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第216話 完成間近

1923年7月17日 大日本帝国 東京府 東京 帝国ホテル

近代化が進みつつある東京に一際目立つ、有機的な建造物があった。アントニ-ガウディ設計の帝国ホテル新館だった。様々な紆余曲折を経て完成まであと一息といったところだった。


『素晴らしい出来だ…オダワラのみならずここの完成にもハヤシサンもアントニも立ち会うことができないのが残念だ』


建設が進んでいる帝国ホテル新館の前で感動しているのはガウディの友人で、現在は建設の指揮を執っているジュゼップ-マリア-ジュゼールだった。


なぜガウディ本人ではなく友人であるジュゼールが建設の指揮を執っているかといえば、すでにガウディも、ガウディに依頼した帝国ホテル支配人林愛作も帝国ホテルの建設には関わっていないからだった。


そもそも、帝国ホテルがガウディに建築を依頼する事になったのは、オリエント急行の運航で知られる国際寝台車会社(ワゴン-リ)が東京に直営のホテルを建設するという計画が持ち上がった。東京市本所区の陸軍被服廠を移転させた跡地に壮麗なホテルが建てられると聞いて帝国ホテル側は衝撃を受けた。


既にヨーロッパ各国で多くのホテルの運営実績を持つ国際寝台車会社(ワゴン-リ)がそのノウハウを持って日本に乗り込んでくるというのは脅威以外の何物でもなかったからだ。


帝国ホテル支配人の林愛作は対策として外国人観光客に人気のあった神奈川県小田原に新たに帝国ホテル直営のリゾートホテルを建設するとともに東京にも国際寝台車会社(ワゴン-リ)直営ホテルに匹敵するような新館を建設することを決めたのだった。


新館の建設計画は以前より持ち上がっており、当初は秋田県出身の建築家下田菊太郎に依頼する筈だったのだが、林はそれを白紙に戻し、自身はアメリカ合衆国へと渡った。林には下田に代わる建築家に心当たりがあったからだ。


その名はフランク-ロイド-ライト。アメリカを代表する建築家の一人であり、林は帝国ホテル支配人就任以前に美術商会である山中商会に勤務しており、その時に日本の美術品を収集していたライトと知り合い親しい友人となっていたからだった。


こうして、ライトに設計を依頼しようとしていた林だったが、ライトの側がそれを受けられる立場になかった。当時、ライトはホワイト-モーター-カンパニーの依頼による郊外都市建設計画の成功によって各地から同様の依頼が殺到しており、いくら友人である林の頼みであっても極東まで来る事は出来なかった。ならば基本設計だけでも、と食い下がったが、ホテルや邸宅などの"一点物"の建造物には自ら現地を見て自らがこれと思った材料を使用したがる傾向のあるライトからすれば、それこそ最も受け入れられない提案であり、林はそのまま何の成果も無く日本に帰るしかない、と思われた。


転機が訪れたのは、帰国の前に以前勤めていた山中商会に顔を出そうとニューヨークに到着した時だった。林の目にそれまで見た事もない建造物が飛び込んできたのだった。それこそが、アントニ-ガウディの手で設計されたが、第一次世界大戦の戦後不況によって建設が中断されていたホテル-アトラクションだった。


林は急遽、スペイン王国のバルセロナへと向かい、その設計者であるガウディにあって、帝国ホテル新館並びに小田原ホテルの設計をするように頼んだ。敬虔なカトリックであったガウディはバルセロナでのサグラダ-ファミリアの建設に全力を注いでいた為、断ったが、林の熱意に負け、基本設計を済ませた後、自身の代わりに友人であったジュゼールを林に紹介した。


こうして林と共に来日したジュゼールは早速、帝国ホテル新館と小田原での両方の建設にあたった。この二つの建物は日本ではそれまで見られなかったムダルニズマと呼ばれるカタルーニャで発達した独特のアール-ヌーヴォー様式の有機的な形状の建造物であり、一般大衆のみならず建築家も強い興味と関心を示した。当時書かれた未来の東京の予想図には東京市長後藤新平の肝いりで進められていた貧民窟の一掃計画に基づいて『太田工場』のガブリエル-ヴォワザンによって発案された工場で組み立てができる簡易住宅とともに必ず登場する未来の東京の象徴ともいえる建築物となった。


そうして、順調に進んでいたと思われた建設だったが、そこで予想外の事態が起きた。

基本設計を行なったガウディ自身が来日したのである。この頃スペインはカルリスタ系の反乱軍と政府軍との間で内戦が続いており、独立心の強かったカタルーニャでも政府に対して反旗を翻したのだが、その報復としてバルセロナに対して前弩級戦艦3隻を中心とした激しい砲撃とその後の市街戦により、ガウディが心血を注いで作り上げていたサグラダ-ファミリアは半壊してしまったのだった。


失意のガウディは内戦下のスペインを脱出した後、しばらくは、サン-ピエトロ大聖堂への巡礼などをしていたのだが、やがて、思い出したかのように日本行きを決断し、林とジュゼールは困惑しながらもガウディに旅費を送った。


到着したガウディは、まずいきなり建物の強度不足を理由に設計を白紙に戻そうとして、林やジュゼールたちと揉めた。結局それをするだけの時間も資金も無かったため、建物全体の強化で取りあえず手を打ったがそれでもガウディは納得せず、何かに取り憑かれたように設計のやり直しを主張し続けた。サグラダ-ファミリアの半壊がガウディのトラウマになっていたのではないかと、後世の建築史家は指摘しているが真相を知るのはガウディ唯一人である。


しかし、こうした建物の全体の強化などで予想外の出費がかさんでいた事や林の強引な経営に対して不満が高まっていたこと、そして何より国際寝台車会社(ワゴン-リ)直営の『グランド-ホテル-トウキョウ』が先に開業してしまったことにより、林は辞任を余儀なくされ、さらにガウディもスペインでの内戦が終結すると早々に帰国してしまった。こうして残されたジュゼールは一人、建築の指揮を執っていたのだった。


のちにガウディが発案しジュゼールが作り上げた帝国ホテルと小田原ホテルは日本を代表するムダルニズマ様式の建築物として知られることになる。

少々早めですが評価ポイント1500pt突破記念作品です。


前にファン-デル-ローエ書きたいとか言って前回の話でちょろっと触れただけだったので、ちゃんと建築ネタをやりたいと思った結果、帝国ホテルの話になりました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 総合評価1500ポイント達成おめでとうごさいます。 今回は敗者の歴史という事で、ガウディが出てきたことで運命付けられたような感じもしますが、趣深いです。 フランク・ライトの設計の方が、周…
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