第200話 改装終了
1921年7月1日 イタリア王国 プーリア タラント タラント海軍工廠
タラントは1865年に統一後のイタリア王国によって海軍工廠が設置され、それ以来イタリア王立海軍の重要拠点となっていた。
そんな、タラントでは昨年の12月ごろより入渠した艦がようやく改装を終えようとしていた。その艦の名はレオナルド-ダ-ヴィンチ、ルネサンス期の万能の天才の名を持つ戦艦だった。
レオナルド-ダ-ヴィンチは昨年11月にオーストリア=ハンガリー帝国海軍より受けた攻撃により第3砲塔を損傷しており、その後、すぐに修理がなされると思いきや、何故か攻撃された地点から遠く離れたタラントへと回航され、そこで改装されていたのだった。
「なんとまぁ、後ろが大分さっぱりしてしまったなぁ」
「…確かに砲力は減じたが、引き換えにどの戦艦も持っていない新たな兵器を搭載する事が出来るのだから喜ぶべきではないかね?マシェルパ中尉?」
「これは…カンピオーニ少佐。しかし、航空機など所詮は陸軍の連中を支援するためのものです。我々の敵はフランス海軍なんですよ?一門でも多くの砲が必要な状況で第3砲塔のみならず、無事だった第4砲塔までもおろして代わりに飛行甲板などとという訳の分からない物を設置するなど…」
ルイージ-マシェルパ中尉はイニーゴ-カンピオーニ少佐に対して不満を述べた。
マシェルパの言葉通りレオナルド-ダ-ヴィンチは4基のヴィッカース-テルニ社製14インチ連装砲のうち第3、第4砲塔を撤去し、飛行甲板を設置した世界初の航空戦艦として生まれ変わったのだった。
「しかし、何しろこの艦はレオナルド-ダ-ヴィンチだ。これ以上に相応しい艦は無いと上は判断したんだろうな」
「…確か滑空機の飛行実験は失敗していた筈ですがね」
「…それでも空を目指した者の中ではもっとも著名と言っていいはずだよ。うん。…まあ、なんだ、中尉、君の言わんとする事は私もよくわかる。しかし、現実として我々が今戦うべき敵は何かね?地中海で対峙するフランスか?違うだろう?我々の敵はアルプスの向こう或いはギリシアとアナトリアの社会主義者だ。そしてそれを考えたとき主力となるのは陸軍であり、我が海軍に求められるのはその支援だ」
カンピオーニの言ったことは事実だった。すでにイタリア王国という国家が誕生して以来の宿敵だったオーストリア=ハンガリー帝国は国土の大半を失っていた。
かつての係争地帯だったトランシルヴァニアとバナト地方はルーマニア王国領となり、イタリア王国とモンテネグロ王のミルコ1世がオーストリア=ハンガリー帝国での革命に乗じてセルビア王国内の黒手組残党とともセルビア王国を治めるカラジョルジェヴィッチ家を打倒して生まれたモンテネグロ=セルビア王国がオーストリア=ハンガリーに残された最後の領土の周辺部を分割しており、オーストリア=ハンガリー政府は僅かにアドリア海沿岸部とスラヴォニア地方を除くクロアチアと名目上では未だにハンガリーとの共同統治下にあるボスニア=ヘルツェゴビナの内、北西部のビハチ郡を支配しているだけだった。
残された領土の内ビハチ郡を支配する事が出来ているのは全く皮肉な事に、かつてのハプスブルグ家の宿敵であったオスマン帝国時代に改宗したムスリムたちが、イタリアとモンテネグロ=セルビアから逃れる為にビハチ郡でオーストリア=ハンガリーの旗の下で抵抗をつづける事を選択したからだった。
一方で、滅亡寸前のオーストリア=ハンガリーに代わってイタリアとバルカン諸国が同じく警戒しているのが、革命の結果生まれた社会主義ドイツと多少の独自路線をとってはいるものの社会主義陣営にあるハンガリー、そして現在、革命が進行中のギリシアとトルコであったが、ギリシアにはオーストリア=ハンガリーから購入した戦艦であるイェオールイオス-アヴェローフがあるだけで、対オスマン帝国戦争で蹂躙されたトルコにはまともな艦どころか海軍すらないという有様であり、当然次の戦いにおいて海軍の出番は少なくなる事が予想された。
イタリア海軍上層部もこうした事はわかっていた為、レオナルド-ダ-ヴィンチの改装終了後には、取り外した砲塔の内無事だった4番砲塔を対地砲撃用の砲艦であるエンリコ-ダンドロの主砲として搭載しようと考えていた。
このエンリコ-ダンドロは元々、リッサ沖海戦で戦死したエミリオ-ファー-ディ-ブルーノにちなみファー-ディ-ブルーノと名付けられる予定だったが、第4次十字軍のコンスタンティノープル攻略とラテン帝国建国に功績のあったヴェネツィア共和国元首であるエンリコ-ダンドロに変更された事もイタリア海軍が次の敵をギリシアとトルコの社会主義者であると考えている事の表れだった。
「ああは言ったが私だって、フランス海軍と雌雄を決したいのは同じだよ。我々が艦隊を率いるときにはきっとこの艦など比べ物にならないほどの大戦艦が就役しているはずだ」
「本当にそのような時が来るのでしょうか…」
「来るさ、きっとな。さあ、今日はムール貝でも食べに行こうじゃないか」
タラントは博物誌の著者であるプリニウスが絶賛するほど美味なムール貝の産地として知られていた。
「ムール貝ですか、例の噂を聞いているとちょっと…」
「おいおい、海にばらまくなんてそんなわかりやすい事をすると思うか?噂は噂だよ」
マシェルパの言った噂とは、シチリア島を中心に活動していた犯罪組織であるマフィアが死体を海にばらまいているというものだった。
マフィアは元々シチリア島の組織であったが、近年その勢力はイタリア各地で急速に拡大していった。その理由はシチリア島パレルモ生まれでマフィアと深いつながりがあったヴィットーリオ-エマヌエーレ-オルランドが首相に就任後、マフィアを利用した政敵の排除を試みたからだった。標的となったのは主に反戦活動において絶大な影響力を持っていた社会主義者であり、亡命した一部の人間を除けば、路地裏で死体になったり、突然行方不明になったり、原因不明の事故にあったりしていた。
やがて、首相という表の世界の実力者の後ろ盾を得たマフィアたちはイタリア本土にも本格的に進出するようになり、ナポリなどでは同業者であるカモッラなどと激戦を繰り広げていたのだった。
しかし、そうした裏の組織による抗争などはあっても革命に揺れた各国に比べればイタリア王国は十分に安定しており、未回収のイタリアの奪還以上の功績を上げたオルランド政権の下で順調に発展していくことになる。
いよいよ本話で200話となります。
書き始めたころにはこんなに長くなるとは思わなかったなぁ…早く完結させねば…




