第203話 戦艦派遣<下>
1921年11月30日 デンマーク王国 デンマーク領西インド諸島 サンクトトマス島 シャルロッテ-アマーリエ
「あの艦が我々の敵になるというのか」
目の前を航行する文字通りの大戦艦であるサウスカロライナを見て、今回の国際会議に随行員の一人として派遣された末次信正大佐は目眩を覚えた。
落ち着いてから頭を上げると、横に停泊するロシア帝国海軍のヴェーリーキー-クニャージ-アレクセイ-アレクサンドロヴィッチが視界に入った。
(こいつだけでも厄介だというのに…)
ヴェーリーキー-クニャージ-アレクセイ-アレクサンドロヴィッチは16インチ45口径砲4基を備えたロシア帝国海軍の最新鋭戦艦であったが、その母港はアゾフ海の奥のタガンログであった為今回の会議には派遣されず、バルチック艦隊から何れかの戦艦が派遣されるものだと思われていたが、ロシア帝国はヴェーリーキー-クニャージ-アレクセイ-アレクサンドロヴィッチにボスポラス、ダーダネルス両海峡を通過させて地中海に進出し、西インド諸島まで来ていた。
ムスタファ-ケマル率いるアナトリア革命委員会とイオン-ドラゴウミスのギリシア革命政府は言葉の上ではヴェーリーキー-クニャージ-アレクセイ-アレクサンドロヴィッチの通過を批難したが、実際のところは両海峡は連合軍共同軍政府の統治下にあり、何もする事が出来なかったし、そもそもロシア海軍が強行突破を行なったのもそうした事を見越しての事だった。
一方、末次が乗艦していた戦艦長門は帝国海軍が扶桑型に続いて就役させた伊勢型を改良した長門型戦艦1番艦で、主砲はフランスのプロヴァンス級と同様の37センチ砲45口径砲を伊勢型が連装4基しか装備していなかったのに対して、砲塔を1基増設して37センチ45口径砲を連装5基に増やしたものであり、現状の帝国海軍が考え出したヴェーリーキー-クニャージ-アレクセイ-アレクサンドロヴィッチへの解答だった。
勿論、帝国海軍もこれで終わらせる気は無く、フランスに対しても新型砲であるM1920 45センチ砲の供与を求めていたが結果は芳しくなく独自に16インチ砲に試作に取り掛かっていたが、ロシアの極東部での社会主義者による蜂起によりロシア海軍の極東における脅威は低下したと考えられ、現在は新型砲を搭載した戦艦の建造計画及び新型砲自体の開発は比較的ゆっくりとしたペースで行われていた。
しかし、帝国海軍の仮想敵であったヴェーリーキー-クニャージ-アレクセイ-アレクサンドロヴィッチよりも巨大で強力な戦艦が大日本帝国の敵になるという事はもはや悪夢を通り越した何かだった。
(対するこちらの味方はと言えば…)
末次は暗澹たる気持ちでヴェーリーキー-クニャージ-アレクセイ-アレクサンドロヴィッチが停泊しているのとは反対側の方を見た。そこにいた艦はアメリカ合衆国でアルゼンチン向けとして建造されたリバダビア級戦艦を大清帝国が引き取った建勝だった。建勝はかつて大清帝国が保有していたアメリカ製のスループにちなんだ名で同じくリバダビア級のモレノは福勝と改名されていた。
リバダビアとモレノの名が建勝と福勝に改められた当時12インチ砲連装6基の火力は、当時の日本海軍にとって脅威であり、だからこそ帝国海軍は扶桑型という12インチ砲を連装7基14門も備えた戦艦を建造する羽目になったのだが、脅威になったのはもはや過去の事であり、そこにいるのはただの旧式艦だった。
(あれで相手にできるのは、例の南米3国の艦ぐらいか)
末次はブラジル、アルゼンチン、チリの3カ国の戦艦の姿を思い浮かべた。
ブラジルとアルゼンチンの戦艦はそれぞれミナス-ジェイラス級戦艦の1番艦と2番艦であり、チリの戦艦はアメリカが初めて保有した弩級戦艦である初代サウスカロライナ級の改良型だったが、いずれも各国の予算不足などもあって建艦当初とほぼ変わらない姿だった。
だが、いくらリバダビア級改め建勝級が列強の新型戦艦と比べて劣る艦だと言えど、第一次世界大戦を戦い抜いた同盟国であるフランス共和国の動向が不透明なものである以上、あてになるのは最近しきりに日清提携論が叫ばれている大清帝国のみであった。
だが、海軍という観点からすれば大清帝国はまるであてにならなかったし、その日清両国に挟まれた永世中立国である朝鮮王国などはもはや論外だった。
しかし、末次の祖国である大日本帝国にしても、現在の原敬政友会政権はドイツおよびロシアでの革命騒ぎを受けて社会主義者に対する監視こそ強めていたが、陸海軍の予算はそれほど増額されていなかった。これは、原の地盤である東北をはじめとした日本全国での鉄道やダムの建設といった公共事業等に多額の予算が組まれていたからだった。前任者である星亨の疑獄事件による失脚というスキャンダルにも拘らず多くの国民からの支持を受けて原が当選する事が出来たのは、こうした国民受けのいい公共事業を積極的に行なう事を公約にしたからであり、現状は国家として健全な状態とはとても言えなかった。
とはいえ、ただの海軍軍人に過ぎない末次にそうした現状を変える良案が浮かぶわけもなく、今はただ少しでも大日本帝国に対する脅威が減るように会議の成功を祈るばかりだった。
第202話のタイトルを変更しました。




