界を作る…それが僕たちの夢、いや、使命だったな」
「そのとおり、そのためにはイギリス人だろうが、ユダヤ人だろうが、タタール人だろうが使いつぶしてやる」
そう言い切ったアレクセイ2世は覚悟を決めた人間の顔をしていた。かつて病弱だった少年の面影はそこには全く見られなかった。
「それで取りあえずのところはどうするんだ?」
「まずは目立たないところから動いていくことにするよ。アルカーシャはこれまで通り目立たないようにしながら、味方になりそうな人間を探してほしい。あとは、そうだな、イギリスに返礼として誰かを送ろうと思う」
「たしかにウェールズ公も今回の式典に参加していた筈だけど、それの返礼となると誰を送るんだ?」
「姉上のうち誰かを送ろうと考えている」
「いや、でもイギリスにはマリア殿下にご執心の…ええと、誰だったっけ」
「バッテンベルク家の次男のことなら心配はいらないよ、あくまで今回は返礼の使者だからね。それより怖いのは国内に留めておく事だよ」
「…まぁ、確かにまた貴賤結婚が増えたら困るからな」
「まったくだよ。恋ってそんなに楽しいのかな?」
「さぁ…ま、アリョーシャの場合は望むと望まざるとにかかわらず結婚はしなければならないからね、そしたら何かわかるんじゃないか?」
「結婚した後に恋を知ったら不倫じゃないか?」
それもそうかな、とストルイピンが言い2人は笑った。復讐の為に生きると決めた人間らしからぬ朗らかな笑い声が響き渡っていった。




